最初、エントリタイトルを「巨星墜つ」にしようと思ったんだけど、止めた。どうも、巨星ってほどか?と。
アタシの中では、やっぱ「巨星」と言われるとね、それこそ正力松太郎とかそのレベルの人が浮かぶんですよ。アタシはかつて正力松太郎を「稀代の博打打ち」と書いたけど、もちろん賭博師ってことじゃなくて「事業を発展させるために様々なハイリスクなことを手掛けた人」ってイメージが強くて、それは職業野球然り、テレビジョン然りで、それに比べるとナベツネこと渡辺恒雄は「讀賣新聞並びに讀賣巨人軍や日本テレビといった関連会社に尽力した」に過ぎず、「自分のため&自分の会社のため&日本の発展のため」に尽力した正力松太郎とは違うと。
この辺はスケール感の問題で、実際問題、正力松太郎がいなければ日本の文化の発展はもっと遅かったと思うし、これは小林一三然りなのですが、ではナベツネがいなかったとして、そりゃ讀賣新聞的には違ったかもしれないけど、スケールレベルを「日本全体」にまで広げるとあんまり変わらなかった気がする。
どころか、讀賣巨人軍というか日本のプロ野球という面では、むしろマイナス影響も強かった。何しろナベツネが全面的に出てくるようになってから巨人の視聴率が下がったように見えるんだから。
実はナベツネとプロ野球の関係は浅い。いや浅くはないか。しかし関係した時間はそう長くないんです。
Wikipediaにもあるように、ナベツネが巨人軍に関わりだしたのはほぼ1990年代に入ってからで、それまでは正直「渡辺恒雄」なんて名前はまったく聞いたことがなかった。もちろんプロ野球絡みの話で出てくるわけがない。だからよく知りもしないで「江川事件の時のナベツネは~」なんて輩がいるけど、江川事件の頃のナベツネは一切野球と関わりがありません。
それが1990年代後半に入った頃に巨人のオーナーになり、それまでまったく野球に、巨人に興味のなかったナベツネは全面的に野球に関わりだした。
そしてオーナーに就任してからわずか8年後、しつこいですが「わずか」です。あの球界再編騒動が起こるわけです。
2004年のこの騒動にたいしてアタシは「何かおかしい」とずっと思っていた。いくらなんでも、こんな<わかりやすい>構図になるなんてあり得ないだろ、と。
というのもです。
リアルの悪役とフィクションの悪役は違います。当たり前ですが、何が違うと言っても存在感がまるで違う。
フィクションの悪役は常に陣頭指揮を取り、高笑いを繰り返す。これはヒーロー物の悪役も時代劇の悪役も同じで、この辺の話は「複眼単眼・時代劇」にたっぷり書いたので是非読んでください。
ではリアルっつーか現実社会の悪役はというと、実在するのかすらさだかではないレベルで、「フィクサー」なんて呼ばれ方で名前が知られていれば良い方で、つまりそれくらい「徹底的に表舞台には出てこず、常に裏で糸を引いている」んですよね。しかも割れないように何重にも網を張ってるので、少々調べたくらいではなかなかたどり着けない。
ではです。
2004年の球界再編騒動の時のナベツネで言えば、リアルの悪役かフィクションの悪役かで言えば完全にフィクションの悪役で、とにかく常に全面に出てきて憎まれ役に徹した。そして型通りの悪役のセリフまがいの「たかが選手が」なんて発言までした。
いやぁ、いくらなんでも、こんなわかりやすい、ヒーロー物とか時代劇に登場するような悪役とかある?と。あの如何にも不遜そうな態度といい物言いといい、ヒーロー物や時代劇どころかプロレスのヒールそのものじゃん、と。
渡辺恒雄と言えば讀賣新聞政治部のエースであり、超有能な記者でした。
「あの」児玉誉士夫とも懇意だったとも言われるナベツネはいわば「日本のウラ」を嫌というほど見てきた人であり、そんな人が何故か矢面に立って自らが非難を浴びるような発言を繰り返す。これを不自然と感じない方がおかしい。
奇しくも東映の岡田茂がこの騒動について「あいうのはコソッとやらないかん」と発言したらしいですが、白塗り時代劇の本家本元のトップからも「いったいあれは何なんだ」と思われていたというのは当時のナベツネが如何に「おかしな動き」だったかわかるはずです。
いったいナベツネの本当の目的は何だったのか。
しかしそれはわからない。というかこの場合、ナベツネ本人が何を言ったところで関係ない。後でどのようにも言えることだから。
ただし、もう完全に結果論ですが、あの騒動以降、プロ野球全体のプラスになり、損をしたのは讀賣巨人軍だけ、になった。とくに2005年から新生球団(東北楽天ゴールデンイーグルス)の誕生もあってパシフィックリーグはリーグ結成以来、初めての隆盛をきわめることになったわけです。
そして同時に讀賣巨人軍は「資金力こそ<やや>豊富なものの、他の11球団と変わらない」存在にまで落ちてしまった。
つまりナベツネのやったことは「自分&自分の会社が損をして日本の文化(=プロ野球)の発展に貢献した」ということになる。
正力松太郎はどんな博打を打とうが最終的に必ず元を取った。そしてけして表舞台に現れることを好まず、名前こそ知れ渡っていたもののその存在感は常に不気味でさえあった。
みうらじゅんは「ヤ◯ザでも不気味なものには負ける」とし、実際不気味に徹することでヤ◯ザを追っ払ったらしいですが、いわば正力松太郎には不気味さがあった、ナベツネにはなかった、ということになる。
ナベツネさん、ホント、アンタはいったい何がやりたかったんだ。
結果論とは言えプロ野球全体を盛り上げて、でも自分の会社が損をして、何より自分自身は世紀の悪人扱いされて、正力松太郎や児玉誉士夫のような不気味さもなく、たいして権力のゴリ押しも出来ず、小物でもないけど巨星ってほどでもない。
それでも有能や新聞記者でも権力者でもなく「職業・ナベツネ」として死んだのは立派だったと思う。巨星ではないけど、ある意味巨星より難しい存在感にまでなり仰せたんだから。