そろそろこんなドラマの時代になってもいいのでは?
FirstUPDATE2024.5.15
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しつこく先日(ってももうふた月以上前だけど)に参加させていただいた、エノケン一座のコンポーザーだった栗原重一の研究会のことから始めさせてもらいたいのですが。

研究会の途中、何気ない発言だったんだけど、アタシ的に妙に引っ掛かったというか、ヒョーっと言うか、やっぱりそうだったかと思ったのは「戦前エノケン映画は、とくに地方では時代劇でしか客が入らなくなっていた」というものです。
クレージーキャッツ主演の東宝クレージー映画(全30本)のうち時代劇作品は全部で4本(「日本一のヤクザ男」は微妙だけど)、松竹ドリフターズ映画(全16本)に至っては時代劇作品は0本です。(しいて言えばオープニングがパロディ的に「サイレント時代劇喜劇」として撮られた「舞妓はんだよ全員集合!!」があるけど)
しかし戦前エノケン映画(全34本)は実に20本の時代劇作品があり(「兵六夢物語」は最序盤のみ現代劇、「ざんぎり金太」は明治時代が舞台なので厳密には時代劇ではないけど)、割合で言うと約58%を占めるわけで。

時代劇の栄枯盛衰にかんしては「複眼単眼・時代劇」として書いたのですが、戦前エノケン映画の時代劇の割合を見るだけでも、これだけ時代劇は戦前期において老若男女に求められていたという証拠でしょう。
それがやがて、時代劇は高齢者のものになった。これは「トシを取ったから時代劇を好むようになったから」ではなく「新たな愛好者の流入がなかったので愛好者が高齢者しかいなくなった」という方が正しい。
これは近年、日本各地の団地で高齢者だらけになる現象と似ており、当たり前だけど高齢者になったから団地に住みたいと思って移り住んだんじゃない。若者が出ていって高齢者しか残らなかっただけです。

しかしアタシより下の世代はすでに時代劇にたいして特別な感情を持つ者はマイノリティです。
こうなると、そんなに遠くない未来に時代劇の需要は限界を超えて作られなくなるのは目に見えている。それはもう、しょうがないと思うのですが、では、もし今後「昭和後期生まれの令和の高齢者を対象とした(厳密には高齢者を<含めた>)ドラマを作ろう」となっても、だったら時代劇でいいよ、みたいな<逃げ>がなくなることを意味します。

テレビの視聴率の下落にかんして、インターネットの発展が、とか、YouTubeが、とかはよく聞くけど、どうもね、あきらかに視聴対象が狭すぎるのも問題なんじゃないかという気がするんです。
1970年代までは、テレビドラマに限らずテレビ番組のほとんどは全年齢向けに作るのが当たり前だった。これは「ファミリー向け」とも言い換えられた。
こう書くと「一家団欒がなくなったから」と捉えられそうですが、それは関係ない。別に家族揃って見る必要はね、テレビ局側からしたら何の関係もない話で、各々、高齢者だろうが若者だろうが子供だろうが好きな番組を見て、それが「ひとつの番組だった」というのが理想なのです。

ここで、これ、もしかしたらひとつの道標になるんじゃないか、と思えるドラマのことを書きたい。
ってもずいぶん昔、えともう14年前か、に「「ありがとう」第三部の話とか」というタイトルで書いたんだけど、この「ありがとう」の第三部について重複覚悟で書いてみようと。

上記リンク先にもあるように、残念ながらアタシはこのドラマを録画してない。録画しときゃ良かったんだけど、とにかく再見出来ないので全部記憶で書くしかないのですが、兎にも角にもこんなヘンテコなドラマはそうそうない。
「ありがとう」と言えば『民放ドラマ史上最高の56.3%を記録した』とWikipediaにもあるように、やたら高視聴率だったことばかりが言われ、となると「もう王道中の王道ホームドラマだったんだろうな」と見るまでは思っていたんです。
ところが実際は、あまりにも「普通のテレビドラマ」から逸脱したことばかりやってて本当にビックリしたというか。

