たしかに世代的にはピンズドだし、「夕やけニャンニャン」だってかなり見ていたのですが、おニャン子クラブにかんしては何の興味もありませんでした。
でもね、何しろそういう世代なのですよ。同世代で喋ってたら「おニャン子で誰が好きだった?」って話にならないわけがない。
そこで「おニャン子クラブ?あんな青臭い、乳臭い連中に好きなのなんているわけないじゃん」なんて場をシラケさせることを言うわけがない。ガキじゃあるめーし。
とはいえおニャン子クラブに興味がなかったのは本当だし、あまりにもウソ臭いというか、ウケ狙いミエミエで「山本スーザン久美子!」とかも言いたくない。って書いたら山本スーザン久美子のファンだった方に申し訳ないけどさ。
何しろ目的は「場をシラケさせない」ことなんですよ。となったらあまりにもマイナーな名前を出すのもアレだし、メジャーすぎるというか今も現役で芸能活動をされてる方、となるとね、今度は「ははーん、そういう好みなのね」と思われそうな危険性もあるし、いつ、何がきっかけで醒めたの?みたいな変な方向に話が広がる可能性もあるしね。
こういう場合って「ちょうどいい」を探るしかないんですよ。んでアタシが「ちょうどいい」と思ったのが永田ルリ子です。
ソロデビュー出来るほどの人気はなかったし(本人はソロデビューを望んでいたようだけど)おニャン子解散後に芸能活動を継続したわけでもない。でもまったく人気がないわけではなく、「夕やけニャンニャン」を見てたら絶対知ってるレベルではあるし、中期以降のおニャン子クラブとしてのシングル曲ではメインヴォーカルのひとり、くらいの立ち位置ではあった。
さらに言えば、それこそ山本スーザン久美子や、あと立見里歌、内海和子あたりの、いわゆる「イジられキャラ」でもなく、さらに新田恵利のように当時からルックスにかんして「賛否真っ二つ」みたいなタイプでもなく、つまりアイドル視してたとしてもまったく不自然ではない、という。
これだけの<絶妙さ>を兼ね備えたおニャン子クラブのメンバーは永田ルリ子だけです。
実際、そういう話題になった時に「ルリルリ(永田ルリ子のニックネーム)」と答えると、たいていは「あー」みたいなリアクションになる。
重要なのは「あーっ!」でも「あー・・・」でもなく「あー」くらいなことです。
濃度の濃い、それこそ「こニャン子クラブ」(ファンクラブの名称)に入ってたような人はむしろ「おニャン子で誰が好きだった?」みたいな話題はしないのですよ。つまりこういう話題を持ち出すのは浅いファンだけ。となったら「永田ルリ子」となってもせいぜい「真ん中モッコリ」とか「ルリルリの愛称は太川陽介の「ルイルイ」から」とか、CM明けのリアクションとか、その程度しか憶えてない。というかこれがほぼアタシの永田ルリ子にかんする全知識です。でもほぼみな似たようなものなので、話が広がらない。
アタシはある意味「場をシラケさせたくはないけど話は広げたくない」からってのもあって永田ルリ子の名前を出してるわけだから、もう狙い通り、こんな適した人はいない、と思ってるわけでして。
それでも令和の今、「永田ルリ子」で検索すれば、やや不穏な話が出てくる。
といっても犯罪とか不逞とかそういうんじゃなくてね、Wikipediaに書いてなかったら本当に、こニャン子クラブに入ったような人しか知り得なかったと思うけど、とにかく現今、永田ルリ子は再結成的なイベントに一切参加しないだけでなく、過去映像にかんしての利用を大幅に制限をかけているらしく、おニャン子クラブの映像が永田ルリ子のみモザイク、または不自然にカットが入るという状態らしい。
しつこいですが、アタシは本当に永田ルリ子のファンだったわけではない。あくまで「ちょうどいい」から名前を利用させていただいてるだけに過ぎません。だから「過去映像で永田ルリ子が映ってないのは悲しい」とかはぜんぜん、1ミリもない。
しかし本当に永田ルリ子のファンだった人が悲しむ気持ちはわかる。あれは本当に辛いと思う。
正直、何故こんなことになってるのか、真相はまったくわかりません。ただ確実に言えるのは、おニャン子解散後、永田ルリ子は完全に芸能界を引退し、結婚して専業主婦、かもわからないけど、とにかく一般人になったことです。
要するに芸能プロダクションに所属してないことにかんしては間違いなく、おそらく映像使用の許諾にかんしては永田ルリ子当人、もしくは家族が行なってると思しい。
要するに、何故永田ルリ子の映像が使えないか、それは永田ルリ子本人の相当強固な意志がある、とみて間違いないはずです。
きわめて短期間だけとはいえ、またセンターマイクでスポットライトを浴びてきたとも言いづらいとはいえ、そういう人が過去の活動にたいして封印してしまおう、可能であれば完全に封印してしまいたい、と思うのは、相当なことがあったのではないかと想像してしまいます。
