エントリタイトルで思っくそネタバレしてますが、とにかく昨日の「志村けんのコントのような体験をした街・北海道某所」の姉妹編です。
1996年、アタシは北海道北東部に住むTという友人宅に遊びに行きました。
Tとは大学で同じサークルだったんだけど、もうひとつ、一緒に音楽もやってた。ま、そうはいっても完全にT主導というか、疎いアタシをTが引っ張るというスタンスでやってたんですね。
当時アタシとTがやってたのはレゲエです。しかしこれは前も書いたけど、アタシはレゲエなんかほとんど知らないのですよ。知らなかったじゃなくて今もろくすっぽ知らない。間違っても嫌いなジャンルではないし、運転中のBGMとしてはかなりの確率で聴いたりはしてるんだけど、一向に知識は増えない。あいも変わらずのド素人レベルです。
しかしTは違う。たしかにこの頃は北海道に引っ越したりなんかして少し音楽とも疎遠になりかけていたけど、それでもレゲエの知識も情熱もアタシなんかとは比べものにならないレベルだったわけで。
レゲエだけじゃなしに洋楽邦楽問わず、Tは詳しかった。そしてJ-POPみたいなのはまるで聴かない。そんな人間でした。
ということを踏まえた上で、この後の文章をお読みください。
修学旅行を除けば、アタシにとって初めての北海道旅行だったから、とにかく見るものすべてが驚きの連続だった。
何を見ても「雄大」という言葉しか思いつかず、ビデオカメラを持参していたんだけど、どうやっても雄大さをフレームに収めることができない。何だかこじんまりしてしまう。
スゲーなぁ、これ、クロサワならどうやって撮るんだろ、みたいな冗談を言いながらクルマでT宅に向かっている最中でした。
「すごいだろ?北海道。俺も最初ビビったもん。松山千春の歌が理解できたからね、こっちに来て」
ま、松山千春?いや、北海道だから松山千春ってのは、そりゃ遡上に上るのはおかしくないけど、あのTの口から松山千春の名前が?
「ほら、あれ。♪ 果てッしィないぃ おおッぞらとォ#65374;って歌。まさにあの世界っしょ」
Tは取り憑かれたように、松山千春の歌が如何に北海道にマッチしているのかを語り出した。レゲエに淫する、そしてJ-POPやフォークなんか一切聴かないTが。
いやいや、たしかに言いたいことはわかるけど、どうにも松山千春について熱く語るTに馴染めない。
なんだその、北海道ってところは音楽の趣味趣向まで変えてしまうような場所なのか。
しかし何故か、そこはツッコめなかった。あまりにもTの語り口が熱すぎて、ツッコめるような雰囲気じゃなかったのです。
翌日、Tはやけに重々しく「実は連れていきたいところがある」と言い出した。
お、真面目な話か?それにしてもいったい何処へ?
「実は・・・、松山千春の実家に連れていきたいんだけど」
は?・・・は??
松山千春を熱く語るならまだしも、実家に行くだと?いやいやいや、アタシは松山千春にそこまでの興味はないし、ましてや実家になんか行ってどうなるんだって話ですよ。ま、はっきりいえば行きたくない。
行きたくないのはわかるけどさ、もう、どうしても一緒に行きたいんだよ!と、ますますTのテンションは上がる。アタシとしては歓待されている身なわけで、さすがにそこまで言われると断れない。
じゃあ、行くか・・・。
しかし何だって松山千春の実家になんか行かなきゃならんのだ。せっかく北海道に来てさ、他にいくらでも行くべきところはあるだろうが、と。
松山千春の実家は足寄にあります。T宅から足寄まで、たしか2時間くらいだったと思う。
その車中、やけに重苦しい。普段は馬鹿話で盛り上がるTは何故かほとんど喋らない。同じサークルで仲が良かったTの嫁さんは喋ってくれるけど、それでも、もう、尋常じゃない空気が流れている。
これ、もしかしたら、とんでもないことをしに行くんじゃないか。だからTは緊張に包まれているんじゃないか。そう勘ぐるしかなかった。
「そろそろ、かな」
ああ、足寄に着いたようだ。しかしここからが本番。ここでいったい何が行われようとしているんだろうか。
そう思うとアタシも緊張してきた。どうか、無事に今日一日が終わりますように。
「あれ!」
突然Tは叫んだ。そして指さした。Tの指の先を追うと、とんでもないものがアタシの目に飛び込んできた。
「松山千春や、松山千春の実家や。というか松山千春の実家以外の何物でもない!!」
実際に行かれた方ならおわかりでしょうが、松山千春の実家は完全な観光名所になっており、家に馬鹿デカい似顔絵(しかもフサフサ時代の!)が掲げられているのです。気になる方は「松山千春 実家」で検索してみてください。
アタシは笑いを堪え切れなくなった。ひっくり返って笑った。んで、ふと我に返った。もしかしてTは、このために・・・?
「先にいろいろ言ってしまったら面白くなくなるから」
いやはや、この伏線はすごい。つかやりすぎレベルです。
Tはアタシにこの似顔絵看板を最大限に面白く見せるために、松山千春の話を熱弁し、足寄までの道程で寡黙に振舞っていたのです。
つまりTは本当に松山千春に激ハマりしたわけではなく、アタシを楽しませるために長大な伏線を張っていたわけで。
もちろん松山千春の実家に入ることはなく、クルマで通り過ぎるだけ。アタシは「素泊まり2500円かぁ」と目についた看板を文字を口に出すくらいしか出来なかった。あまりにもTのフリがすごすぎて、本当にそれくらいしか言えなかった。
冷静に考えると松山千春の実家はそこまでおかしくはない。けど、どうやればホンイキで笑えるくらいまで持っていけるか、それを考え実行したTは本当にすごい。松山千春よりすごい。
いややっぱり、あんな似顔絵掲げる松山千春の方がすごいか。