えと、似た話は数ヶ月前に書いたのですが(ココ)、もうちょっとね、怒気を含んだ形で書いてみたくなりまして。
アタシはね、何も「リアルな3Dゲーム」を否定してるわけじゃないし、「ファミコンのようなドット絵を礼賛」してるわけでもない。
やはり、時代に則したグラフィックがゲームには必要だと思う。どれだけ内容が面白くても「今の時代のゲームとは思えないグラフィック」では土俵に上がれないと思うのです。
漫画だってそうでしょ。やっぱ流行の<絵>はあるわけで、仮にメチャクチャ面白いハナシであっても1980年代から抜け出たような絵柄じゃあ、ね。
でもね、逆に言えば、グラフィックなんて「今の時代に出しても恥ずかしくない」程度であれば、もう十分というか、それ以上求めるのは間違ってると思うのですよ。
つかさ、何であれだけグラボが売れるか、んでPS5Proなんて10マンを超えるコンシューマゲーム機が発売されたか、それって如何に、そして「いまだに」グラフィックにたいして異様なこだわりを持つ人がどれだけ多いかの証拠でしょう。
アタシがゲーム、そしてマイコン(パソコン)に熱中していた1980年代、この頃のゲームの指針はあきらかに「グラフィック>>>ゲーム性」で、とにかくグラフィックさえ美しければゲーム性なんて二の次だった。極論を言えば「グラフィックの美しさ=ゲームの<すべて>」だったと言っても過言ではない。
これはしょうがない一面もあった。何しろ「コンピュータグラフィック」というもの自体が新しいものであり、時代の最先端に触れるという意味で「とにかくグラフィックに注力せざるを得ない」ということはありました。
それが時代が下るにつれ、そりゃあグラフィックも大事だけど、一番重要なのはゲーム性、つまり「ゲームとしての面白さ」っしょ、みたいになっていった。
ここまでは本当に、順当な<成熟>で、それこそ映画でも最初期はビジュアル重視から始まって、ビジュアルがモノクロ→カラーといった具合に進化していった先にあったのは「ビジュアルの美しさや迫力」ではなく「映画としての面白さ」になっていったのと同じです。
しかし、今、再び、またしてもビジュアル重視、つまり「グラフィックの美しさ」がゲームをはかる物差しの最重要項目になった気がする。
せっかく、<文化>として成熟しかかったのに、また振り出しに戻ってしまったじゃないか、というふうにしか思えなくて。
アタシは最近のゲームはほとんどやってない。だから「今のゲームはつまらん、エトセトラ」という権利はありません。しかし「ゲームそのもの」ではなく「ゲーム業界」という観点から言えば、間違いなくゲーム業界はつまんなくなった。
結局、業界はユーザーの趣向で決まるのです。ユーザーがゲーム性重視になれば業界もそのように動くし、ユーザーがグラフィック重視になれば業界として「とにかくグラフィック」になる。
別に老害扱いされるならそれはそれでいいけど、「それもうやった」とか「過去に通った道をまた辿るの?」みたいなことをやってさ、それを指摘すると「新しいことについていけない老害」ってそりゃ違うんじゃないの?こっちは「新しくない」って言ってるだけなんだよ。まったく新しくもないことを必死で「新しい」「今の時代の潮流」とかって、そんな業界が面白いとかあり得ないわ。
マジで、本当に新しいことをやって欲しいわ。
それこそココでも書いたようなAIを重視したやり方でもいいし、もっともっと奇想天外な、それでいて「まったく新しい面白さのゲーム」が生まれないと、マジで今後、ゲームは衰退する。
つかさ、ゲームだって所詮はエンターテイメントなんですよ。となると「面白いとはどういうことか」を突き詰めないエンターテイメントが発展するわけがないんですよ。メーカー単体ではなく業界自体がそうした議論を放棄して「グラフィックさえキレイならユーザーは満足する」ってなってんじゃないの?と。
先ほども書いたように、アタシは最近のゲームをやってない。だからもしさ、誰かがアタシに最近のゲームをプレゼンするとして、まず最初に「グラフィックの話」をするなら、ああもういい、となる。
実際、そういうスレ(まとめサイト)を読んでてもみんなグラフィックの話ばかりしてて、まったく心惹かれない。つかお前らいったい何周遅れだよ、としか思えない。何だかファミコン以前の、マイコン時代の話を聞いてるような気すらしてくる。
これって「時代の輪廻転生」なのかなぁ。そう考えればまた近い未来に「ゲーム性>>>グラフィック」になっていくんだろうけど、そんな楽観的なふうにはどうしても思えないんですよねぇ。