1980年代後半から1990年代前半にかけて、一世を風靡したものにトレンディドラマなんてものがありました。
今では「トレンディドラマの原典」とさえ言われる「男女7人夏物語」を精査して書いた「複眼単眼・男女7人夏物語」にてトレンディドラマの<興り>についても触れています。
「複眼単眼・男女7人夏物語」てなエントリの中で、アタシは原典は「想い出づくり。」や「25才たち・危うい予感」だと書いたし、さらに原典は「女はそれを我慢できない」などの1950年代に作られたロマンチックラブストーリーだとも書いた。
しかし、もうひとつ、これも原典のひとつではないか、と思われるものがあります。
1980年代初頭から若い女性の間で「ハーレクインロマンス」なんてものが流行ったことがありました。
ハーレクインはカナダの出版社で、若い女性の恋愛に特化した小説を出版する会社でしたが、1979年に日本でも翻訳の出版を始めた。それが火がついたのが1980年代だったと。
このブームは凄まじく、あまり小説を読まないというか小説なんかに一切興味のない女性まで食いついたのだから、当然「後々、大きな影響を与える」ことになるわけで。
トレンディ<ドラマ>って言っちゃうと「テレビドラマ」に限定されてしまいますが、ハーレクインロマンスブームとほぼ同時に少年漫画雑誌で空前の「ラブコメブーム」が起きている。
ラブコメの原典は少女漫画だと言われていますが、少年漫画雑誌に限ればあきらかに「翔んだカップル」が原典で、あだち充や高橋留美子の出現で確固たるジャンルを確立したと。
そしてさらに、音楽からも似たような流れが起きており、とくに松任谷由実や山下達郎あたりが「日常性の薄い、イベント性の高い」ラブソングを量産したことで、これまたムーブメントになった。
アタシはね、1980年代は「恋愛の価値観が大きく変化した」きわめて重要な時代だったと思うんですよ。
1970年代までの恋愛を手段にしたフィクションは、どこか暗く、そして重かった。
そうした暗さや重さが頂点に達したのは上村一夫による「同棲時代」やかぐや姫の「神田川」でしょうが、これは「恋愛=どこか後ろめたいもの」という前時代の考えが出たものと言っていい。ま、作者は前時代の人だから当然かもしれないけど。
ところが1980年代になって恋愛は「明るく楽しいもの」に変化した。もちろん1970年代後半から徐々にそうした兆候は見られたのですが、本当に、同時多発的に「恋愛は明るく楽しいものだ」と謳ったフィクションが1980年代になって一気に登場したのです。
整理しておけば
・「想い出づくり。」、「25才たち・危うい予感」などのテレビドラマ
・ハーレクインロマンス
・少年漫画雑誌でのラブコメ
・日常性の薄い、イベント性の高いラブソング
ま、ハーレクインは必ずしも「明るく楽しい」わけではないけど、文化として考えれば恋愛フィクションの「軽チャー」化に大きく貢献したので含めました。
そしてその潮流から生まれたのがトレンディドラマなのは言うまでもない。
アタシはどれが嚆矢ってわけでもないと思う。たまたま重なっただけというか。
ま、正確にはトレンディドラマとは「明るく楽しい恋愛」と、後にバブルと呼ばれる「空前の(=異様な)好景気というカネ余り現象」との掛け合わせだと。
1980年代、つまり「明るく楽しい恋愛」が主流になったのは、アタシで言えば中学生から大学生にあたる時期です。
もっとも多感な時期とも言える年代がこんな時代だった、ということは、その影響をね、受けてないわけがないのですよ。
まだ恋愛経験がゼロであっても、とくに中学生とか高校生の頃には男女問わず、誰しも「妄想恋愛」みたいなことをすると思うのですが、妄想にも限界があるから、何らかの下駄は必要です。フィクションという下駄がなければ妄想もままならないっつーか。
しかしこの下駄ってのはね、モロ時代を反映したものなんですよ。つまり、アタシで言えば恋愛妄想は常に「明るく楽しい」ものだったわけで。
これはオッサンになろうが変わることはない。頻度が減っただけで相変わらず妄想はしまくってた。今でさえ「「男女7人夏物語」のような恋愛がしたかった」みたいな、上手くいえないけど名残惜しさとでも言うのかね、がある。
さすがにBGMはシャカタクにしろ、とは思わないけど、痴話喧嘩の果てに恋仲になる、なんてのは今でもちょっと憧れている。そーゆー恋愛とかしたことないし。
漫画でいえば「タッチ」とかね。アタシには女性どころか男でさえ幼馴染なんていないけどさ。それでも一回くらい「<やぶにら>は、◯山△子を、愛しています。世界中の誰よりも。」とか言ってみたかったよ。マジで。いや1980年代的に書けば、本気(マジ)で、か。
アタシが大学生の頃、というとまだ「トレンディドラマ前夜」、つまり潮流が結実してない頃、と言えるのかもしれないけど、ちょうどこの頃、「ハートカクテル」なんて漫画が流行ってました。
作者はわたせせいぞう。後に朝ドラ「花子とアン」のモデルとなった村岡花子の文を活かした絵本を描いて話題になったようだけど、ま、「花子とアン」は見てなかったのでね。
しかし「ハートカクテル」は凄かった。まあ当時の言葉でいえばトレンディな若者の恋愛話、なんですが、こんな奴らホントにいるのかよ、みたいな現実感のなさで、でも、だからこそウケたという、ね。
作者のわたせせいぞう自身、ハートカクテル的世界にはぜんぜん縁がなく、まったくの想像で描いていたようですが、アタシもね、こんな奴いねーよ、と半分馬鹿にしながらも、「こーゆーオシャレな恋愛がしてみたい」という憧憬も、なかったといえば嘘になります。
