文字起こし「植木等 X 藤田まことin 1991」
FirstUPDATE2019.8.3
@クレージーキャッツ @植木等 @植木等ショー #テレビ 単ページ 花王ファミリースペシャル 皆んながお呼びです!植木等のスーダラ伝説 書き起こし 対談 藤田まこと #著作権 PostScript #ノンフィクション #1990年代 #メンタル #映画 tumblr

 こういうね、「如何にもファンサイトっぽいコンテンツ」をいつかやりたかったんですよ。だから構想自体はずっと前から、それこそサイトを開設した当初からあったんだけど、何しろ果てしなく面倒なんでずっと保留にしてたっつー。

 書き起こしの前に軽く説明を書いておきます。
 1991年、というと植木等ブーム再燃のピークの年ですが、植木等をフィーチャーした特番がいろいろ作られもしていたんです。
 その中のひとつに9月22日に「花王ファミリースペシャル」の枠で放送された「皆んながお呼びです!植木等のスーダラ伝説」はスーダラ伝説期の植木等の活動を追ったドキュメンタリーで、今見ると貴重なシーンの連続です。
 いまだにメディア化されていない「エニシングゴーズ」が流れたり(しかも歌唱シーン!)、奈良漬でベロベロになるほどの下戸の植木等が、ホンモノのビールに口をつける、なんて映像も収められています。
 そして一番の見どころは「エニシングゴーズ」の陣中見舞いという<体>で藤田まことが楽屋を訪ね、そのあと、という<体>で料亭で対談を行なっている。
 ちなみに料亭の場所は有楽町の「胡蝶」。残念ながらすでに閉店しているようです。

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植木「どうもどうも」

藤田「まずはどうも」

 乾杯

植木「わざわざ楽屋、訪ねていただいて、ありがとうございました」

藤田「もう10年ぐらいですかね」

植木「そんな経ちますか」

藤田「8年くらいかなぁ。何か番組対抗のボウリング・・・」

植木「ボウリング場でお目にかかったという」

藤田「それからですね、こういう座敷で、こんな綺麗な座敷じゃないですけど、ふたりでこうやって飯食ったってのは、何年ぶりだか覚えてますか?」

植木「いやぁ・・・」

藤田「あのね、植木さんの映画に僕、出していただいて、古澤監督の「日本一のヤクザ男」ってのがあったでしょ」

植木「ああ~っ!」

藤田「河原で何か、最後こう立ち回りするやつ」

植木「あれは忘れらんないの。久しぶりでね、わりあい最近その映画を見たんですよ。そしたらもうウケたのはねぇ、川岸でマコちゃんが待ってて、僕が舟で馬鹿な歌うたいながらすっと来ると、(箸をドスに見立てて、懐から取り出す仕草)すっとこうきてね、「ヤロウ、抜きやがれ!」ってこうすると、僕がこう懐手しながら(上を見上げる)お天気見てると、マコちゃんの持ってるドスに雷が落ちて感電して!」

藤田「髪の毛が逆立って!」

植木「ブワーッと!」

 植木、藤田哄笑。
 「日本一のヤクザ男」の該当シーンが流れる

植木「よく、まあ、ああいうことを引き受けましたね」

藤田「年間でアレ、何本くらい撮ってたんですか」

植木「一番酷い時で12本撮ったんですよ」

藤田「年間!?」

植木「昭和38年にね、12本映画撮りましたよ。いや自分の映画は4本ですよ。あとは場面食いで、ワンシーンだけ出るっての。12本ですよ」

藤田「僕はちょうどその時「てなもんや(「てなもんや三度笠」)」でですね」

植木「「てなもんや」にも僕ら出してもらいましたよ。クレージーキャッツ全員で」

 「てなもんや三度笠」が流れる(ただしクレージーキャッツ出演の回ではない。その話はココ

植木「このトシになってからまたね、「スーダラ節」を歌うようなことになるとは思わなかったですよ」

藤田「いやぁ、けどさぁあの・・・コンサートもやってるでしょ。大変ですね」

植木「あなただって、まぁすごい・・・」

藤田「いやいやいや!」

植木「平成5年のスケジュールまで聞きましたよ」

藤田「だけど、あれですねやっぱり。だんだんトシとってくると、何かこう、ひとつの番組への思い入れなんてのが、だんだん激しくなるような気がしますね」

植木「それはね、やっぱり残りの人生みたいなものを、人から何にも言われなくても、何となく感じるようになると。今この燃えているこの瞬間をどっかこう、冷静なもうひとりの藤田まことが眺めてんじゃないですかね」

藤田「そうですかねぇ」

植木「それと、カァーッ!となってやってるその藤田まことと、もうひとりの藤田まことがどっかでパチパチッ!と火花が散って・・・これがいいんじゃないですかね。そのうちトシとって死んでいくってのがこれが(※この箇所聞き取れず)これがいつ来るかわからないってとこがいいんですよ」

藤田「そうですね」

植木「わかってたらとてもとても、平成5年の4ヶ月は決まりませんよ!」

藤田「もう鉦や太鼓でね、新番組かなんか作ってもらって、それでね、もうとにかく脇役もいっぱい偉い人出てもらってさ、んで「26本撮ります!」なんつって、で、一本か二本ぐらいやった時にコロッと逝きたいですね」

 植木、藤田哄笑。

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 1991年と言えば平成3年になるわけですが、「平成5年(つまり2年後)までスケジュールが決まってる」ってのをテンドンで使うあたり、如何にも植木さんっぽいなぁと。

 そしてやはり貴重なのは「日本一のヤクザ男」について語っているところでしょうか。
 この頃「日本一のヤクザ男」はテレビでの放映など考えられず、レーザーディスクの発売さえずっと後、みたいな時代です。だからワンシーンだけとは言えテレビで流れたのが嬉しくてね。
 何より自作の映画にかんしてはあんまり語っていない(たぶん忙しすぎてほとんど憶えていない)植木等が「日本一のヤクザ男」を「最近観た」と言い、ひとり二役で再現までしているのは貴重極まります。しかもその再現自体も実に正確にやっているのがすごい。

 もうひとつ。「植木等ショー」での藤田まことがゲストの回(残念ながら「植木等スーダラBOX」ではオミットされた)と同じく、藤田まことは植木等を「植木さん」と呼び、植木等は「マコちゃん」と呼んでるんですね。
 「植木等ショー」でのやりとりは「フリートークっぽいネタ」で台本があったのは確実です。それでも植木等は普段通り藤田まことを「マコちゃん」と呼んでる。
 軽くどんな感じだったか再現すると
植木「友達として一言言いたいんだけど、マコちゃんが出ると馬の話が多すぎるよ」
藤田「私もね、憂鬱なんですよ」
 みたいな感じではじまって、結局馬の話になるっつー。

 またそのうち文字起こしをやります。何がいいかなぁ。ま、なるべくメディア化されていないものにしようと思ってますが。







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