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やぶにらの戦慄した事件大全
FirstUPDATE2022.7.3
@Classic #やぶにら大全 @戦前 #戦後 #1970年代 #1980年代 #事件 全2ページ 阿部定事件 帝銀事件 三菱銀行人質事件 グリコ森永事件 かい人21面相 関西弁 ひかりごけ事件 神奈川金属バット両親殺害 ウィークエンダー ロボトミー事件 ブラックジャック 封印作品の謎 安藤健二 うつ病 下山事件 @エノケンの千萬長者 張り込み日記 ハレとケ 梅川昭美

 アタシは事件マニアです。いやこの言い方は正確ではない。アタシは事件マニアじゃない。<似非>事件マニアです。ってレベル落としてんじゃん、てな話ですが、そりゃそうですよ。アタシなんてとてもとても、事件マニアなんて言えない。

 ただね、マニアじゃなきゃ何も喋るなってわけではないんだし、インターネットなんてそんなもんっしょ、と開き直ってみたいと。
 というか「やぶにら大全」の本来の趣旨はソコ、つまり、まったく専門的知識がないものについて、あくまでアタシの主観で書いていくところだからね。
 もちろん、事件マニアではない人間が書くわけですから、ストレートに事件について私見を述べても、そんなの中途半端にしかならないですよ。それはわかっています。
 マニアからしたら「フンッ!何を基本的なことを」ってなるのはわかってるし、まったく知らない人からすれば、それはそれでメチャクチャ専門的なことを書いてるように思われる。つまりどっちの視点でもお話しにならないのです。
 だから、まァ、事件そのものについてはなるべく触れない。「戦慄した事件大全」なのに事件に触れないって狂ってると思われてもしかたがないんだけど、それよりもね、どれだけはみ出たところで勝負出来るか、みたいな感覚で書いていきます。

 てなわけで、さあゲームの始まりです。アタシを止めてみたまえ。(←この事件はやらない)


◇ 阿部定事件Wikipediaリンク
 阿部定の名前は小学校低学年の頃から知っていました。
 というか、リアルタイムで起こった事件ではない初めて知った猟奇事件だったように思う。つまり<似非>事件マニアとして語るとなると、この事件から始めないわけにはいかないわけで。

 この頃、よくしてもらっていた叔父から「昔チ○チンをちょんぎった女がいた」と聞かされたのがきっかけですが、もちろん当時は「ペニスの切除」の意味など知る由もなかったけど、何となく「ただごとではない」というのはニュアンスでわかった。
 ただし、阿部定のことを<強く>認識したのは叔父の話があったせいだけではありません。

 アタシが小学生の頃だから1970年代後半かな、水曜スペシャル他の枠で、昭和の猟奇事件特集みたいなのがよく放送していたんですが、その手の番組のクライマックスはお決まりのように、阿部定のインタビューが流されていたのです。
 「ついに我々は阿部定との接触に成功した!」とか何とか、大仰なナレーションの後にインタビューに答える阿部定が映し出される。
 はじめのうちは純粋に「へえ、すげえな」と思って見ていたのですが、何しろ半年に一回くらいこの手の特番があり、毎度毎度同じ映像が出てくるんだから、さすがにおかしいと気付く。
 とにかく、何だか妙に古ぼけた映像で、しかも映像に映り込んだ車がやけに古い。少なくともここ数年のうちに収録されたものではないとわかってきます。

 あれは2010年だったか、になってとんでもない映画に出くわした。タイトルは「明治大正昭和 猟奇女犯罪史」。名匠、という形容があまり似つかわしくない、鬼才・石井輝男が監督した1969年の作品です。
 この映画の中に阿部定のインタビューが入っているのですが、これがアタシが幼少の頃さんざん見た、阿部定のインタビューまんまなのです。

 つまり当時の特番は「猟奇女犯罪史」の一部のシーンを抜き出して、あたかも番組のスタッフがインタビューに成功した、みたいな体にしていたわけですな。
 ま、今より「やらせ」とかうるさくない時代だったとはいえ、いくらなんでも酷い話です。
 いくら記憶をまさぐっても、「これは石井ナニガシの映画の一シーンです」的なテロップもナレーションもなかったし。もしかしたら番組終わりのテロップで出していたのかね。

