これはヤフーニュースでもなんJまとめでも同じなのですが、やはり、ネガティブな話の方がコメントが伸びるんですよね。
これ、逆に言えばハッピーな話はコメントが伸びないってことなんだけど、まァそれはわからんでもない。でも一番よくわからないのが、喧々諤々になりそうな、どちらが悪いとも言い切れない話よりも単純に「悪いのはコイツ!」みたいに決めつけてしまえるような話のがコメントが伸びるという。
つまりね、こういう場所に書き込むような輩は、何らかの事象について深く語り合いたい、とかではない。もう、コイツ悪いぞ!となったら、とにかく見境なしに叩きたいだけなんだろうな、と。
実は「逆張り」もほぼ同等で、真逆のことを言やコメント(レス)が増えるだろ、みたいな浅ましさしかない。つまり風潮というか流れにたいして本気で違和感を持ってるわけでもなんでもなく、そのまま書いても流れていくだけなので、あえて逆のことを書いて目立ちたいだけなんですよね。
ま、そんなことは、正直どうでもいいし、それは間違ってるというつもりもない。つかもう、今更どうでもいいというか。
ただ、これはアタシとは違うな、と。
これは「人が見て面白いと思うかどうか」はあんまり関係ない。あくまで自分主導というかそういう話なのですが、ハッピーな話とネガティブだったり怒り、あと不愉快な出来事を書くんだったら、もう、比べものにならないレベルでハッピーな話を書いてる方が楽しいんですよ。
もうこれも感じ取り方の問題なのですが、ハッピーな話を聞くと、何故だか、無性に腹が立つ、というような人がいます。
それが嫉妬なのかなんなのか、たぶん当人もわかってないはずで、とにかく他人さんのハッピーな話を聞くと何とも言えない嫌な気持ちになる、みたいな。
そういうタイプの人は、他人さんが窮地に追い込まれてたり、何でもいいからネガティブな事態になってる、みたいなニュースを見ると、これまた理由は不明とは言え、ニンマリしてしまう。
つまりアタシはこれとは真逆のタイプなんですよ。
ハッピーな話を聞くと「幸せのお裾分け」をしてもらったような気分になるし、逆にネガティブな話を聞くと自分のことでもないのに何とも言えず不愉快な気持ちになる。
これね、どっちが正しいとかはどうでもいいんですよ。別に「他人の幸福を妬み、他人の不幸を喜ぶ」のは人間として最低だ、と綺麗事を言うつもりもない。
ただ確実に言えるのは、このふたつのタイプはけして交わって良いものではないんだろうな、と。つまりお互い「関わらないのが吉」ということです。
インターネットの功罪はいろいろあるけど、インターネットがない時代って「本来なら絶対に関わり合いを持たなくて良いタイプの人たちと関わらなくて良かった」んですね。
ま、もちろん身内だったり職場で真逆のタイプの人と関わらざるを得ないということはありましたが、違うタイプが誰がはっきりしていたのでやりやすいところもあった。
それがインターネット時代になって、ま、誰とでも気軽に交流出来る時代になったことで、突発的にそういうのを目にする機会は確実に増えてしまいました。
多様性の時代とか言うわりには、むしろ自分だけが心地良い世界にしてしまおうという人が目立ってしまうのがインターネットですが、しかし今更インターネットを変えることなど出来るはずもなく、もうこうなったら自衛するしかない。アタシで言えばインターネットであろうが「他人の幸福を妬み、他人の不幸を喜ぶ」タイプとの接触を徹底的に断絶する、ということになる。
そしてアタシ自身、著名人や問題となってる企業を嘲笑うようなポストはしない。つかタイプ的にもともとしないんだけど、より一層気をつけようとね。
ココに書いたカジサックのエントリなんか、あれ、ちゃんと読んでもらえたら実は寄り添ってるのはカジサックの方なんですよ。
もちろん辛辣っちゃ辛辣なんだけど、少なくとも突き放してはいない。むしろ「自分も同類だからよくわかる」と同化して考えている。
アタシはね、あそこだと思うんですよ。「悪いのはコイツ!」と切り捨てるのは本当に簡単なことで、一見知的っぽいんだけど、それで終わっちゃアタシのようなタイプの人間には面白くもなんともないんですよ。でも、あえて問題があると思われる方に寄り添うことでアタシタイプが読んでも不快な文章にはならないんじゃないかと。
「水曜どうでしょう」でもアタシはミスターと大泉洋の<やられっぷり>とか、マジでどうでもいい。綺麗事じゃなくて、いやいや、それで終わったら何も面白くないじゃん、と思ってしまう。
アタシが「ユーコン」の回が好きなのは、あれってミスターが途中で豹変したように本当に楽しそうになることなんですよ。何かもう、見つけた!って感じになって、心底キャンプを楽しんでる。ああいうのがもう見ててゾクゾクするのです。
あと「星の子ポロン」のこともね、ココでも書いたけど、新事実や未発掘の映像が見つかった時の歓喜がこちらに伝わってくるようで、それが我が事のようで、幸せな気持ちになれる。
これを「自分が見つけた!という自慢?」みたいに思っちゃう人と仲良くなれるわけがない。嫉妬心からなのかなんなのか、もうそんな浅いところであーだこーだ言いたくないよ。
結局、どこまで行っても相互理解は出来ないし、それで構わない。オッサンになってさ、んなもん、自分とまったくタイプの違う人とでも無理矢理仲良くやりたいなんて思わないよ。