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得体の知れない謎チーム
FirstUPDATE2025.3.18
@Classic #笑い #テレビ #大阪 #東京 #京都 #吉本 #関西論 #施設 #1980年代 #エンターテイメント #音楽 #体験 #からだ #違和感 @エノケン @古川緑波 とんねるず 斉藤ゆう子 河内家菊水丸 チャーリー浜 CM セブンイレブン 石橋貴明 木梨憲武 夕やけニャンニャン 煽動 ラサール石井 オールナイトフジ 女子大生 夜のヒットスタジオ ザ・ヒットパレード ちゃんとやらない フジテレビ 日本テレビ お笑いスター誕生!! 矢沢永吉 ラスタとんねるず コント 器用不器用 真面目 努力家 パワハラ気質 動画アリ 全3ページ

 コント赤信号のひとりであるラサール石井はライブで「若手時代のとんねるず」と何度も共演しており、また友人関係だったとも明言しているわけで「笑うとは何事だ ラサール石井の平成のお笑い人」にてその様子を活写しています。


 あくまでラサール石井のとんねるず観ではあるのですが、とんねるずを<変えた>のは「オールナイトフジ」という番組と密接な関係がある、と書いている。
 そこまで言われちゃしょうがない。「オールナイトフジ」という番組をちゃんと精査するしかない。
 しかしPage1にも書いたように「オールナイトフジ」の放送当時、アタシは関西在住で、つか関西でネット受けされてなかったこの番組をほとんど見たことがありません。
 現今、「オールナイトフジ」の動画は動画共有サイトにあまり上がっておらず、現物を確認するのが非常に難しいのですが、アタシが見つけた、番組の雰囲気がわかる動画はこれだけです。



 この短い動画だけを見てあれこれ言うのもどうかと思うわけですが、ありがたいことに先のラサール石井の著作に「オールナイトフジ」という番組の雰囲気などを端的にまとめてくれているので、ま、端的ったってかなり長々ではありますがこれを引用します。

「オールナイトフジ」は、簡単にいえば女子大生というものをエンターテインメントにした番組だった。女子大生がつくり、女子大生が演じる、という素人感覚が売り物であった。
それまでの番組のつくり方の常識を破り、「ちゃんとやる」こととか「うまくこなす」こととかはまったく目的ではなかった。彼女達が失敗し、笑ってごまかし、時にはふて腐れたりするのが狙いであり、できないながらも頑張るといったけなげな態度などはまったく要求されず、女子大生がひたすら生意気に、馬鹿に見えるように演出されていた。彼女達にはタレントとしての礼儀も教育されず、ほとんど番組に出ることも仕事とは思わされていなかった。我々先輩タレントがスタジオにはいっても「おはようございます」も言わず、ひたすらキャーキャーピーピーと騒いでいる。間違いを誘うために台本も先に渡されず、リハーサルもお座なりであった。
そのうえ生放送であるから、番組のラフさ加減といったらこのうえなく、平気でいいよどむ、笑い出す、怒り出す、よそ見をする。そして興味のあるものには必死になるが、ないものには番組中でもしかとであった。


 引用動画の回はたまたま司会者の松本伊代の休みの回なので、もしかしたら通常回に比べると多少緊張感が強いのかもしれないのですが、そこまでキャーキャーピーピー感はない。
 しかし、こと「番組進行」ということにかんしてはまったくラサール石井の言う通りで、流れなんか何もない。ただ「とりあえず言わなきゃいけないことだから言ってる」程度です。
 普通であれば、片岡鶴太郎なりに進行を任せるはずなんですよ。でもそれをあえてせずに、とにかく「予定通りに進まなければ進まないほど、良し!」という発想は「如何にもフジテレビの番組」と思わされます。

 フジテレビが「ちゃんとするよりもちゃんとしない方が視聴者を惹きつけられる」と気付いた最初の番組は「夜のヒットスタジオ」です。
 番組タイトルだけだと音楽番組っぽいし、後年になるにしたがってどんどん<真っ当な>音楽番組になっていったのですが、番組開始当初はまるで違うものでした。
 番組の開始は1968年だからずいぶん古い。というかおそらく、わざわざ「夜の」と付いてるところからしても大ヒット番組だった「ザ・ヒットパレード」の「深夜枠版、かつフジテレビ製作版」って感じだったんだろうと思う。(「ザ・ヒットパレード」はフジテレビでの放送だったものの渡辺プロダクション製作。また、この当時「22時放送開始」は十分深夜枠だった)

 つまり単純に、歌手が次々登場して、最新曲を歌う、というようなものではなく、もっとバラエティ的なアプローチがなされており、とくに目玉となったのが「歌手たちによるコント」でした。

