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「ニッポン無責任野郎」徹底解剖
FirstUPDATE2017.12.23
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 これを読んでいただいている方は、東宝クレージー映画における、植木等演じる主人公のことを、どのように捉えておらるのでしょうか。

「ポジティブ」
「猪突猛進」
「上昇志向」

 これらの一般的な印象は、ほぼ正しいイメージだとは、思う。無責任男ならぬ責任男を標榜した最末期の「日本一のワルノリ男」ですら、あてはまってしまう。
 しかし例外は存在します。たとえば「日本一の断絶男」。この映画の主人公は無気力かつ下降志向とでもいうべき造形がなされていますが、これは時代を反映したものでしょう。
 ココに「日本一の断絶男」のボツ台本について書いていますが、田波靖男単独執筆と思われるボツ台本の方は、別段無気力とも下降志向とも取れる描写はなく、となると無気力や下降志向の発想は決定稿で名前が加わった佐々木守の仕業と見るのが妥当です。

 東宝クレージー映画のメインシナリオライターだった田波靖男は植木等演じる主人公に、人間離れした「ポジティブ」、「猪突猛進」、「上昇志向」という人格を与え続けました。
 しかし、東宝クレージー映画、かつ田波靖男脚本作品でさえ、例外がある。それが「ニッポン無責任野郎」です。
 シリーズ第1作である「ニッポン無責任時代」は興行的に大成功し、すぐに第2作の製作が決ままった。
 田波靖男がフランキー堺を想定して書いた「無責任社員」が植木等によって演じられ「ニッポン無責任時代」というタイトルで作られたのは、まあいや偶然の産物でしかなく、正直田波靖男自身、まさか無責任という言葉がここまで広がるとは想像してなかっただろうし、10年に渡ってシリーズが作られるなど考えもしなかったはずです。(自身が一時的にメインライターから外される、というのも想像できないでしょうけど)

 田波靖男は笠原良三に師事し、笠原良三がメインライターだった「若大将」シリーズなどを手伝うことが脚本家としてのスタートでした。
 その後文芸作品にもかかわることになるのですが、喜劇が好きでギャグを考えるのが好きだった田波靖男の行く末は、どう考えても東宝の本流ともいうべきコメディ作品の脚本だったはずです。
 しかし当時の東宝は「社長」シリーズと傍系の東京映画製作の「駅前」シリーズ以外、たいした喜劇が作れていない。「サザエさん」シリーズ、「お姐ちゃん」シリーズの他は細々とサラリーマン喜劇だけを作る会社だったのです。
 これはエノケンこと榎本健一のように人気実力両面で支えられるような人気コメディアンがいなかったことに起因するのですが、かといって東宝もどうしようもないことでした。
 もちろん東宝としても、三木のり平を主演に迎えたり、かつての大御所が一堂に会する喜劇人オールスター喜劇も何本か作っては、いる。また当時日活に所属していたフランキー堺を引き抜いたりもした。
 が、かつて東宝の屋台骨となったエノケン映画はもちろん、「社長」シリーズにも遠く及ばない興行成績しか挙げられなかったのです。

 テレビの人気者を主演にたてて喜劇を製作する、というのはテレビが隆盛を誇りだした1960年代に入ったくらいから試みられましたが、まだ人気爆発とはなっていないもののパラダイスキングの一員として中ヒットを連発し、自身も喜劇的素養を見せていた坂本九を喜劇映画の主演に引っ張ってきたこともありました。
 漫画「アワモリくん」の映画化で、主人公のアワモリくんを坂本九、ライバルかつ友人のダイガクを坂本九と同じ事務所で共演が多かったジェリー藤尾が演じましたが、華やかな音楽喜劇であるにもかかわらず坂本九への期待値を反映してか、モノクロ映画として製作されてしまった。
 結局「アワモリくん」シリーズは3作しか続かず、2作目の公開直後に「上を向いて歩こう」が大ヒットして予算が上がったためか、シリーズ最終作にてやっとカラーになったものの、いくらなんでも遅すぎたと思う。

 しかし東宝は「アワモリくん」シリーズでひとつの才能を拾い上げます。
 たしかにこのシリーズは興行的には失敗といってもいい。しかし独特のテンポで数々の劇中歌を挿入し、多少泥臭いが音楽喜劇に必要なテンポが全編に漲る作品を作り出した奇才・古澤憲吾は一定の評価を受けた、といってもいいでしょう。
 古澤憲吾は奇人としても有名でしたが、戦前に東宝入りし(これにかんしては諸説ある)、空白期間はあったとはいえ監督昇進が遅れ、長く不遇をかこっていた人物でもあったわけです。
 この人は右寄りとしても有名で、おそらく本来はのちに手がける「青島要塞爆撃命令」や「今日もわれ大空にあり」といった戦争アクションを手がけたかったのだと思う。
 しかし念願の監督昇進後に割り振られた作品は、軽い音楽入りの喜劇映画がほとんどだったのです。