アタシは何もゴミ箱を漁るような下衆なことをしたいわけじゃない。じゃなくて、たまにですが、芸能界という場所でスポットライトを浴びたという、ある種の栄光を全部捨てて「ごくごく普通の人として生活したい」と願い、実行した人たちがいる、という事実です。
非常に微妙なのがココで詳しく書いた黒木香で、何しろ彼女の場合、芸能人と言っても「アダルトビデオ女優」であり、その肩書きのままタレント活動をする、という特異性があった。だから「過去を封印したい」と思うのは比較的理解しやすい。
さらに上岡龍太郎や大橋巨泉のように「年齢を理由にリタイア(セミリタイア)」もいうのも理解しやすい。
しかし山口百恵のように「結婚を機に芸能界から一切足を洗う」という人もいる。山口百恵の場合、過去の活動を封印しようとした形跡はないので永田ルリ子とは違いますが、以降、夫である三浦友和から漏れ出る情報しかなく、もし「山口百恵展」のようなものが開催され、仮にたったひと言でも山口百恵本人がコメントでもしようものならそれだけで大騒ぎでしょうが、それでも所詮コメントを発信しただけに過ぎず、芸能活動を再開したわけでもなんでもない。

これだけインターネットが、そしてSNSが普及して、完全なるまでの一般人でさえ世界中に向けてコメントが発信出来るこのご時世にです。
山口百恵は典型的なケースですが、女性の場合は芸能界と縁を切る絶妙なタイミングがあって、それが結婚です。
さすがに結婚のタイミングで芸能界から引退した男性芸能人は知らない。でも女性ならそこそこいる。昔はもちろん最近でもチラホラいるし、引退しないまでも結婚以降大幅に仕事をセーブする女性芸能人など枚挙にいとまがない。
こうしたことに理解を示したのが意外にも「ウーマンリブの旗手」だった中山千夏で、芸能界に身を置いた者として、芸能界でスポットライトを浴びた女性芸能人が結婚して家庭に入りたいと思う気持ちはものすごくわかる、と自著に記しています。
中山千夏の経歴を書いていく気はありませんが、とにかく彼女は子役上がりというか、まだ自我が芽生える前から人前に立つ<仕事>をやっていたのは間違いない。
この場合、芸能人というか芸能界という言葉を使うとどうしてもややこしくなるのですが、中山千夏のように幼少期から人々の目に晒されるという<仕事>をやってきた人の気持ちはちょっと計り知れない。もちろん馬鹿にしているわけではなく、単純にあまりにも遠い世界の話すぎて何の想像も出来ないのです。

これはあくまで統計的な話であり何の根拠もないのですが、子役上がりの人の「その後」を見てみるに、ひとつだけ共通項を見いだすとするなら「どこかで一旦リセットというかブレーキをかけようとする」というふうにもとれる。
男性の場合、リセットをかけるタイミングはひとつしかない。それが「進学」です。正確には芸能活動に区切りをつけるための方便として進学を利用する、といった方が正しいか。
何のかんの言いながら日本は学歴社会なので、なかなか「進学なんか止めて芸能活動に専念しろ」とは周りも言いづらい。とくに男性の場合はそういう傾向が強く、少なくとも学歴は「ないよりあるに越したことはない」くらいは言える。
しかし女性の場合はそうではなかった。最近でこそ若干傾向は変わってきましたが、時代を遡れば遡るほど女性の進学への理解度は下がる。
中山千夏と同じく子役上がりの芸能人として高峰秀子という人がいます。彼女も松竹に子役として入っていますが、1930年代後半のタイミングで(つまり10代半ばになって)松竹から東宝に移籍している。
これは自著に書かれていることなので、つまり本人の言い分のみなので正確かはわかりませんが、ハイティーンが近づくにつれ彼女は女優を辞めたがっていた。そしてとにかく「学校に通いたい」という欲望を抑えきれなくなっていた、らしい。
高峰秀子の引き抜きを目論む東宝は「ウチに来れば学校に通えるよ。というか入学までの全手続きをやってあげるよ」という強烈に「甘い飴」をブラ下げてきたのです。
これに高峰秀子は飛びつくのですが、結局東宝は高峰秀子を大々的にアイドル女優として売り出し人気が爆発、松竹時代よりさらに忙しくのり、憧れの学生生活は実に中途半端な形で中座しています。

これは強い時代の反映を感じる。
東宝も「引き抜き策の一環」としてだけではなく本気で「学校に通いたいなら行けばいいじゃないか」と思っていたんだと思う。さすがにそこまで悪辣だったとは考えたくない。
ただし、理解があったのは「学校に通う」ことまでだったんじゃないか。つまりそういう<体験>は大いにやるべきだけど、別に何かの技術を身につけたり、ましてや卒業とか、そんなのどうでもいいだろ?みたいな。
言っておきますが、当時の東宝は少なくとも映画会社の中でもっとも先進的な考えをもった会社でした。そしてたしかに「入学」までは東宝がいろいろ手を回したのも間違いない。でもその後、せっかく入った学校なんだから何とか最後まで、つまり卒業まで頑張れ、と誘導した形跡はまったくない。むしろこれでもかと仕事を入れまくった。
