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やぶにらの戦慄した事件大全
FirstUPDATE2022.7.3
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 どんどん行きます。

◇ ひかりごけ事件Wikipediaリンク
 どうしてもやめてほしいことがあります。
 ほれ、たまにあるでしょ、焼鳥屋とかの看板とかにやたらかわいい鳥の絵とか、焼き肉屋だったらかわいい牛の絵とか描いてあるっての。あれ、結構辛いのよ。
 今から食そうってもんなんだからさ、かわいさアピールされたら食う気が減退してしまうのです。

 「美味しんぼ」での山岡士郎のセリフで「人間は罪深き生き物なんだ」(うろ覚え)なんてのがありましたが、牛にしろ豚にしろ鶏にしろ、まあいや殺して食しているわけですからね。こんだけ全世界で毎日食ってるってことは膨大な数の牛豚鶏が殺されてることになる。
 さすがにこれらとカニバリズム(食人を好む一種の性癖)を一緒にしたらいけないと思うのですが、では人間を殺して食するのと人間以外の動物を殺して食するのと何が違うのか、答えるのは非常に難しい。

 さて、この「ひかりごけ事件」は太平洋戦争の最中、難破した船から生存した船長が同じく生き延びた若い船員を食したという事件です。
 しかし、殺人事件ではない、というのは重要です。
 真冬の北海道の、人家もない僻地に投げ出されたため食料が何もなく、ふたりとも餓死寸前、先に命を断たれた若い船員の肉を、空腹で錯乱状態になった船長がむさぼり食ったという話です。
 何しろこの事件が起こったのは戦争中であり、しかも軍人ではなかったものの軍に属する人間の犯行ということもあって、ほとんど報道されなかったらしい。
 それが今日知られることになったのは、武田泰淳が小説にしたためたからで、そのタイトルが「ひかりごけ」だったために現在では「ひかりごけ事件」と言われているわけで。


 小説「ひかりごけ」はあくまでこの事件をモチーフにしただけとは作者の弁ですが、船が難破しその船長が食人をした、までは同じなのに、複数の船員を食し、また殺人まで犯すという中途半端な改変が行われている。この小説のせいで事件が誤って記憶される場合が多いといいますが、まあそうでしょう。
 でも個人的には小説よりも実際の事件の方がはるかに惹かれる。それは一対一の中での究極の人間の心理状態があると思うからで、これが複数の食人になるとカニバリズムとの差が微細になってしまうような気がするんですよね。第一殺人を犯すと犯さないでは心理がぜんぜん違う。

 人間は極限状態に置かれるとどうなってしまうのか。
 当時、いや今もですが、ある意味殺人よりタブー視される食人という行為までいってしまうというね、この事件は残忍とは何か、罪とは何か、モラルとは何か、喜びとは何か、まで問いかけてくるような気がするわけで。


◇ 神奈川金属バット両親殺害事件Wikipediaリンク
 ま、ここまでいろいろと書いてきましたが、どれも<戦慄>が走るに相応しい凄惨な事件には違いないのですが、少なくともリアルタイムでは「怖い」という感情が湧いてこなくてね。

 唯一、子供の頃、本気で怖かった事件、と言えるのは「神奈川金属バット両親殺害事件(以下、金属バット殺人事件)」です。
 しかしこれとて、事件そのものが怖かったというよりは、それに付随する出来事が怖かったといった方が良いでしょう。
 「金属バット殺人事件」が起こったのは1980年11月。アタシが小学6年生の時です。
 ここからは身内の恥になることなので書きづらいのですが、この当時ウチの両親の夫婦仲は冷え切っており、とにかく喧嘩が絶えなかった。毎日毎日、アタシたち子供が寝静まった頃に父親が帰宅して、そこから怒鳴り合いが始まる。
 結局両親は翌年に離婚するのですが、この怒鳴り合いが嫌で嫌でしょうがなかった。ましてアタシは小学6年生という、いわば一番多感な時期です。子供だからどっちが悪いとかわからなかったけど、何でもいいから止めてくれ、と。

