あれから80年、あれから14年
FirstUPDATE2025.3.11
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えと、昨日3月10日は東京(下町)大空襲から80年で、今日3月11日は東日本大震災から14年ですか。つか続くね。

当たり前だけど、1968年生まれのアタシは東京大空襲をリアルタイムでは知らないし、ぶっちゃけ空襲とか軍部の動きみたいなのにはほぼ興味がないので調べたこともありません。
ただそれでも、この空襲が深夜に行なわれたくらいのことは知ってる。ってこれ、さすがに卑劣すぎんじゃないの?とは思うわけで。

2024年の元旦に能登半島で地震がありましたが、これも、いやいや、そりゃないよ、と思った。これは東京大空襲と同じ理由で、人間って絶対気を抜く瞬間があるんですよ。心構えしようにも出来ないし、そのタイミングまで「何かあるかも何かあるかも」とビクビクしてたらメンタルがやられてしまう、そんな、もう今くらいは気を抜いてもいいよね、みたいな日にちや時間帯があるんです。

さすがに能登半島の地震を作為的と言うほどアタシは陰謀論者ではないけど、東京大空襲にかんしてはあきらかに「狙った」ものであり、一応の理屈としては「焼夷弾の威力を最大に発揮させるために、なるべく強風になったタイミングが選ばれた」らしいんだけど、実際空襲が始まったのは3月9日が終わって3月10日になったタイミング。つまり午前0時、時節柄を考えればよほどの場合でないと人が起きてない時間です。

やっと今日一日が終わって、布団に潜り込み、安閑とした気分にもなって、ようやく眠りについた頃に、あれ、が起こった。
いやさ、綺麗事を言ってもしょうがないんですよ。言っても日本とアメさんは喧嘩してるんだから。となったら、そりゃあ、民間人虐殺の是非はともかく空襲はやむを得ないかもしれないですよ。
でもせめてです。せめて、何で昼間にしなかったんだ、と。昼間、みなが起きて何かしている時間帯と深夜では「卑劣さの印象」がまるで違う。

それを言えば阪神淡路大震災もね、ま、早朝ですよ。さすがに「誰しもが当たり前に起きている時間」とは言えない。
だからきっと、相当な寝ぼけマナコで、つまりあんまり頭が動いてない状態で、あ、逃げなければ、となっても、適切な行動が出来たとは思えない。
たぶん東京大空襲の被害に遭われた方も同じだっただろうな、と思うと、やっぱ、あれだけは「なんちゅう卑劣なことを」と思ってしまうのはやむを得ないような。

んで、です。比べるべきこっちゃないし、まったくもって良かった、なんて話ではないことを先に述べておきますが、東日本大震災の場合、14時46分なんですよ。
つまり「人々が普通に活動してる時間帯」であり、少なくとも東京大空襲や阪神淡路大震災に比べたら適切な行動が出来たのではないか、と思ってしまいます。

東日本大震災が起こった時、アタシは横浜在住でした。なんて話はココにたっぷり書いたので割愛しますが、当然のようにアタシも起きていたし、まだ素早い行動が取れる態勢だった。もちろん震源地から離れた横浜なので、取り立てて「素早い行動」が必要はなかったんだけど、それでも即座にテレビのスイッチを入れて震度や震源地を確認する余裕はあったわけです。

東日本大震災の場合、ある意味想定が難しい津波の問題があったので、震源地に近いところにお住まいの方が仮に「素早い行動」を取れていても助かったかどうかはわからない。
でもね、やっぱ思っちゃうんですよ。もし、東京大空襲や阪神淡路大震災が東日本大震災と同じくらいの時間帯ならどうなってたんだろうなって。

いや、もちろん<より>被害が拡大していた可能性もある。とくに鉄道関係や各地で脱線転覆が頻発した可能性があるし、東京大空襲の場合は当時ほとんど自家用車が走ってなかったから関係ないけど、阪神淡路大震災の時は阪神高速が崩落したことを考えればもっと大惨事になったとも思う。
さらに時間帯的にガスコンロをはじめとする<火>を使っている家庭ももっと多かった、と考えるなら、やっぱ、もしかしたら「深夜、もしくは早朝で良かったのかもしれない」とも考えられる。

でも、でもですよ。
人間の最期、ということを一番に考えるなら「何が何だかよくわからない状態で死を迎える」ってどうなのよ?と。
東日本大震災から半年後、アタシの叔父が逝去した。それは年齢的にしょうがないことかもしれないけど、晩年というか死の2ヶ月ほど前から薬の影響でまともな思考が困難になっており、よくわからないことばかり繰り返し喋っていました。

叔父は本当に聡明な人で、アタシはこの叔父を本当に尊敬していた。アタシに「映画の見方」を教えてくれたのは間違いなくこの人です。
そんな聡明だった叔父が幼児のような言動に終始する姿はショックで、そして元の意識に戻ることなくこの世を去ったのです。
だから、この出来事だけは本当に後悔している。何でこんなことになったのか。自分が誰かもわからない状態で命が終わる、なんて、それ、本当に良かったことなのか、と。

そりゃあ、頭がシャキッとした状態で迎える恐怖心はハンパではないとは思う。それはわかるし、だったら、もしかしたら思考がはっきりしない状態で<死>を迎えた方が幸せなのか、という話にもなってくる。
この答えはいまだに見つかっていない。後悔はしてるけど、じゃあこうすりゃ良かった、という解答は見つかっていません。

たぶん、ずっと、これからもその答えを探しながら生きていくことになると思う。たぶん答えなんかないんだろうけど、そんなの関係ない。答えなんかなくても答えを探さなきゃいけないことなんだから。







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