 それにしてもです。たかだか10年ちょっと前に公開した映画の一シーンを抜き出しておいて、我々は阿部定との接触にも何もないだろ。
 というかちゃんと石井輝男に許可を得ていたのかね。


◇ 帝銀事件Wikipediaリンク
 これも「阿部定事件」同様、子供の頃からこの事件の話を聞かされていたこともありまして、ずっと気にはなっていたんです。

 今では信じられないことですが、平沢貞通が獄中死した1987年、追悼というわけでもないのでしょうが、たしか死去の翌日か翌々日にテレビの深夜劇場の枠で映画「帝銀事件 死刑囚」が放送された。監督は熊井啓。熊井啓はこの後下山事件の映画化にも取り組んでいますが、これがデビュー作です。

 主演は信欣三。正直あまり知らない俳優で、その後脇役で出ているのを見たことがありますが、テレビでこの映画が放送された当時アタシは見たことがなく、知らないからこそ逆にリアリティがあった。
 というか全体的にブキミな空気が横溢しており、非常に怖かった。この映画はあくまで平沢貞通冤罪という立場で作られたものだけど、劇中に出てきた毒薬の入ったビーカーのせいで、一時期瓶入りのドリンクが飲めなくなったりしたくらいです。
 こういうセミドキュメンタリーの場合、有名な俳優がやると逆に物語に入り込めないのですね。帝銀事件もテレビドラマ版(これも平沢貞通が獄中死してすぐに再放送された)で田中邦衛が出ていたりしてたけど、これはあきらかにマイナス要因でしたね。

 って軽く調べたらこのドラマ、監督が森崎東だったのか。再見してないのでアレだけど、そういやどことなく森崎東版「野良犬」のテイストがあったような。いや無理矢理か。

 それはともかく熊井啓の「帝銀事件 死刑囚」はその後、スカパーかなんかで放送したものを録画した。つまり映像を持ってはいるんです。
 持ってはいるんだけど、こちらも再見してない。いや持ってんなら見ろよって話ですが、いろんな意味で見れないのよ。
 意外と怖くなかったってんなら、それはそれでいいんだけど、何かね、自分の中で「幻の名作」ってポジションに留めておきたいって心理が働いてさ。それほどショッキングだったから。

 まァね、2028年になったら見ようかね。事件から80年ってことで。


◇ 三菱銀行人質事件Wikipediaリンク
 ここまでふたつの猟奇事件のことを書いてきましたが、どちらもアタシが生まれる前の事件です。
 ではリアルタイムで初めて戦慄を覚えた事件は何だろう、と考えた時、やはり三菱銀行北畠支店での立てこもり事件は忘れることができないのです。

 さくっと三菱銀行北畠支店と書きましたが、これは後年の知識ではなく当時から脳裏に刻みこまれたもので、三菱銀行といえば北畠支店、というように完全にセットになってインプットされているのです。
 あ、ちなみに事件現場となった三菱銀行北畠支店は現在も三菱UFJ銀行北畠支店として現存しています。

 犯人の名前は梅川昭美。これまた強烈に刷り込まれた名前で、一部の人には「江川梅川」とセットで覚えておられるのではないでしょうか。江川ってのはもちろん、同じ年に世間の話題を席巻した江川問題の江川卓なのですが(ってちゃんと元讀賣巨人軍のって書けよw)、さすがに梅川とセットなのはかわいそうですな。


 立てこもり事件の実況中継といえば、アタシより数年年長の方からすれば連合赤軍によるあさま山荘立てこもりになるんだろうけど、さすがにあさま山荘は憶えていない。でも三菱銀行人質事件の頃はもう小学生でしたからね。テレビにかじりついて見てたのをはっきり憶えている。
 何なんだろうね、あの緊張感。この事件以後大きな立てこもりがない、というのもあるとは思うけど、それだけじゃないというか。
 いったい中で何が行われているんだろうと。すでに死者も出ているわけですからね。とはいえ小学生だからエロい想像とかはしないけど、もし自分が人質だったらどれだけ怖いだろう、と。

