ダウンタウンの松本人志が週刊朝日で連載していた「オフオフ・ダウンタウン」を途中までまとめた「遺書」が発行されたのは1994年らしいんだけど、連載の開始が1993年、ということなので、30年ほどの時間が経った、ということになるわけで。
「遺書に書いてたことと今の松本人志の言動が違う!」ってのは一種の定番ネタになってますが、そりゃね、30年も経ちゃ、人間、考えが変わって当たり前だと思うんですよね。
翻ってアタシの場合です。
アタシがインターネット上で駄文を書き始めたのが2003年。これも20年の時が経っているわけで、アタシも松本人志同様、考えが変わってない方がおかしい。
いや実際問題、考え方はさほど変わってないというか「三つ子の魂百まで」と思えることもいっぱいある。でも、考え方は変わらなくても趣味っつーか<好み>は確実に変化しています。
アタシが「Yabunira」(当時の名称は「やぶにらみJAPAN」)を始めてから今日までで、極端なほど変わったな、と思えるのが<笑い>にたいする興味です。
アタシはね、子供の頃から厄介な体質で、とにかく「布団にもぐり込んでから、最低2時間は眠りにつけない」人間だったんです。
それだったら眠くなるまで起きてりゃ良かったんじゃないかって?それがね、そういうことすると完全に逆効果で、ああそろそろ眠くなってきたなってタイミングで布団に入ったとして、結局そこから2時間は眠れない。
だから早く寝るためには、なるべく早いタイミングで布団に入るってのが一番効果的だったわけで。
で、です。布団の中で何をしてたか。
もちろん子供の頃なんで、その頃はスマホなんかはない。ただ、じっとして、眠くなるのを待つだけです。
そうはいっても本当に何もしてなかったのかというとそうじゃない。手淫?ま、それも人より若干早かったかもしれないけど、それは今回の趣旨とは関係ないので割愛。
アタシが布団にもぐり込んでからすること、それは「考え事」です。
なんて書くとマジメなことで悩んでるっつーか、自分の欠点を見つめ直したり、生きるとは何か、死ぬとは何か、なんて考えてそうだけど、そういうのはしない。
当たり前ですよ。何でこれから寝ようってのにそんなネガティブな気持ちになるようなことをやんなきゃなんないのさ。冗談じゃない。
ざっくり言えば「考え事=ひとり合点」ということになる。ってこれでは意味がわからないと思うので説明します。
例えば野球のこと。○○って選手が伸びてきたとしたら今年こそスタメンに固定したいな。でも○○は△△のポジションしか守れないから、となると□□をコンバートして・・・。
なんてことを延々考える。
しかしこれは、間違っても<考察>ではない。せいぜい「ぼんやり考えてること」レベルでしかなく、ま、早い話が「どうでもいいこと」です。でもどうでもいいことだからこそ楽しいし、どうでもいいことだから眠気がきて寝付いてしまって、つまり途中で思考が中座しても構わない。
そういうこと、要するに「ひとり合点」をね、小学校に入った頃からかれこれ50年近くやってきたのです。「もっと早く眠りにつきたい」と思ったこともあったけど、もう今では完全にルーティーンと化しており、むしろ、ひとり合点をやらないと気持ち悪くて眠れないくらいでして。
アタシが本格的に<笑い>というものに興味を持ち始めたのは18歳くらいだったと思う。
それから約10年間は「ひとり合点」のネタのうち、かなりの割合が<笑い>になっていきました。
あのギャグが面白く感じるのは、つまりはこういうことなんだな、みたいなね、別にそれを誰かに発表しようという気もなく、ただの寝る前のルーティーンとして毎日のようにそんなことばっかりやっていたのです。
今考えりゃ、こうしたひとり合点をすべてメモしておけば良かったと思うけど、それこそ当時はスマホもないし、明かりを消した状態でメモをとる、なんてまず無理だったんだからしょうがないけどね。
こうした<笑い>のひとり合点をやらなくなった直接の理由は福岡に移住したことが大きい。(福岡ネタはココに書いてます)
んで、福岡から再び関西に舞い戻ってきて、さらに東京に転勤になったりしてね、もうこの頃にはひとり合点はおろか、<笑い>への興味が相当落ちていると自覚していた。たぶん二度と<笑い>のひとり合点はやらないだろうな、と。
2003年の秋、アタシは自分のサイトをはじめた。
ま、これが現在のYabuniraなのですが、ただ駄文を書き連ねるという根幹は今とまったく一緒です。
しかしアタシは自分のサイトで<笑い>について書いてやろうなんてまったく思ってなかった。自分のサイトなんだから「その時点で一番興味のあることを書きたい」なんて当然のことです。すでに興味を失ってから5年ほど経つ<笑い>なんてネタ候補にも入ってなかったわけで。
それでもネタが無限にあるわけではないので、2004年3月に「漫才・考」と「ナンセンス」という2本の<笑い>関係のエントリをアップしています。
と言ってもネタの鮮度はゼロに等しい。両方とも<笑い>のひとり合点をやっていた、遡ること5年以上前に考えていたことを文章にしただけで、ま、ネタに困って昔考えていたことを引っ張りだしてきたにすぎないというか。
サイトのネタ不足は日々、深刻になっていった。
アタシが自分のサイトでやってるのは「日々の記録」、つまり日記めいたものではない。何らかのテーマを決めて、それに沿って書いていくというスタイルです。しかしサイトを始めて1年も経ちゃ、ネタなんて枯渇する。当たり前です。
ついに2004年末になって、サイトを閉じようと決めた。人もぜんぜん来ないし、サイトデザインもダサいし、何よりもうネタがない。これ以上無理して続けても意味がない、と思うようになったのです。