まずハナシがない。ま、まったくないことはないのですが、展開が異様に遅い。
じゃどうやってドラマを回していってるかというと、もう人海戦術というか、様々な登場人物が入れ替わり立ち代り出てきて、コントの如くシーンを消化する。(実際大抵シーン毎にオチがある)
(中略)
「魚屋のパート」、「肉屋と酒屋のパート」、「焼鳥屋のパート」の3つのシーンが代わる代わる出てくる、といった感じなのです。


要するに、1時間の中に3種類のシチュエーションコントが2本ずつほど入ってる、しかもそれらのコントはほぼリンクしていない。一応「同じ町内の話」ではあるんだけど、別パートの登場人物同士のつながりも淡く、さらに「下町を舞台とした作品」にたいしてイメージしがちな人情物要素もほぼない。
きわめてドライで、トリッキーな構成で、何でこれがそんな高視聴率をとったのか、と思ってしまいます。(ま、本当に高視聴率だったのは第三部じゃないけど)

ただこれ、冷静に考えるとものすごく見やすいのですよ。
ハナシがない、というのは「全部の回を見る必要がない」とも言え、これは実はテレビドラマにおいてはそんなに悪いことではないのです。ましてや今のようにTVerで見逃し配信とか出来ないので、一回も見逃してはいけないといった類いのドラマは視聴意欲が下がるんじゃないか。

どころか「はじまりから見る必要すらない」のがすごい。
7~8分のコントが連続してるだけなので各コントのはじまりから見ればいいだけだし、当然コント終わりで途中で見るのを止めてもいい。
「ありがとう」は平日の20時からの放送でした。この時間帯は(時代が時代だから主に母親は)家事の<残り>があるから腰を落ち着けられない。でもこんな構成であれば家事の合間に見ることが出来るわけです。

こうした「合間にちょろちょろと見る」という視聴スタイルはむしろ今の方が浸透していて、YouTubeなんかまさにそうでしょ。
先のエントリを書いたのが2010年だから、この時点ではYouTubeはそんな大きな存在ではなかった。だから書けなかったけど、今となれば、つまりYouTubeという短時間動画が当たり前の世の中の方が「ありがとう」というドラマの構成が時代と合致するのです。
しかもあくまでホームドラマという体裁で作られているから比較的高齢者でも見やすいし、構成はトリッキーである種アナーキーだから若者も惹きつけられる。

1970年代と言えば「ホームドラマの皮を被ったトンデモドラマ」がかなりあり、それこそ「寺内貫太郎一家」や「ムー(ムー一族)」といった久世光彦演出のドラマなんかまさにそうでした。
「ホームドラマの皮を被った」ってのは、というか一見「お父さんもお母さんも子供たちも安心してご覧いただけます」っていうふうに扮うのは本当に大事なことで、つまり包装だけ「全年齢向け」にして中身は若者向けでいいんですよ。
結局「視聴率を稼げる」というのはそういうことじゃないか。最初からパイを狭めて「若者しか見ても面白くないですよ」と謳えばそりゃたいして視聴率なんて取れっこない。

というかもっと根本的な話として、とりあえず全年齢を対象にしてないとどの年齢層にスパークするかわからないでしょ。
いかりや長介は「(全員集合は)子供向けに作ったことは一度もない」と繰り返し語っていましたが「大人向けに作っていた」とも語っていない。
ドリフターズはそれまでのテレビ番組同様、あくまで「全年齢向け」に作っていたと考えるのが妥当で、たまたま子供を中心にウケただけの話なんじゃないかと。

ま、まだそれでもゴールデンタイムにやってるバラエティ番組なんかはそこまで視聴者層を絞ろうとはしてないけど、ドラマはねぇ。何でこんな、絞っちゃってるんだろ、みたいなのばっかりで。
こういうのって質的向上とかじゃないんですよ。変な話だけど「そこそこ」の質だけど安定して商売になる、んでたまたま質が高ければ世間的な流行になる、そういうのが大事なような。

何だろうね。面倒なのかね。たしかに「ありがとう」や「寺内貫太郎一家」のようなドラマは一見軽そうだけど実はメチャクチャ手間暇かかってるもんなぁ。







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