 撮りたいものが撮れない、しかし撮りたくないものではあるものの、徐々に音楽喜劇という畑で才能を開花させつつあった古澤憲吾。
 そして、喜劇映画の素養はあると認められつつも、なかなか一本立ちできない田波靖男。
 このふたりが「ニッポン無責任時代」という作品でタッグを組むことになるのは、もちろんプロデューサーの安達英三郎の功績でしょうが、東宝の内部事情的にも、いわば必然だった、といえるのかもしれません。

 こうして作られたシリーズ第1作「ニッポン無責任時代」は今の目で見るとかなり違和感が強い作品で、とにかくすべての面で「硬い」のです。「手堅い」ではなく「硬い」。柔軟性みたいなものがまったくないと言えばいいか。
 以降の東宝クレージー映画と「ニッポン無責任時代」を比較すると、「ニッポン無責任時代」はあきらかに「まともな風刺喜劇」を標榜しているのがわかります。
 <まとも>にしようとしている分、田波靖男の台本が硬くなるのは当然で、弾けた感じがまるでない。
 監督の古澤憲吾にしても、風刺喜劇にしたいという目論見からか、これ以前からあった突撃演出ぶりが影を潜めてしまっている。
 何より硬いのは植木等の演技です。何しろ初主演です。今までのように「軽いお付き合い程度」の出演ではない。硬くなって当然かもしれません。
 そうした「硬さ」が今観ると異様に違和感を感じる。正直この作品で問題点とされる香典泥棒のくだりのガタピシしたシナリオや、途中で主人公のキャラクターが若干変わってしまうことより、作品全体の「硬さ」の方が違和感が大きい。
 一般的に東宝クレージー映画として想像するような破天荒さがほとんどなく、はっきり言ってかなり、かったるい。

 「ニッポン無責任時代」と「ニッポン無責任野郎」の間に同じ古澤憲吾監督、田波靖男脚本(小野田勇との合作)で、NHKのバラエティドラマの映画化である「若い季節」が作られています。(制作は「ニッポン無責任時代」の公開直後)
 この作品を作ることで、古澤憲吾は植木等の新たな一面を引き出すことに成功した。そう考えると大きな意義があった作品といえるはずです。
 「若い季節」はそれまで古澤憲吾が手がけていた「アワモリくん」他の軽い音楽入り喜劇に近いノリで作られているのですが、変なお題目がない分、古澤憲吾、田波靖男、植木等の良さが発揮されている。もちろん群集喜劇なので植木等だけが目立っているわけではないのですが、「ニッポン無責任時代」のやや生真面目な作風より、「若い季節」の軽いノリの方が植木等、そしてクレージーキャッツ全員を活かせる、と踏んだのだと思う。

 さらに「ニッポン無責任時代」がヒットしたのも大きい。
 所詮「駅前」シリーズの添え物映画でしかなかったはずの喜劇は、社会現象になるほどの話題になった。作品の出来自体は硬いのだけど、「まともな風刺喜劇」を標榜した分、評論家にも評価された部分もあったのも間違いない。
 そして主題歌となった「無責任一代男」と「ハイそれまでョ」がまたしてもヒットし、映画のヒット(とそれにまつわる社会現象)と相まって、植木等は一躍大スターになった。
 「ニッポン無責任時代」は坂本九主演の「アワモリくん」シリーズ同様、所詮テレビの人気者を引っ張ってきただけの、悪くいえば軽く作られた映画だった。
 たまたま田波靖男が提出した企画が風刺要素が強いものだったので「まともな風刺喜劇」を標榜した、というふうになったのですが、シリーズ化しようという目算があるわけでもなく、賑やかし、の意味合いが強かったと思うけど「アワモリくん」シリーズ同様、劇中にクレージーのヒット曲を詰め込んだ。(といってもこの時点では「スーダラ節」と「ドント節」と「五万節」、あとは新譜の「無責任一代男」と「ハイそれまでョ」だけだけど)
 こうしたことが、すべての面で吉と出たのです。

 こうなると次回作の意味合いが変わってくる。
 植木等が大スターになった以上、前作のテイストは残しながらも、今度は「台本ありき」「演出ありき」「テーマありき」の映画ではなく「スターありき」の映画にしなければならない。
 スター映画は普通の映画とはまったく違います。とにかくどれだけ主役が光り輝くかに重点を置かなくてはいけなくなった、ということになった、というか。
 スター映画はいくら面白い展開だったり、凝った演出だったりしても、そこが評価されることはまずありません。つまりこれは「ニッポン無責任時代」を作る前の時点では考えられなかったことなのです。
 スター・植木等を活かすために、風刺喜劇の要素を残しながら、「若い季節」のノリにする。さらに劇中歌も前作にもまして挿入する。それもできるだけ植木等が輝くような見せ方で。

