悪名は無名に勝る、のか?
FirstUPDATE2024.2.2
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えと、昨日のエントリでは話がとっ散らかるのであえてオミットしたことを中心に書こうかと。

いやね、アタシが「漫画の実写化」と聞いて、まずパッと浮かぶのは「またSNSで<叩き>が溢れかえるんだろうな」ということです。
もうキャストが発表した時点でほぼ荒れる。昨日「成功とは<内容的>にも<商売的>にも両方が上手くいった場合のみ」と書いたのですが、それで言うと、まだ番組が始まってない段階から、映画が公開されてないうちから、すでにネガティブな意見がSNSを席巻しているわけで。

またアタシは、漫画を実写化することについて「商売的な下駄が欲しいだけ」と書いたのですが、たしかにすでに人気を得ている漫画をベースにするわけですから多少の下駄にはなるかもしれない。
でもね、それもSNSにネガティブな意見が溢れかえっていることを考えたら相殺されるレベルなんじゃないかと。

というかね、今回の「セクシー田中さん」の件で日テレはネット民のせいにしようと躍起になってるけど、そもそもの話、今の時代、ネットを一切見ない層なんているの?と。それこそ後期高齢者はネットをしないって人はいるだろうけど、80を超えるウチの母親でさえネットは見ているわけですよ。
つまりね、ネットを見てる層とテレビを見てる層は被ってる。いやまだ「ネットは見てるけどテレビは見てない層」はいるんだけど、ネット民が悪いことにする=テレビを見ている層が悪いことにするとほぼ同意なんです。

とにかくそんな世の中なんですよ。みんながみんなSNSを使ってるとは言い難いけど、間違いなくみんながみんなインターネットを使っていると言い切っていいような世の中なんです。
そんな世の中で「まだ作られ始める前からネガティブ意見が大多数を占める」、逆に言えばあまりにも酷い内容、酷い視聴率、酷い興行成績の作品が量産されたせいで「実写化!?これは楽しみ」みたいなポストがほとんどない、そう考えるなら本当に「漫画が原作」というのは<下駄>になるのか?というね。

昔はそうじゃなかった。一般人が実写化にたいして不安に思っていたとしても、それを発信する場所がなかった。
でも今は違う。「不安に思う」なんてかわいいものじゃなくて、もっと直接的な罵倒や、何なら脅迫紛いのことまで平気でする輩がいる、そんな時代なんです。
つまりね、少なくとも大多数の漫画の原作ファンは「実写化なんて喜ばない」のですよ。もっと言うなら「アニメ化ならまだしも実写化だけは絶対に止めてくれ」くらいに思ってる、と考えて間違いない。

これはレトロゲームの話というか、某氏が書いた「ゲームの歴史」という書籍の炎上騒動の時も書いたことですが、レトロゲーマーってのは世間一般では「基本的に文句ばっかり言ってる」と見做される人たちです。
公平に見たら比較的良リメイクだな、なんてリメイク作品にまで、あそこが違う、ここが違う、と難癖をつけてくる連中というか。
もちろんこれはただイメージですが、イメージ通りの言動がSNSで見られないかというとそんなことはない。ちゃんと、世間のイメージ通りに難癖をつけて悦に入ってる輩が存在します。

しかしこれって別にレトロゲーマーに限った話じゃないんですよ。
総じて<マニア>というのはややこしい人たちで、何かっつっと、まず文句が先に出る。
アタシだってMSX(1980年代にあったパソコンの共通規格)復活構想にたいして「それじゃダメだ」と文句を言ったことがあるし、マニアなんてそんなもんなんです。
漫画だって本当の人気作になればマニアがワンサカ付いてるわけで、それこそ「人気漫画「◯◯」実写ドラマ化決定!主演はジャニーズの~」とかなったらその作品のマニアはキャスティングに文句を言うし、旧ジャニーズオタはそれに反発する。
つまり実写化なんて、ただ対立構造を作り出してるだけなんですよ。

ま、正直、テレビ局内部でも、一部のエラい人は「漫画を原作に使ってドラマにする」ことに疑問を持ち始めていたと思う。実はたいしてメリットがないんじゃないかと。
それでも「やめられないとまらない」のは、もう「面倒くさい」というひと言で片付けられるんじゃないかと思っています。
ついに脚本家と称する人から「原作者となんか会いたくもない」という発言が飛び出したようですが、これは「所詮原作者」だと思ってるからこそで、これがスポンサーだったり、主演俳優の所属事務所のエラい人だったりしたら「会いたくないから会わない」で済むわけがない。
だからと言って、ガッチリした内容のシノプシスを提示してスポンサー筋を納得させたり、主演者が演じる役を上手く扱えるだけの実力が脚本家にない。

要するにね、実は漫画を原作に使う最大のメリットは商売的な下駄を履かせるためではなく、脚本家の能力不足を補う下駄でしかないのです。
もしオリジナル脚本で視聴率が上がるなら、興行成績が上がるなら、こんなめでたいことはない。少額とはいえ原作料を払う必要もないし、作り始める前からSNSで批判の嵐に晒されることもありません。
テレビ局側、そして映画会社からすれば「オメーはオリジナルを書く能力がないから下駄履かせてやるよ」ってことなんだけど、たぶんプロデューサーもそこまで莫迦じゃないから、脚本家の顔を立てて「一応原作はあるけど、ただのベースとして考えてもらって、後は自由に創作してもらっていい」とか言われるんでしょうね。

これって「キャンディキャンディ騒動」とまったく一緒じゃないですか。
今さら名前は出さないけど、あれも漫画家の方は「原作はアイデアの<足し>に使っただけ」くらいの認識で、基本的にはすべての権利は自分が持つと勘違いした結果の暴走です。
しかもこれ、裁判では原作者の圧勝なわけで、正式に「原作者の書いたものが一次創作、漫画は二次創作」と認められた。
そこに行くと実写化なんて、議論の余地もないほど完全な二次創作なわけで、もし裁判沙汰になったら原作者に勝てるわけがない。

つかさぁ、この件もだし、松本の件もだけど、いくらなんでも「危ない橋」を渡りすぎなんじゃないの?と思う。
しかも「リスクを承知で危ない橋を渡ってる」ってことでもなくて、ちゃんと手順を踏んで、やるべきことをやっていれば問題にもならないのに、しょーもない見下しのせいでそれを怠ってね、ま、そんな面倒なこと出来るかって感じで話を進めて、後でドエライしっぺ返しが来たっていうふうにしか見えないんですよ。

にしてもさ、脚本家界隈ってそんな「危機的状況」なほどレベルが低下してるのか?漫画はちゃんとレベルが上がってるのに。これも邦画がつまらない原因の一端なのかもね。全部とは言わないけどさ。







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