 このコントと称する小芝居、綿密なリハーサルをするわけでもなく、挙げ句、放送作家として参加していた塚田茂が参加するなど、それこそ塚田茂も作家として参加していた「シャボン玉ホリデー」のコントなんかと比べるべくもないくらい「徹底的にいい加減な、コントとも呼べないお遊び」だったんです。
 徹底的に煮詰めた完成品を見せるよりも、未完成な、何なら失敗を見せた方が視聴者が食いつく、という発見は画期的だった。
 ただし当時のフジテレビは「母と子どものフジテレビ」という惹句を謳っていたこともあって、局全体が「夜のヒットスタジオ」ムードになるには時間がかかった。
 それでも柳沢きみお原作の「翔んだカップル」のドラマ版では番組終わりにNG集を放送する、というようなことをやり、これも話題になった。そしてこれがフジテレビのみならず各局でやることになる「NG大賞」なるスペシャル番組につながるのです。

 とんねるずは「お笑いスター誕生!!」出身ということもあって、当初は<ほぼ>日本テレビ専属タレントでした。
 デビュー直後に日本テレビの関連会社に所属しているし、Page1で書いたように「新ど根性ガエル」で「ピョン吉ロックンロール」を歌うことになったのも「新ど根性ガエル」の制作局が日本テレビだったからです。
 しかし些細なことから日本テレビととんねるずの関係が悪化し、とんねるずは干されることになったのですが、そんな頃、つまり日本テレビ<専属>ではなくなった頃に「オールナイトフジ」の出演が決まった。
 「オールナイトフジ」は「夜のヒットスタジオ」から細々と続いてきた「ちゃんとやらない、失敗を面白がる」集大成のような番組で、とくに日本テレビの番組にて「ちゃんとやる」ことを求められてきたとんねるずにとっては「まったく新しい」体験になった。
 ラサール石井によれば

とんねるずも、人気がブレイクする前はどこにでもいるお笑いタレントだった。客にへりくだり、「お願いだから笑ってくださいよ」といったコントをやっていた。客にウケるために、客の顔色をうかがっていたのである。


 しかし「オールナイトフジ」のムードというか「番組の<作り方>」がとんねるずを変えた。
 ちゃんとやっちゃダメだ、とにかくデタラメに、そしてキャーキャーピーピーうるさい女子大生に負けないパワーだけは持ってやろう、と。
 ま、それはアタシの憶測です。でもとんねるずを評する時に必ず出てくる「勢いだけ」というのは間違いなくこの番組で培われたものだとは思う。
 いや、もっと正確に言えば、他人の失敗を面白がろうというフジテレビのカラーと、とんねるずが異様にマッチしていた。
 と書くと誤解されそうなのですが、とんねるずの本来の芸風は別に他者を笑い者にして笑いを取る類いではないのですよ。ここを間違っちゃいけない。
 とんねるずはアタシが繰り返し書いてるように、そしてPage1でも触れたように、芸人(ヴォードヴィリアン)ではなく喜劇人(コメディアン)なのです。つまり特定のシチュエーションの中で<何か>やる、そしてそのシチュエーションから絶妙にはみ出したところで勝負する人たち、というか。

 もし古い喜劇人に当てはめるなら、生まれ持った身体能力を活かした<体技>を得意としたエノケンこと榎本健一型の木梨憲武と、高い企画力と比較的当意即妙が可能な古川緑波型の石橋貴明のコンビなんです。
 そして両名とも歌もダンスも演技もこなせるわけですが、とんねるずについて「あれはお笑い芸人ではなく<タレント>だ」と言われ続けていた。
 しかしこうやって見ると、実はタレントとしての能力は高くはない。いや高くないと言っちゃうとアレだけど、タレントとしての能力で天下を獲るほどではない。
 つまり純粋にタレントとしてはわりと地味な方で、しかも「ちゃんとやる」ことを求められたデビュー当初の日本テレビでのバラエティでは突出出来るわけがない。

 とんねるずのタレントとしての唯一の武器は石橋貴明の<煽り>でした。
 石橋貴明はもともと矢沢永吉のファンで、矢沢永吉のモノマネをやるうちに「矢沢永吉のパロディとしてのお笑いタレント」という術を身につけたんだと思う。

 それまでも毒舌を売りにしたり、やたら攻撃的なヴォードヴィリアンもコメディアンもいた。しかしあそこまで挑戦的な目つきで、観客を煽りまくるタイプの人はおらず、つまりモノマネが本芸になったというか、矢沢永吉というミュージシャンを徹底的に自己消化したら石橋貴明のあの芸風になったというか。
 こうして「石橋貴明が<場>の空気を作り、そして目立たないところで木梨憲武がとんでもないことをやってる」という「とんねるずスタイル」が完成した。
 これは「オールナイトフジ」というよりは「1980年代半ば頃のフジテレビ」でなければこの芸風は生まれなかったと思う。で、もしこの芸風がなければとんねるずは「とくに目立つこともないタレント」になっていたのかもしれない。

 こうして時代とマッチしたとんねるずは一時代を築くことになるのですが、そして何よりアタシがとんねるずという存在をはっきり認識するようになるわけですが、その話はPage3にて。