アタシはサイト開設前から相談していた友人に閉鎖の旨を告げた。もう無理だ、と。
その友人は、まあアナタが決めたことだから、と理解は示してくれたものの
「他はともかく、ネタはまだあるんじゃないかなぁ。例えば1年くらい前に書いてた漫才の話みたいなの。ああいうネタならまだぜんぜん書けるんじゃない?」
たしかにこの友人にアタシは<笑い>関係の話をいろいろしていたので、つまりはそういうことを書きゃいいんじゃないの?と示唆してくれたわけです。
正直、あんまり気が進まなかったんだけど、たしかに、一回、ダウンタウンのことをちゃんと書いてみたいとは思ってはいたんです。だったらそれを書いてみて、その上でサイトを閉じよう、と。
年が明けた2005年1月、アタシは「ダウンタウンのこと」というエントリを書いた。もう、これで思い残すことがないように、と思いをこめて、書いた。
このエントリ、今読み返すと酷い文章なのですが、おそらくこもった思いっつーか<念>が届いたのでしょう。いろんなところにリンクが貼られて、今様の言い方をするなら要するに「バズった」のです。
完全に想定外のバズりによって、閉鎖する予定のサイトを急遽続けることにした。ま、当然のことながら、バズったことへの喜びもあった。
しかしこれまた当然のことですが、バズりの弊害もいっぱいあった。
アタシのサイトを見に来てくれる方のほとんどは「ダウンタウンのこと」というエントリを読んで定着した読者になってくれたわけです。となると読者の期待は<笑い>にかんすることを書いて欲しい、となる。アタシはそれこそパソコンやPDAの話とか東宝映画の話とか漫画の話とか、いろんなというか雑多なネタを書きたかったんだけど、こうなるとそうもいかなくなる。
こうしてアタシは、なかば無理矢理、当時活躍していた芸人やコメディアンのことを片っ端から書くようになったのです。
こうやって書けばわかってもらえると思うのですが、サイトにそこそこ人が来てくださるようになったのはラッキーパンチ以外の何物でもない。
自分の「好きなもの」について書いて反響があったのなら、めでたしめでたし、だったのかもしれないけど、しつこいですが、アタシが<笑い>のひとり合点をやっていたのは5年以上前のことです。もはや、たいして<笑い>に興味なんてない。
だから以降、18歳から28歳くらいまでの間に、眠りにつく前に考えていたひとり合点を、片っ端から文章にしていった。やっててまったく面白くないけど、もうこうなったら行けるところまで行くしかない。
やがて、ひとり合点も枯渇し出した。
それでも<笑い>ネタを書かなければ、と変な義務感をおぼえたアタシはバラエティー番組を片っ端から見て、感想を書くようになったのです。
・・・だんだん冷静になってきた
アタシはいったい、何のためにサイトをやってるんだ?
たいして興味のないバラエティーを見て
やりたくもないひとり合点を繰り返して
こんなことをするためにサイトを始めたのか?
スパムコメント、スパムトラックバックが大量にきてブログシステムが破壊されたみたいな理由はあったんだけど、とにかくアタシはサイトを閉じた。もちろんそれだけが理由なら既存のブログサービスに移ればいいだけであり、完全に辞めてしまったのは結局「<笑い>について書くのが極度のストレスになった」からです。
さらなる弊害として「アクセス数が多いことがトラウマ」になった。最初はいっぱいの人に自分の書いた文章が読んでもらえるのがうれしかったけど、それがいつしか苦痛に変わった。これがカネになるのならまだいいんだけど、もちろんこの当時はそんな仕組みなんかない。
無償奉仕で、ただ苦痛なだけ、なんて、そりゃトラウマにもなりますよ。
その後アタシはサイトを復活させますが、このトラウマもあって「誰も読んでいなければ読んでいないほど、良し」という考えになった。アクセスが増えたら<またぞろ>自分が書きたいことが書けなくなる、という恐怖に苛まれていたというか。
そしてもうひとつ、この件以降、もうバラエティー番組を見るのも嫌になった。
この件が起こるまではせいぜい<笑い>への興味が薄くなっていただけだった。だから数は減ったとは言え、んでひとり合点をしなくなっていたとは言え、普通にバラエティー番組を見て楽しんでいました。
ところがトラウマに変わった以上、見るのが恐怖にすら、なった。これがコメディ映画とかならまだ良いんだけど、旬の芸人なんかが活躍するバラエティーになるとあからさまな拒絶反応が起きた。だから2007年頃から2013年頃の期間のみ活躍していた芸人はネタを見たことがないどころか名前さえもほとんど知りません。
さすがにそれから15年ほど経ったので、もうバラエティーにたいして拒絶反応が起こるようなことはなくなったけど、見たらそこそこ面白いんだろうなってのがわかってても、でもそれだったらYouTubeの動画でいいか、と思っている自分がいる。
さて、ここまでは自分語りに終始しましたが、そもそも<笑い>ってのは何なんだ、と思うことはある。
18歳から28歳までの、いわば一番多感な時期の最大の関心事であり、トラウマのせいで忌々しい存在にまで成り果てた、良くも悪くも自分という人間にとって大きな存在である<笑い>。
ココに「テレビというメディアにおける<笑い>」は書きましたが、このエントリはかなり趣旨が違っていて、もっともっと根本的なこと、つまり「人間は何故笑うのか、何故<笑い>を求めるのか」みたいなことを書いていきたいのです。
そんなわけで、ここまでが長い長い序章。Page2から本文に入ります。