先進的だったと言われる東宝ですら<これ>です。となったら戦前期まで「女性が学校に通う?ただの金持ちの道楽だろ」くらいに思われていたとおぼしい。そしてこれは時代を経ることで薄らいではくるものの今現在ですら完全に消滅するには至っていない。
話を戻しますが、先ほど書いたように男性は進学がリセットのタイミングなのにたいし、女性は進学はリセットのタイミングにならないのです。本人がいくらリセットのタイミングにしたかったとしても高峰秀子同様、結局中途半端な形に終わる。
となったら、綺麗事とかジェンダー問題とか全部取っ払って、あくまで「理解されやすい」という理由だけで言えば、女性の場合は「進学のため芸能活動を休止します」より「結婚のため芸能活動を休止します」の方が圧倒的に理解されやすかったのです。
もうひとつの理由は、中山千夏はそうではないけど、子役はたいていステージママのような存在がおり、母親がベッタリ側についてるというケースが非常に多い。中には一卵性親子と言われるほど仲が良いケースもあるにはあるけど、あまりにもベッタリになりすぎて険悪になるケースも多く(高峰秀子の場合は実母ではない継母のステージママがおり、より状況は複雑だった)、子役からハイティーンになるにつれ「ステージママからの脱却」を図るようになる。
この場合も「進学」ではどうしようもない。芸能活動を継続しながらの学校通いでは寮に入るわけにもいかず、家に帰れば結局ステージママと顔を合わせることになるわけです。
しかし結婚は違う。世間からの理解も得やすいし、ステージママとの関係も切り離せる。さらに言えば戸籍まで変わる。つまりすべてをリセット出来る。そう考えれば「結婚、という制度を利用して、芸能活動に区切りをつけよう」という発想は何もおかしくないし、中山千夏でさえ理解を示すのも当然なのです。
アタシは間違ってもフェミニストではないし、むしろ過度なフェミニズムには否定的な立場の人間です。だから彼女たちを「社会の犠牲者だ!」と言う気は毛頭ない。
というのを前提として、です。それでも「結婚でリセット」という気持ちはよくわかる。だってそれしか逃げ道がなかったのだろうから。
そして「どこからどこまでをリセットするか」というのは個人の考えによる。ほんの短い休止を挟んだだけですぐに芸能界に戻る者、子育て等が一段落終えて以降、数年(場合によっては数十年)のブランクを挟んだ後に芸能界に復帰する者、完全に引退はするものの過去の活動の二次利用にたいしては寛容、もしくは関心のない者、そこにかんしては本当に人それぞれでどれが正しいという話ではない。
となったらです。一見極端に思える「完全引退はもちろんのこと、過去の活動にかんする二次利用を制限したい」と考える人がいても何の不思議もない。
しかしそうした「強硬な姿勢」に見えやすいことをやる人はあまりいない。アタシが知る限り、永田ルリ子と黒木香くらいしか思いつかない。これでもアタシはかなり古い芸能人への知識はあると思っているのですが、それでもこの2例しか知りません。
ただし、今後はこうした形で芸能界から足を洗う人は増えてくるんじゃないかと思う。もちろん時代が違うからきっかけは「結婚以外」になっていくことも間違いないけど、引退した後はすべてを抹消してね、しないなら出るところに出るよ、みたいなケースは出てくるんじゃないか。
一方、今の時代、コンテンツというのは「二次利用ありき」で作られているので、そうなったら契約書に何を書かれているかが問題になる。それはそうなんだけど、子役などの未就学児がすべてを把握した上で、未来の自分がどう思うかを換算した上で契約書にサインをすること自体が不可能であり、そうなるとまたしてもステージママの存在が浮上してくる。となるとまた・・・。
ま、アレですよ。結局は何をどうやっても堂々巡りになるというか、こっちを立てればあっちが立たずになるというか、みんながハッピーになるそんな素晴らしい方法なんかないってことですよ。
| 一見「らしくない」テーマなのですが、その実、出だしから「らしい」内容全開になってます。というかそういうふうにしました。 本文にも書きましたが、アタシは人間の本能に背くような、何の実効性もなく、別の誰かが損をする類いのフェミニズムは大嫌いなのです。一部を<優遇>すれば一部は蔑ろにされる。それは公平性とは関係ないというかむしろ真逆なことだと思っているから。 でもそんなことを真正面から書いたら不愉快な文章になるに決まってる。 だから策を講じて、ウチのサイトでお馴染みの名前をいっぱい出して「らしさ」全開にしながら、みたいにした。 ま、結局はこうやってPostScriptに書いてるんだけど、これくらいのバランスが「ちょうどいい」よね。マジで。永田ルリ子くらい「ちょうどいい」と思うんだけど。 |
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