 冒頭の展開を観るだけでも「ニッポン無責任野郎」がスター映画だと言うのがわかります。
 巻頭すぐに主人公が登場し、そこからはひたすらギャグの連打で攻めまくる。ひとしきりギャグの連打が終わったところで無責任のテーマソングともいえる「無責任一代男」を高らかに歌い上げるのです。(「ニッポン無責任野郎」で主題歌扱いなのは「これが男の生きる道」だけど)

 テーマは二の次、とにかくスターを輝かせるために作られた音楽喜劇、といえば否が応でもエノケン映画を連想させます。
 戦前期の、つまり全盛期のエノケン映画は(たぶん舞台もそうだったんだろうけど)、何をやらせたらエノケンが光るか、というところからスタートしたような作品ばかりで、作家性もへったくれも何もない。しかしそうすることによって観客が詰めかけたのです。
 東宝はどうしても「これ」ができなかった。
 もちろん森繁久彌も三木のり平も小林桂樹も、そして日活から引っ張ってきたフランキー堺も、スターには違いない。しかし主演者の名前だけで観客が詰めかける、といったタイプのスターではなかった。
 それが、P.C.L.→東宝黎明期にかけて「エノケンが主演というだけで」映画が大ヒットするという図式が、植木等を得ることによってついに可能になったのです。
 しかも植木等もエノケン同様音楽に強く、歌えるコメディアンです。似たタイプだったフランキー堺を上手く活かせなかった反省から、植木等映画は徹底的なスター映画に仕立てあげたのでしょう。

 主演第二作「ニッポン無責任野郎」は、もちろん風刺要素も残しつつ、どうやったら植木等が活きてくるのか実によく考えて展開が作られているのですが、あくまで「あの大ヒット作品の第二弾」といった体で作られているので、話の展開は前作「ニッポン無責任時代」に似せてあります。
 正体不明の男がお家騒動に揺れる会社へ潜り込み、散々引っ掻き回した挙句、ラスト前に姿を消すが、エンディングで意外な形で再登場する、といった大まかな構成は変更していません。
 しかし主人公の造形はまるで違う。「ニッポン無責任時代」の主人公だった平均はかなりハードなキャラクターで、実は軽いノリを見せる場面は少ないのです。(もちろんまったくないわけではない)
 「ニッポン無責任野郎」は「若い季節」のノリを持ち込もうとするのだから、平均のキャラクターではハードすぎて合わない。そこで根は達観したような箇所を持ちながらも、基本的には軽く、またいい加減に見えるようにしてある。
 この辺のことは「「ニッポン無責任野郎」徹底深読み」で書いたから今回は詳しくは書きませんが、結果的には源等という、達観しながらもデタラメな行動しか取れない「こういうふうにしか生きられない男」という類を見ないキャラクターが出来上がった。これはのちの作品で田波靖男がこだわった「ポジティブ」、「猪突猛進」、「上昇志向」といったキャラクター造形とまったく違うことがご理解いただけると思います。

 こうした、自身の考えと行動がある意味分裂した、そして分裂していることにたいして達観している、という意味において、源等と植木等本人はかなり近いと言っていいでしょう。
 植木等はかねがねインタビュー等で、自分は真面目な人間である、とか、「スーダラ節」を歌ったり映画で無責任男を演じることに強い違和感をおぼえていた、というようなことを語っていますが、それは植木等の内面の話なので本当かどうかはわかりません。
 ただ周辺の人の話では、売れる前から植木等は面白い人間だった、支離滅裂なところがあった、破天荒な人だった、と語られることが多いわけです。
 アタシは仮に敬愛する植木等であろうが、私生活の話には興味はないのですが、タバコも嗜んだし、ギャンブルもジャズメンらしく(大金ではないけど)、やはり嗜んでいる。またハナ肇の著書では植木等が美人局(つつもたせ)に引っかかった話(もちろん結婚後)が紹介されています。
 たしかに質素な食事や生活が好きだったのでしょうが、酒を飲まないといってもそれはただ先天的に酒が弱かっただけの話で(小松政夫によれば奈良漬を食べただけでベロベロになったらしい)、真面目云々とは関係ない。
 植木等を尊敬し、また植木等自身も可愛がっていた所ジョージは自作の歌(「植木等に捧ぐ歌」)の中に「♪ 真面目と思っているの自分だけ~」というフレーズを登場させていますが、実に植木等の本質を突いていると思う。
 この支離滅裂、分裂気味なのに達観している、といった点においては、本当に源等と植木等はそっくりなのです。

 Page2ではさらに植木等の内面に迫っていきます。







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