 ちょうどそんな頃の話です。
 子供は夜の9時に寝かされるのは決まってたんだけど、土曜日だけは夜更かしが認められていた。つっても11時とかまでだけど。
 アタシの土曜日の夜のお楽しみは、ひとつが「8時だョ!全員集合」、もうひとつが夜の10時からやっていた「ウィークエンダー」という番組だったんです。
 「ウィークエンダー」の魅力は、一にリポーターの喋りの面白さ、二にお色気、でした。
 アタシが見始めた頃はすでに横山やすしや泉ピン子は卒業していましたが、それでも桂朝丸(現・桂ざこば)、すどうかずみ、青空はるお、と言った達者な人がいたのが大きく、映像なし、ただフリップを使って事件を説明しているだけなのに、メチャクチャ面白かった。

 しかも、リポーターがまたね、実にどーでもいい情報を放り込んでくる。
 「この夫婦、この歳になってもまだ毎日ヤッてたってんだから、相当なスキモノ夫婦で・・・」とかね、事件とぜんぜん関係ない話を混ぜて笑いをとっていました。

 「ウィークエンダー」には途中、必ず一本「再現フィルム」のコーナーがありました。
 ま、金属バット殺人事件のではないけど、だいたいこんな感じでした。

 大抵はくだらない、コソ泥とか痴漢の話、もしくはオンナのハダカを出したいだけみたいなエロ話なのですが(どちらも完全にコメディ仕立てになっていた)、時たま異様に怖い、リアルな回もあった。
 引用した映像もですが、その中の一本に「金属バット殺人事件」の再現フィルムの回があったのです。
 何しろ子供の時に見たきりなので、当然細部は憶えていません。しかしわずか10分ほどのVTRで、被疑者が両親を殺害するに至る過程を過不足なく描いていた記憶があります。
 もちろんクライマックスは金属バットで両親を撲殺する場面なのですが、これが恐ろしいほどの迫力があった。真っ暗な部屋で、ひたすら金属バットを振り下ろす被疑者、最初はギャーッと叫んでいるものの、やがて息絶える両親。たしか血しぶきも飛んでたような気がする。

 おそらく生まれて初めて、テレビを見てて戦慄が走った瞬間でした。
 しかしこれは、当時のアタシの心境とのリンク抜きには語れません。
 先ほど書いた通り、当時両親の夫婦仲は最悪だった。毎晩怒鳴り合いをしていた。掛け布団を頭まで被った小学生のアタシは、泣きそうになるほどそれが嫌だった。
 嫌、という感情はだんだん憎悪に変わる。ふたりで怒鳴り合っているんだから、経緯関係なくどっちも悪い。どっちも許せない。そんな気持ちがどんどん強くなっていきました。
 一度だけ「うるさいわ!こんなもん毎日聞かされる子供の気持ちも考えろや!!」と叫びながら殴りにいこうかと思ったことがあった。
 けど、止めた。本当にそんなことをしたら余計に虚しくなる。考えただけで虚しいのに。

 アタシが「金属バット殺人事件」の再現フィルムを見たのは、そんなタイミングだったのです。
 もちろんアタシの場合は両親のクレジットカードを勝手に使い込んでないし、当然それが原因で叱責されたわけでもない。だいいち事件の被疑者は2浪中(20歳)で、アタシは小学6年生。つまり12歳。年齢がまったく違う。
 だから経緯も年齢も似たところはないんだけど、両親にたいしてもう我慢出来ない、という気持ちだけは果てしなく近かった。
 アタシが必要以上に「ウィークエンダー」の再現フィルムを生々しく感じたのは、そんな心理的事情があったからなのは間違いない。もし当時あんな心境でなければ「うわっ、えげつないなァ」くらいで終わっていたかもしれないな、と。

 それにしても何で「金属バット」ってアイテムを使ったんだろ。もしかしたら「殺したい」というよりは「制裁を加えたい」とか「暴れ回ってストレスを発散したい」って気持ちの方が強かったんじゃないかとも思う。もし「殺したい」なら、普通は刃物を用意するよね。
 その金属バットってのも、おそらく被疑者が子供の頃に両親から買い与えられたものだったんだろうな。おそらくその買い与えてもらった瞬間はこれ以上はない平和な光景だったんだろうな。

 それが被疑者の脳裏に浮かんだんだろうか。浮かんでいれば、仮に泥酔していたとしても、思い留まるような気がするのですがね。


◇ ロボトミー殺人事件Wikipediaリンク
 一時期、よく「うつ病」について書いていたことがあります。
 これは知り合いにうつ病の人が複数いたためで、特にひとりは身内関係だったのでいろいろ調べないわけにはいかなかったのです。

