「ビックリするほど非電脳都市」
これが2023年現在の兵庫県神戸市の姿です。
とにかく、何で?と思うほど、いわゆるパソコンショップ、いや純粋なパソコンショップなんて秋葉原と日本橋でんでんタウン以外なくなったけど、そこそこの規模の、パソコン本体(中古品含む)、周辺機器、パーツ類を扱ってる店がね、街の規模に比して本当に少ないのです。
ざっくりどんな店があるのか記していけば
・LABI三宮
・ジョーシン三宮1ばん館
・じゃんぱら(3店舗)
・ドスパラ
・イオシス
・ソフマップ(コジマ)
冗談抜きにこれくらいしかない。
これでも「結構あるじゃん」と思われるかもしれないけど、じゃんぱらはどれもかなりの小型店舗だし、ソフマップは神戸最大の繁華街である三宮ではなくハーバーランド(神戸駅の南)にある。
LABI三宮とジョーシン三宮1ばん館も店舗自体の規模はあるけど本当にパソコン関連が充実しているか、力を入れているかというとそうでもないし、近年イオシスが出来たのはいいけど扱ってるのはほぼ中古スマホのみ。
唯一<まとも>なのはドスパラだけど、これも店舗の規模はたいしたことがなく、となると新品パソコン、中古パソコン、パーツ類など「とりあえず、ひと通り見たい」となったらハーバーランドのソフマップに行くしかないのです。
というか、気づきました?いやマジで、いったいどういうことだ、と思うんだけど、アレとアレがないんですよ。
神戸市の人口が150万人を割り込もうとしている。2011年をピークに下降局面に入り、少子高齢化による死亡者数の増加などを背景に近年は減少ペースが加速。23年中には01年以来の140万人台になることが予想され、人口減少の波が「150万都市」を揺さぶり続けている。(中略)今年(2023年)に入ってから毎月約2千〜3千人減っている。(神戸新聞NEXT2023年5月5日掲載「「150万都市」の神戸、迫る大台割れ 毎月2千〜3千人減ペース「140万人台は避けられない」」)
たしかに上記引用通り、神戸は只今地盤沈下の真っ最中です。
それにしたって、ずっと7大都市のひとつと言われた街に、ヨドバシカメラもビックカメラもない、というのはちょっとあり得ない。
一応、2023年現在の市別人口ランキングのベスト20を貼っておきます。あ、ただし東京は区別になってますので、つか東京が1位なのは当たり前なので割愛。
1位 神奈川県横浜市
2位 大阪府大阪市
3位 愛知県名古屋市
4位 北海道札幌市
5位 福岡県福岡市
6位 神奈川県川崎市
7位 兵庫県神戸市
8位 京都府京都市
9位 埼玉県さいたま市
10位 広島県広島市
11位 宮城県仙台市
12位 千葉県千葉市
13位 福岡県北九州市
14位 大阪府堺市
15位 静岡県浜松市
16位 新潟県新潟市
17位 熊本県熊本市
18位 神奈川県相模原市
19位 岡山県岡山市
20位 静岡県静岡市
このうち神戸市以外で「ヨドバシカメラもビックカメラもない」のは福岡県北九州市、大阪府堺市、静岡県静岡市のみ。しかし<市別>ではなく<県別>で見れば、福岡県も大阪府も静岡県も「どちらかはある」わけで、神戸市ではなく兵庫県まで範囲を広げても「どちらもない」というのは神戸市だけなのです。
ランク外の都市でも「どちらかはある」ところは結構あり、つまり神戸市が大都会かどうか、ヨドバシやビックがあることが都会の証明なのかはともかく、ことパソコン関係のリアル店舗にかんしては「7大都市と思えないほど恵まれていない」としか言えないのです。
アタシは兵庫県神戸市で生まれました。18歳の時に大阪に出て以来、長らく神戸から離れていたのですが、2019年から2023年の半ばまで再び神戸市に在住していた。
しかし神戸在住中、<その手>(=パソコン関係)の商品の入手には本当に苦労した。極力「実物を見た上で買うか否かを決めたい」人間なので、<その手>の商品を物色する時は大阪の日本橋でんでんタウンに行くしかなかったのです。
何故こんなことになってしまったか、ですが、言い方を変えれば、かつてはこんなことはなかった、ということが言いたいのです。
もっとはっきり言えば「そりゃあ、秋葉原はもちろん、日本橋でんでんタウンにも劣るんだけど、それでもそれらの場所に行くのは本当にスペシャルなブツを探す時だけ。普段は神戸だけ、三宮だけで十分事足りる」って感じだったわけで。
事足りた最大の理由、それは神戸には星電社があったから。いや、アタシが足繁く星電社に行ってた頃、具体的には「8bitマイコン文化華やかなりし頃」である1980年代前半から半ばにかけてにはすでに「星電社」ならぬ「せいでん」になっていましたが、古くからの神戸市民はみな、名前が変わろうがなんだろうが「星電社」と呼び続けた。
だからこのエントリは「星電社」呼びで統一します。
てなわけで、当エントリは「1980年代前半から半ばの、星電社ならび神戸市三宮のマイコンショップ事情」について書いていきます。
もちろん個人的な思い出も記していくのですが、わりといろいろ調べて書いていくので、都市の歴史好きの方にも楽しめるエントリになると思います。
是非最後までお読みくださいませませ。
まずは、どうしても三宮の歴史の話から書いていかないわけにはいきません。
戦前期の三宮でもっとも賑やかな<ストリート>だったのは、今の神戸阪急の南、神戸阪急新館の北、つまり西国浜街道だったと言われています。