 人質になるなんて嫌に決まっているわけです。でも想像を膨らませるというのは、どこかで人質願望とまではいかないけど、ああいう極限状態への憧憬みたいなものがあったんでしょうね、その頃から。


◇ グリコ森永事件Wikipediaリンク
 アタシがリアルタイムで体験した事件の中で「グリコ森永事件」ほど面白い事件はなかった。ありえないくらい面白かった。

 でもそんなことはすっかり忘れていたわけですが、一橋文哉著「闇に消えた怪人 グリコ・森永事件」を読んで、いろいろと記憶が喚起されたわけです。

 「闇に消えた怪人」は一橋文哉らしいハッタリの効いた文章で、内容も虚実混交というかね。
 いやアタシは一橋文哉の著作は好きなんですよ。というかハナから<ノンフィクション>として読んでいない。ま、ノンフィクションを題材にしたフィクションくらいの感覚で読むとちょうどいい。
 アタシが<似非>事件マニアなら一橋文哉とか、スポーツライターの近藤唯之あたりは<似非>ノンフィクション作家です。でもいいんですよ。アタシはノンフィクションに真実性なんか求めてないし、単純に読み物として面白いか面白くないかだけだから。

 この事件を面白くしたのは、やはり<かい人21面相>の書くマスコミ宛の文章でしょう。
 とにかく恐ろしいほどエスプリが効いてる。しかも全文関西弁。
 というかね、関西人は話し言葉は関西弁でも、LINEのやりとりのようなごく短文を除いて、それなりの長さの文章を関西弁で書くことはまずないわけです。理由は簡単で、関西人であっても文章が関西弁だと非常に読みづらく、また書きづらくもあるから。(ココにオール関西弁のエントリがいくつか置いてますが、これは会話形式だからまだ出来るけど、純粋な文章として関西弁を書くのは本当に難しいのです)
 それをあえて関西弁で貫き通し、簡潔でユーモア溢れる文章にするのはただ事ではない。

 「闇に消えた怪人」はノンフィクションとしては怪しいんだけど、それでも全部がデタラメかというと、さすがにそこまではいかない。当たり前だけど。
 とにかく書籍内に<かい人21面相>によるマスコミ宛の文面はほぼ全文掲載されているのですが、よく読むと、「おかしな関西弁」も散見される。これはたしかに「関西弁に精通しているけど、書いてる本人は関西人ではないな」と思わされます。身近に(はっきりいえば犯人グループの中に)関西人がいて、その関西人が監修する形で、センスのいい他地方出身者が実際にしたためたって感じですか。

 当時「犯人グループ(かい人21面相)の中にコピーライターがいる」といわれたそうですが、本当にコピーライターを生業にしていたかどうかはともかく、かなり高度なテクニックの持ち主がいたことは疑いようがない。何しろ事件が起きたのがバブル期ですから、普通にコピーライターとして活動するだけで、そこそこの収入が得られたんじゃねーの?と思わされます。
 企業宛の脅迫状はユーモアが抑えられており、生々しくドギツイ文面ですが、これさえもブラックユーモアにすら感じる。「ころしたる」とか、直接的なんだけど、それでも微妙なユーモアを感じるのはアタシだけでしょうか。
 とは書いてきたけど、具体的な例がないとよくわからないと思うので、まずは犯人である<かい人21面相>が週刊読売宛に書いた手記を。ただし途中からですが。というのもこれ、かなり長い。おそらく一番長いはずで、よくもまあ、当時の日本語タイプライターの性能でこれだけ書いたもんだと感心します。

(前略)

わしら あほばかりや

けいさつが もっと あほなだけや

1ばん あほなのは 森永や

森 永 あと半とし せんうちに つぶれるで

あほな 社長 もつと 社員も たいへんやな

わしらも 同じょう するで


(中略)

わしらも そかいさきで はらへって かなわんかった

はらへると みぢめな もんやで

月光仮面の 川内はん ちょっと わしらを あもうみすぎやで


(中略)