 調べてわかったのは、いわゆる特効薬のようなものは存在しない、ということです。もちろんいろいろ研究が進んで症状が改善する薬も開発されていますが、特効薬というほどのものはまだ存在しない。
 ふと気になって、外科的な処置はないのかと思ったのですが、どういう調べ方をしていいかわからず、そのまま放置していました。
 そんな頃に読んだ書物の中に安藤健二著「封印作品の謎」というルポライトがあった。
 この本の中で「ブラックジャック」に関する章がある。「ブラックジャック」とは、もちろんあの手塚治虫の名著であり、その中の一本、どうしても封印を解けない作品がある、と。
 どうしても封印を解けない一話、それはロボトミーという脳外科手術を扱った回でして、ロボトミーとは脳の、前頭葉の一部を切除してしまう、という、今考えると何とも荒っぽい手術なのですが、つまり「ブラックジャック」のある回はロボトミーの描写に問題があったわけでして。


 この手術を施すことによってうつ病が改善する可能性がある、というわけですが、まあだいたいわかると思いますが、脳の一部を切除する、というのは非常に危険を伴うわけでして、危険といっても失敗して死亡、ということではなく、人間としての思考が困難になってしまうのです。
 有名な例ではジョン・F・ケネディの妹がロボトミー手術を受け知的障害になったといわれています。

 日本でロボトミーといえば、このロボトミー殺人事件でしょう。
 これはスポーツライターとして活躍していた男性が妹夫婦の家で暴れたことをきっかけに「無理矢理」ロボトミー手術を受けさせられ、その後、手術を施した医師の家族を殺害した事件です(医師は帰宅しておらず無事)。
 スポーツライターはロボトミーの術後、感受性が極端に落ち、スポーツライターを続けることが困難になったらしい。そのことを恨んで(逆恨みとは言いづらい)医師の家族を殺害したわけです。
 そもそもロボトミー手術を受けた患者は、感受性ややる気の低下と引き替えに非常に穏和になるといわれており、穏和になるどころか殺人事件までいってしまったことにこの事件の特異性があります。

 うつ病の話に戻ります。
 うつ病の人にとって一番困難なのは感情のコントロールが困難になることで、悪い思考のスパイラルから抜け出せなくなってしまいます。ですから当然、うつ病患者の願いは、心穏やかに生きたい、となるわけですからロボトミーに興味を示す人も少なくないでしょう。
 しかしロボトミー殺人事件は、現在日本で禁止になっているロボトミー手術への抑止力になるはずです。仮に脳の一部を切除したところで、もっと極端な悪い結果になる可能性すらある、というね。


◇ 下山事件Wikipediaリンク
 最後に紹介、いや紹介じゃないけどオーラスとして下山事件のことを書きたい。
 しかし、ホンネを言えば、事件そのものっていうかね、それはわりとどうでもいいんですよ。というか戦後相次いで起こった国鉄三大ミステリー事件自体、あまり興味がない。

 下山事件は完全なる未解決事件です。そのせいで多くの好事家の興味を掻き立て、様々な推理が世に溢れる結果になった。
 リアルタイムでは松本清張などの作家が推理合戦を繰り広げ、そして近年っつーか21世紀になってでさえ、下山事件の真相に迫る書籍が発刊されているほどです。
 たしかに、1949年7月5日、当時国鉄の総裁だった下山定則は忽然と姿を消した。そして翌日未明、遺体で発見されたわけです。

(前略)下山総裁の死は、当初から様々な憶測を呼んだ。人員整理を苦にした自殺だったのか。それとも他殺だったのか。もし他殺だとするならば、人員整理に反対する労組左派による暗殺なのか。もしくは日米反動勢力(GHQ→右翼組織)による破壊工作だったのか。後にこれらの憶測は世論のみならず、警察内部までも二分する(捜査一課は自殺説。捜査二課は他殺説)一大論争にまで発展した。
(柴田哲孝著「完全版下山事件・最後の証言」)


 下山事件にたいしてもっとも関心が高いのは「自殺なのか他殺なのか、もし他殺であるとするなら犯人は誰か」ということだと思うんですが、そこにかんしては、冒頭でも書いた通り、かなりどうでもいい。
 アタシがこの事件に惹き寄せられたのは

