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得体の知れない謎チーム
FirstUPDATE2025.3.18
@Classic #笑い #テレビ #大阪 #東京 #京都 #吉本 #関西論 #施設 #1980年代 #エンターテイメント #音楽 #体験 #からだ #違和感 @エノケン @古川緑波 とんねるず 斉藤ゆう子 河内家菊水丸 チャーリー浜 CM セブンイレブン 石橋貴明 木梨憲武 夕やけニャンニャン 煽動 ラサール石井 オールナイトフジ 女子大生 夜のヒットスタジオ ザ・ヒットパレード ちゃんとやらない フジテレビ 日本テレビ お笑いスター誕生!! 矢沢永吉 ラスタとんねるず コント 器用不器用 真面目 努力家 パワハラ気質 動画アリ 全3ページ

 アタシが初めて関東に在住したのは1994年です。もっともこの時は半年ほどで撤退して、翌1995年になって本格的に移住することになるのですが、ではそれまでは、というと、完全な関西在住人間、というか「関西人」だったわけで。

 さて話は変わるようですが、インターネットが普及しだしたのは2000年代に入って以降です。だから2000年代以降は「地域差で享受出来る文化」は差がなくなりかけている。それが良いとも悪いとも言う気はありませんが、とにかく都市圏に住んでようが地方というか過疎地区に住んでようが同じ文化、同じモノを得られるようになったと。
 しかしそれ以前、つまり1990年代まではそうではありませんでした。
 これは今でもそうですが、文化の発信は東京から行われる。今は先述したようにインターネットのおかげで東京で発信されようが大阪で発信されようが同じように享受出来るけど、1990年代までは「東京で発信された文化を<即時に>享受したければ東京に在住していなければ不可能」だったのです。
 東京で発信された文化も、やがて、拡散される。大阪などの大都市なら半年から一年、最低でも3年以内には拡散されている。しかし地方都市になるとさらに数年遅れとなるのが常でした。

 すでに東京では常識になりつつあることを他の地方の人間は知らない。知っていてもテレビや雑誌などで得た情報のみで「体験」としては知らない。
 つまり、東京とそれ以外の地域では、こと<文化>にかんしては如実に差があったということです。
 これね、たぶん生まれから東京近郊の人間にはわからないコンプレックスだと思う。テレビや雑誌などから<噂>だけは聞こえてくるけど、実態がまるでわからない。何だか東京人の「え?まだ知らないの?やっぱ大阪とか田舎だよな」みたいなイマジナリーフレンドならぬ「イマジナリーエネミー」の声が聞こえてくるようで、そりゃあコンプレックスも覚えますよ。

 と言っても大半は「本当にくだらないこと」です。

 これは1980年代前半に放送されていたセブンイレブンのCMですが、当時、関西には<ほぼ>セブンイレブンはありませんでした。だから当然のようにこのCMは関西では放送されていない。
 関西でコンビニと言えばローソンであり、たまにファミリーマートがある、という感じで、これは少し後の時代ですが、たしか1990年代前半、京都駅のほど近くにセブンイレブンがある、という情報を聞いて、友人たちとクルマで行ったことがあります(ちなみにこの店舗は1991年3月開店で、関西進出1号店らしい。どうも同年、大阪にも進出したらしいがどこにあったかは不明)
 この頃アタシは大学生で大阪の南部に在住していましたが、大阪の南部から京都まで高速を使っても2時間以上かかる。しかも目的が「セブンイレブンに行く」という、もうちょっと信じられない感じかもしれませんが、とにかくそういう時代だったわけで。(セブンイレブンが関西に本格進出したのは1995年)
 先の斉藤ゆう子のCMの存在を知ったのは何かの関西ローカルの演芸番組だったと思う。
 東京の漫才師かなんかがギャグとして「今日は飛びませんねぇ」みたいなことを言うのですが、当然ウケない。だって元ネタを関西人は知らないんだからウケるわけがない。
 たぶん上記の漫才師とは別人だと思うのですが、何かのインタビューで「関西で「飛びませんねぇ」とやってまったくウケなかったのに驚いた」みたいな話をしてたのを読んだことがあって、ま、さすがに、どのCMをどの地域でやってるかの情報まで仕入れている漫才師はほとんどいなかったのでしょうし、それも当然の時代だったってだけです。

 これもちょっと時代が下るのですが、1990年代に入って「カーキン音頭」という謎のコミックソングがヒットしたことがあった。
 歌ったのは河内家菊水丸。言わずとしれた河内音頭の、というか文句なしの「関西芸人」です。

 しかし関西人は「カーキン音頭」なんて知らない。というのもこの楽曲は「フロムA」と「フロムAtoZ」のCMソングだったからで、関西ではまだ「フロムAtoZ」は発刊されておらず、ということはこのCMも関西では流れていない。だから関西人は「知ってるわけがない」のです。
 もう一度言いますが河内家菊水丸は関西の芸人です。そして斉藤ゆう子は関西出身で吉本興業所属(当時)のタレントです。彼等の活動拠点は関西であり、大きく括れば文句なしの関西タレントなのですが、彼等が出演した、東京では知ってて常識レベルのCMが関西では流れていない。
 他にもサントリーの「ポケメシ」のCMに吉本新喜劇のチャーリー浜が起用されて東京でブレイクすることになるのですが、このCMも関西では流れていない。