殺す 殺さんは わしらの かってや

正義の みかたは 月光仮面

わしらは 悪のナンバー1や

人情に よわいのが わしらの けってんや


(後略)



 もうひとつは「新春けいさつかるた」を紹介したい。もちろん作者は「かい人21面相の一味」です。

 あほあほと ゆわれてためいき おまわりさん

 いいわけは まかしといてと 1課長

 うろうろと 1日まわって なにもなし

 ええてんき きょうはひるねや ローラーで

 おそろしい かい人のゆめ みとおない


 からすにも あほうあほうと ばかにされ

 キーキーと ヒステリおこす 本部長

 くいもんも のどをとおらん Xデー

 けいかんは せいぎのみかたよ よいひとよ

 こらこらと ゆうてひやあせ 民しゅ警さつ


 さんたさん プレゼントには かい人を

 しらがふえ しわはふえても つかまらん

 すきなんや わしらけいさつ すきなんや

 せこいやつ ひきょうなやつと やつあたり

 そとまわり しみんのめつきが きにかかる


 たのしいかい かい人あいての おにごっこ

 ちにうえて こしのけいぼう よなきする

 つくづくと ちょう戦状みて はらがたつ

 てがみかく 21面相 ええ男

 となりぐみ あってくれたら ありがたい


 なにくわぬ 顔でいらいら 金沢くん

 にんげんか おにかあくまか 21面相

 ぬけポリス しりぬけかごぬけ あたまぬけ

 ねてはゆめ おきてはうつつの ノイローゼ

 のんきもの はよつかまえんかいと どなられる


 はらがたつ だれかてきとおに たいほせえ

 ひがい者の 市民がよろこぶ ちょう戦状

 ふるえるな わしらはけいかん つよいんや

 ヘルメット それゆけつっこめ 機動隊

 ほんまはな 警察がっこうに かえりたい



 玉石混交、と言ってしまえばそれまでですが、これは若い人の作ったものではないな、くらいはわかります。
 まァ、アタシが犯人像を推理出来るわけはないのですが、かなりの年配の人間が一味にいたとは思う。
 「疎開で腹が減った」というのはブラフの可能性もあるのですが、スッと紺屋高尾の一節(寝ては夢、起きてはうつつ幻の~)が出てくるというのは、事件当時、最低でも一味のひとりは50を超えていたのではないかと思わされます。
 さらに、どの脅迫文も、警察民間企業問わず、上層部への嫌悪感が突き抜けているのも、ま、詳しくは書かないけど、ナントカ崩れっぽい。
 とにかく徹頭徹尾<おちょくる>(関西弁で「嘲笑う」という意)姿勢を徹底させているのですが、<おちょくる>というのはユーモアセンスがないと無理なんですよ。ユーモアセンスなしにやるとただ馬鹿にしただけみたいな文章になってしまう。
 そしてより<おちょく>りを強調するが如く、つかそのため<だけ>に関西弁を使ってるような気さえするのはすげえわ。

 何度も何度も書いてますが、本来関西弁ってのは一切ドスが効いてない方言なんですよ。はっきりいえば最も恐くない方言だといってもいい。どこか<のどか>で、他人事で、罵倒するには一番向いてない方言。
 それが何か知らないけど「関西弁=恐い」というイメージになってしまった。
 関西弁はある意味凄く恐いですよ。でもそれはユーモアの裏にある恐さであって、よくよく考えるとって類の恐さです。少なくとも言葉の迫力というような、ストレートな恐さではない。

 ホントにね、本当の関西弁を関西以外の人にわかってもらうには、もしかしたら<かい人21面相>の名文が最高のテキストかもしれない。さっきも書いたように所々方言としておかしな部分はある。でもこれだけ間合いといい、言葉のチョイスといい、当時のタイプライターの性能のせいとはいえ平仮名がやたら多い文面といい(平仮名と関西弁の相性の良さを意識していたとなるとそれだけで驚愕)、ここまで関西弁の勘所をついた文章はそうお目にかかれないと思うわけです。


 ここらへんでPage2へ続く。