というのも、いろいろ巧みでね、作劇として。
「ハートカクテル」はその人気ぶりにアニメにもなりましたが、当時民営化されたばかりのJTがスポンサーで、たしか「たばこ一本のストーリー」みたいな副題がついていた。つまりたばこ一本を吸い終わる程度の尺だったという。ま、原作をそのままアニメしたらそんなもんなんですが。
原作もアニメも、まあいや「ひと口話」なんですな。大抵ひと口話といえばユーモアなんだけど、これはラブストーリー。そこが新しかったわけで。
さて、ひと口話のラブストーリーテラー、といって思い浮かぶ人がもうひとりいます。
まあもったいぶるまでもなくドリカム、というか吉田美和なんですけどね。
デビュー前の吉田美和が公然と「ユーミン(のよう)になる!」と口にしていたのは有名ですが、同じ北海道出身の中島みゆきではなく松任谷由実ってのが面白い。
しかしドリカムの初期の楽曲は松任谷由実ともまた違っていて、やはりそこは出身地の差なのか、妙に土着的なところがある。あるんだけど、どこか空気感はひんやりとしていて時代ともマッチしていました。
個人的にドリカムと言えば、2枚目のアルバム「LOVE GOES ON…」にとどめを刺す。こんなハズレなしの名曲だらけのアルバムもちょっと珍しく、とくに表題曲の「LOVE GOES ON…」の表現力には舌を巻きます。
まァね、「笑顔の行方」くらいからちょっと変な方向に行っちゃって、以降はあんまりっつーかどうでもよくなってしまったんだけど。
話を戻します。
初期のドリカムには「ひと口ラブストーリー」といえる歌詞の楽曲が結構ある。「うれしはずかし朝帰り」とか「Ring!Ring!Ring!」、あと「KUWABARA KUWABARA」なんか完全にそうでしょ。
とくに「Ring!Ring!Ring!」は出来自体も完璧といっていいくらい、上手い。
しかも妙に今っぽいというか、藤子不二雄Aの「明日は日曜日そしてまた明後日も……」じゃないけど、今のツンデレを予言してたと言えないこともない歌詞で、吉田美和がある種の天才だったことは否定しようがない。
つか吉田美和の才能は、作詞、というより、ひと口ラブストーリーテラー、もうちょっとマシな言い方をするなら「短編恋愛フィクション作家」にあったと思うんです。
吉田美和はさっき書いたように、北海道の田舎出身なんで、それこそ「Ring!Ring!Ring!」のような洒落た恋愛をしてきたとは思わない。その辺は九州で育ったわたせせいぞうに近い。
つまりね、わたせせいぞうも、吉田美和も、単に「ほぼ同時代の、洒落た作風のひと口ラブストーリーテラー」だったというだけでなく、資質そのものもものすごく似てるんじゃないかと。
「ハートカクテル」にしろドリカムの歌詞にしろ、モノホンの都会っ子からすれば、所詮「カッペが考えた垢抜けない」世界かもしれない。
でもそんなの、モノホンの都会っ子なんて本当に一握りだけですからね。それこそ大半の若者は、海辺のオシャレなカフェなんかいったこともないようなカッペだし、もっと言うなら「海辺のオシャレなカフェ」って発想自体がカッペの「目一杯のオシャレなシチュエーション」として考えつきそうなこと、と言われたらその通りです。
ドリカムの歌詞に憧れた若い女性だって、あんな洒落た朝帰りなんかしたことないのが大半だろうし、カレシにサラダを作ってあげた、なんてもっと少数なはずだし。
でも、それでいいんですよ。そっちのが大多数なんだから。
その大多数が、小馬鹿にする気持ち半分、憧憬半分、みたいな世界が作れた、わたせせいぞうと吉田美和は本当に凄かったと思う。今そういうのを作る人がいないから余計そう思う。
つか、誰かやれよ。リア充の極みみたいな、洒落た世界の創作ってのをさ。
別に浅くてもいいんですよ。モノホンからせせら笑われるレベルでも構わない。別にあれはバブルだからウケたってもんじゃない。一見そう見えるけど、それはわたせせいぞうにしろ吉田美和にしろ「時代背景を無視せずに」カネ余り時代をバックボーンとして使っていただけの話でね。つかこの不景気な、しかもマスク上等な世界であっても「オシャレなひと口ラブストーリー」はぜんぜん作れますよ。
それこそサンプルなんか山のようにあるんだから。「ハートカクテル」や吉田美和の歌詞だけじゃなしに、ハーレクインロマンスも、あだち充や高橋留美子のラブコメも、もちろんトレンディドラマや「男女7人夏物語」だってそうですよ。
何もパクれってことじゃないよ。でもこの辺の作品を徹底的に研究・精査してね、ちゃんと勘所みたいなのを見つけて、後は今の時代にフィットする設定をこしらえたらいいんだから。
いいと思うんだけどな。というかね、「洒落たひと口ラブストーリー」って、どの時代でも作る人がいる、そんな定番になってもおかしくないと思うんですがね。
これも後半半分はほとんどリライトに近いんだけど、そもそもこのエントリを書こうと思ったきっかけは「そういや、あれだけ騒がれていたハーレクインロマンスって今どうなってんだ」と思いついたからです。 おそらくハーレクインロマンスの果たした役割はかなり大きいと思う。にもかかわらず、あまりにも現今注目されてないよな、と。 ま、だからといってアタシ自身はハーレクインロマンスには何の興味もないんだけど、とにかくこのエントリを書くきっかけになってくれたってだけで大感謝です。 |
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