占領下であり、それでいてかすかに戦前の匂いも残っている、日本がもっともカオスだった時代に起こった、日本の首都である東京を駆け回るような事件だから

 なんです。
 つまり時代背景と事件の舞台にたいして、強烈に惹きつけられた。ということで、とにかくこれを見て欲しい。

 ↑は「完全版下山事件・最後の証言」からの引用です。ご覧の通り、失踪当日の下山総裁の足どりを記した図ですが、とにかくこれを見てるだけで無限の思いを馳せることが出来るのです。
 1949年、東京駅を中心とした一帯を、下山総裁を乗せたビュイック41年型が走り回っている。アタシからすれば、もうこれだけでゾクゾクしてしまうわけで。


 こんなこと言っちゃアレだけど、下山総裁が失踪して以降は、ハレとケで言えば、まァ<ハレ>になっちゃうのですよ。
 でもアタシは<ケ>、つまり何もない日常に魅力を感じてしまうタチで、つまりアタシにとっては下山総裁が失踪するまでが本番なんです。
 個人的に一番好きな映像は「續・エノケンの千万長者」のオープニングで、何が良いといっても、ただただ、有楽町周辺を走り回ってるだけなのです。

 ただし、時代は1936年。となるとそれだけで面白い。面白すぎる。何故ならここのシーンは「前篇のあらすじをナレーションベースで語っている音声に、音声とはまったく無関係の、完全に<ケ>でしかない風景の映像がくっついているだけ」だからです。

 もうひとつ、こっちは写真集になるんだけど、2014年に刊行された「張り込み日記」も<ケ>要素の強さが本当に素晴らしい。

 これも一応「事件」絡みなのですが、ざっくり説明すれば、1958年に起こった「茨城県下バラバラ殺人事件」の捜査の様子を渡部雄吉が撮った写真で構成されており、もちろん実際に起こった事件なのでホンモノの捜査本部の様子が、おそらく偽りのない状態でフィルムに収められている。
 捜査本部の刑事は、事件解決のため聞き込み、そして張り込みを開始するのですが、もちろんこれらの様子も写真集に収められているんだけど、これが感動的なまでにすごい。
 何故なら聞き込みの様子が<ケ>そのものなんです。

 むろん刑事が聞き込みにきてる状況だから、完璧に<ケ>かといえば、違うかもしれない。あと当然カメラマンも同行してるわけだし。
 しかし絶対にこれは<ハレ>ではない。少なくとも刑事が来る直前までは<ケ>以外の何物でもなかったはずで、もしかしたら「心の準備」がない分、他所の家からカメラを借りてきて、日常を撮影しよう、としたスナップ写真よりも<ケ>に近いかもしれないわけで。


 ま、ここらでお開きにしようと思うのですが、こうやって書いてきて改めて気づいたことは、結局アタシは<似非>事件マニアでさえなかった、ということです。
 事件そのものはただの<きっかけ>に過ぎず、本当に興味があるのは「その事件が起こったのはどんな時代か、どこの街で起こったことなのか」という<空気感>なんですね。

 ↑はPage1で書いた三菱銀行人質事件の犯人、梅川昭美だけど、今見るとこのファッションは何なんだ、と思うし、梅川の「人となり」なんかより、いったいどういう発想で「このファッションで」立て籠もりをやろうと思ったかの方が気になる。つか「梅川のファッション」さえも時代のアイテムとして見えてくる、そしてそれが<空気感>を掴む一環になるのが面白いのです。

 しかしなぁ、梅川は「ソドムの市」(1975年、イタリア・フランス合作)に感化されて事件を起こした、なんて言われてるけど、劇中とファッション的な共通点はないし、マジでどこから来たんだ。

当然のように「過去に書いたことの焼き直し」なのですが、最後の下山事件にかんしてだけは書き下ろしました。とは言え、これも「張り込み日記」の箇所は昔やってた仕事用ブログから流用しているのですがね。
アタシは2012年から2018年の間「読み解かないシリーズ」という事件関係のエントリを、全部で19回書いています。
その中から抜粋したのですが、つまりまだ、焼き直してないものがだいぶある。あるんだけど、使えそうなのがもうないのよ。だからたぶんパート2はやらないかな。ま、何か思い付いたらやるかもしれませんが。




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