もう「何を今更」としか言いようがないようなエントリタイトルですが、やっぱね、直後って「平成が終わった」ってのは「令和がはじまった」ことにかき消されるのは当然なんですよ。
年末が近づくにつれていろいろ落ち着いてきたようで、「令和」なんてアマゾンの怪しげな中華製品の惹句(<令和最新>っていう、例のアレね)でしか目にすることがなくなってきた。
おそらくこれからは西暦表示が基本になると思うし、となると2019年が平成と令和の境だったってのも意識されることはなくなるような気がする。
ただね、ネットを見てる時にアッと思ったんだけど、たしかに「平成末期」って表現が通用するよつになったんだな、とね。
何度も言ってることですが、とにもかくにも「終わらない」ことには俯瞰で精査するってことが出来ないのです。ということはつまり、平成は終わったわけだからこれからあらためて平成って時代についての考察が出来るようになったと。
令和になってみて平成を振り返ると、やっぱり<動き>は少なかったように思うし、明るい話題も少なかった。平和だった(日本で戦争云々がなかったという意味で)と思う反面、取り返しのつかない震災、それも二度も起きたし、経済的なことで言えば、どう考えても上を向いたとは言えなかったと思う。
ただモノは考えようで、失策の原因を探るだけのパーツは出揃ったんじゃないかと。成功ポイントがわかったわけじゃないけど、ま、失敗ポイントがはっきりしたってことで言えば、令和という新しい時代に入る上では良い経験になるはずです。つかそうならなきゃいけない。
せっかくだからね、アタシも近日中に「ある側面から」平成を振り返る長文エントリを予定しています。(現注・2020年3月にエントリすることになる「ルックバック平成」のこと)
たぶんその「ある側面」には全部と言わないまでもかなりいろんなポイントが詰まってると思うから。てなことでお楽しみに。