しかし神戸阪急新館の南側一体は焼夷弾で完全に灰になり、しかも戦後、この地に大規模な米軍キャンプが作られることになった。
もちろん米軍キャンプ一帯は日本人の立ち入りが禁止ですから、西国浜街道の繁華街はそのまま消滅する憂き目にあったのです。
今はフラワーロードの西も東も「神戸市中央区」ですが、アタシが子供の頃まで、つまり1970年代まではフラワーロードより東が「葺合区」、西側が「生田区」と行政が分かれていたのです。要するに国鉄三ノ宮駅が葺合区、阪急三宮駅が生田区だったと。(厳密にはフラワーロードより若干葺合区が食い込んでる形だったけど)
昭和の初期の時点では阪急の三宮延伸が実現しておらず(現在の阪急三宮駅の開業は1936年)、阪神の駅は現在よりやや南、ちょうど今現在、三宮・花時計前駅あたりに「滝道駅」というのが存在していた。
ですから、神戸阪急(当時はそごう)があったことを含めて、三宮の中心地は生田区ではなく葺合区だったのです。
それが戦後になって流れが変わった。
省線(=国鉄。現在のJR)三ノ宮駅から元町駅までの高架下が、いわゆる<ヤミ市>になり、そのヤミ市はどんどん南側に広がっていった。
現在、マルイやさんプラザ、センタープラザがある一帯は、もうヤミ市が消えた時期になっても「きわめて小さな商店や飲食店がひしめいて」おり、その中にダイエーの前身となる店があったのですが、本エントリと趣旨が違うので割愛します。
そして、さらに南側の、やや道幅の広い生田区側の西国浜街道にも商店が集まり出した。もちろんこれが現在のセンター街です。
そして、まだセンター街という名称はなかったこの時期、とにかく終戦直後に、真空管をはじめとしたラジオのパーツの卸と小売をする「星電社」が誕生したのです。
ここで、現在は消滅してしまいましたが、かつてあった星電社の公式サイトより星電社の歴史を転載しておきます。ただし話がややこしくなるので「星電社」が「せいでん」に変わった1981年までに留めましたが。
1945年 |
・11月1日、故後藤博雅と英一兄弟により神戸市生田区三宮町2丁目センター街にて合資会社星電社創立 ・ラジオパーツの専門として卸と小売を手掛ける |
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1949年 |
・1月21日、株式会社星電社設立。直後に類焼のため営業所全焼 ・現在のLABI三宮所在地三宮町1丁目に移転。再建を目指す ・当時のキャッチフレーズ「誠実と努力の店 星電社」 ・当時より「ラジオパーツ友の会」を作り顧客との触れ合いを大切にする |
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1954年 |
・基本的な経営理念となる「経営の基本方針」と「社歌」を作成。社歌は、当時の人気歌手、藤山一郎氏に作曲と歌唱を依頼 |
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1963年 |
・故後藤博雅により、大型専門店の全国組織「全日電」(-NEBA-日本電気大型店協会の前身)設立される |
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1971年 |
・三宮本店拡張工事が完成し、家電のみでなく住まいと暮らしを提案する総合専門店を目指す ・人間中心の経営を支える人間を考える組織「調研」設立 |
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1972年 |
・本当にお客様のお役に立つ商売の原点を目指して、全国チェーン展開をしていた店を県下に集約する「経営革新」を断行 ・68店舗から38店舗になる。また、2月1日を「商道宣言の日」と定め、正しい商いを実践することを宣言する。この一環として、三宮本店に「お客様相談窓口」を設ける ・当時のキャッチフレーズ「暮らしに愛と喜びを 喜びの花咲かす星電社」 |
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1981年 |
・コーポレートアイデンティー(CI)導入。「対話による新しい絆作り」をコンセプトに「星電社」から「せいでん」へ ・せいでん独自のハウスカード「サロンカード」誕生 ・POSシステム導入 |
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創業当時の星電社の場所がどこだったのか、正直はっきりしない。上記年表通り、今のLABI三宮ではなかったのはたしかなのですが、それ以上、となるとなかなか難しい。
1970年代まで、2023年現在パティスリートゥーストゥースというスイートショップがあるあたりに、きわめて小規模な「星電社パーツセンター」というものが存在しており、もしかしたらここが星電社生誕の地かもしれない、と当たりをつけたのですが、よくよく調べるまでなく、星電社パーツセンターの場所はギリギリ三宮一丁目で、年表にはっきりと『三宮二丁目』とあるので、違う、ということになります。
アタシは当時の住宅地図を血眼になって見続けた。そして「もしかしたらこういうことではないか」という仮説を導くことになるのですが、それはPage2に続く。
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