 つまりね、たかがっちゃたたがなのですが、たかがCMさえも、関東と関西で<格差>があった。
 あえて「関西タレントが関東ローカルのCMに出演して大ブームになった」というケースを例に挙げましたが、要するに「関西に住んでいたら関西タレントの全貌すら知ることが出来なかった」のです。
 しかも斉藤ゆう子や河内家菊水丸は関西タレントなので、関東の人間からしたら関西の人間も当然のように「飛びませんねぇ」も「カーカキンキンカーキンキン」も知ってると思われている。でも知らない。
 これでコンプレックスが生まれないわけがない。実際、イマジナリーエネミーだけではなく、露骨に関西を莫迦にするタレントの発言が増えたのもこの頃で、これは吉本興業がものすごい勢いで東京で覇権を握りはじめており、そのことへの反発もあったのでしょうが、たぶんこの頃が関西人の「東京コンプレックス」が一番強かった時代だと思う。

 そして、ある意味、関西人の東京コンプレックスの象徴的存在が「とんねるず」だったんです。
 <笑い>の歴史的に言えば、とんねるずは完全に「コメディアン」に分類される系統の人たちです。つまりヴォードヴィリアン(芸人)ではない。またよく言われるように「テレビタレント」でもない。
 このことは後で詳しく述べますが、何にしろ彼等の足跡はコメディアンそのものなんだけど、そんなことは関西で生まれ育った高校生にはわからない。とにかく、この、摩訶不思議なコンビから「得体の知れなさ」が漂っていたのです。

 アタシが初めて「とんねるず」という名前を認識したのは「新ど根性ガエル」でした。
 放送開始は1981年だからまだ中学に入りたての頃ですが、このアニメでとんねるずは主題歌を歌っていた。

 つまりアタシととんねるずの出会いは「歌」だったのです。というか当然のことながらこの時点ではとんねるずが何者かわからない。「石橋貴明」や「木梨憲武」という名前どころか二人組ということすらわからない。ましてや何しろ「歌」から入ったので<笑い>をやる人たちとはまったく思わない。
 次にとんねるずの存在を認識したのは「一気!」という楽曲がヒットした時でした。ということはまたしても「歌」ということになる。
 この「一気!」を引っ提げて「オレたち!ひょうきん族」にも出演したという記述がWikipediaにありますが記憶にない。間違いなくこの頃はかかさず「ひょうきん族」を見ていたはずなのに記憶にないということは、それほど印象が薄かったのでしょう。

 そして「夕やけニャンニャン」です。
 ここで初めてアタシは「とんねるず」という存在がコンビであることを認識した。ココココで書いたように「オールナイトフジ」は関西ではネット受けされておらず未視聴だったし、関東ローカルでカルト的人気のあった「トライアングル・ブルー」も当然見ていない。だから「眼で見た」ということで言えば「夕やけニャンニャン」が間違いなくとんねるずとのファーストコンタクトだったんです。

 しかしこの期に及んでも、とんねるずが<何者>なのかわからなかった。
 念を押しますが、アタシは関西の出身です。だから関西の喜劇人や芸人は数多く見てきたし、世代的にドリフターズや伊東四朗と小松政夫のコンビといった関東の<笑い>の人たちのファンでもあった。
 しかし、とんねるずはどれにも当てはまらない。
 まったく新型のタレントであり、たしかに「夕やけニャンニャン」ではメチャクチャに暴れ回ったりしてたけど、タレントとして暴れているのか、それともこういう芸風の<笑い>の人なのか、さっぱり判断がつかなかった。
 しかも「声限定」とは言え、本当のファーストコンタクトは「歌」です。このことが余計アタシを混乱させた。だからと言って歌手ではなさそうだけど、1985年9月、ということは「夕やけニャンニャン」の放送が始まってから半年後にリリースされた「雨の西麻布」が大ヒットを記録している。また「歌」です。
 「雨の西麻布」のヒットで「ザ・ベストテン」などの歌番組にも出演していたのですが、そこそこ歌唱力もあり、これもアタシを混乱させる要因になった。

いったい、とんねるずとは、何者なのだ・・・

 ただ、間違いなく言えるのは、とんねるずが動けば何かが起こる、ということです。
 ハプニングなんて言葉がありますが、とくにこの頃、石橋貴明には独特の客を扇動する力があり、石橋貴明が煽れば客が異様な興奮状態に陥る、そうした様を「夕やけニャンニャン」内で何度も何度も見てきた。

 つまり<笑わせる>とはまったく別の、ある種のロックスターのような、カリスマ性がこの頃のとんねるずにはあった。
 だからとんねるずが出てくるだけでワクワクした。言い方を変えれば面白かった。しかしこの場合の「面白かった」とは「腹を抱えて笑う」とは違う。上手い表現ではないのを百も承知で書くけど、この頃のとんねるずは「エンターテイメント煽動家」だったんです。

 てな感じでPage2に続く。