2002年の夏、ついにアタシはマイファーストPDAであるG-FORTに見切りをつけ、本格的に使えると思える機種を購入することにしました。それがhpから発売されていたJornada568だったんです。
バッテリーが(当時基準では)保つ、カーソルキーと決定キーが一体ではない、CFも挿せる、となったらこれしかなかった。
さらに拡張性が高いことを鑑みても、もうこれはJornada568しかないだろ、と。
正確にいつ買ったのかは忘れた。夏のボーナスで買ったんじゃなかったっけ。値段も忘れたけど30,000円弱だった気がする。
実際に使ってみると期待にたがわぬ出来で、バッテリーの保ちもカーソルキーの操作性も実に素晴らしかった。
さらに「こんなの邪魔なだけだろ」と付けずに使う想定をしていたフリップカバーが予想外に便利だったり、オプションのポケットキーボードなど「コイツなしでPDAの運用などあり得ない」と思わせるほどでしたから。
もちろん欠点もあった。
SDカードスロット付きバッテリー(オプション)のSDドライバの出来が悪く、書き込みに失敗しまくるとかもありましたが、一番の欠点は耐久性のなさでした。
フリップカバーはわりと簡単に壊れたし、カバーなしで運用してみると簡単に液晶画面が割れた。
そして自慢のはずのカーソルキーも(ま、使用頻度が高かったってのもあるけど)どんどん効きが悪くなっていく有様で、結局2004年の秋くらいに完全にオシャカになります。不具合多発ながらも何とか持ちこたえていたんだけど、最後は公衆トイレの床に落として、ジ・エンド。実にあっけない最後でした。
とは言えPDAの楽しさを教えてくれたのは、文句なしにJornada568です。この機種を購入したことでモバイルマシンに異様な執着心を持つようになったんだから。
これ以降、しばらくはPDAなしの生活を送っていた。もちろん欲しいのは欲しかったけど金欠だったし、この頃にはモバイル機器市場は完全に頭打ちになっており、めぼしい機種が発売されなくなっていたのです。
この停滞ムードをブチ破ったのが、ウィルコム X シャープ X マイクロソフトによる「W-ZERO3」でした。
モバイル機器市場においてシャープは完全に「我が道を行く」会社で、他の国内メーカーがPalmもしくはPocketPCといった規格に合わせた機種を発売していたのにたいし、シャープは大胆にもLinuxOSを搭載した通称<リナザウ>(リナックスザウルスの略)を販売していたのです。
しかし「シャープはLinuxに見切りをつけPocketPCに参入するのではないか」という噂はくすぶっており、それが現実のものとなって現れたのがW-ZERO3だったんです。
しかしW-ZERO3はもはやPDAとは呼べない。たしかにWindowsMobile機、つまりJornada568に搭載されていたPocketPC(正確にはPocketPC2002)の後継なのには違いないのですが、無線LANが内蔵されているのは時代を考えれば当然とはいえ、W-SIMってのを挿せば通信はもちろん通話もできちゃう。
要するにこれは、カテゴリでいえば「PDA」ではなく「スマホ」ですよね。もっとも当時はまだスマホ=スマートフォンという呼称を使ってる人はほとんどいなかったけど。
アタシがW-ZERO3を購入したのは2006年になってからですが、かつてアタシがPDAに望んでいたものが全部入っているのは本当にすごいと思った。
モバイル回線を内蔵出来るから本当にどこでもインターネットが出来るし、スライド式の一体型キーボードで長文だってラクに打てる。動画もSD解像度くらいなら普通に再生出来たし、バッテリーの保ちやカーソルキーも、そりゃJornada568に比べれば劣るけど、十分実用の範囲内でしたしね。
とくにお気に入りだったのが3世代目のAdvanced/W-ZERO3[es]、通称アドエスで、塗装が剥げやすいという以外は本当によく出来てたと思う。
これがメイン端末だった頃は、とにかく一日中触っていたといってもいい。それくらい触ってて楽しかったから。ま、大半はスクリプトを作っていただけだけどね。
だけれども、もうこの手のモバイル機器はお先真っ暗とも思っていたんです。
たしかにW-ZERO3シリーズは電子手帳以来モバイル機器に定評があったシャープ製だけあって上手くチューニングされていたし、自分でスクリプトを書いて遊んだりね、<PDA>として使うには不満はない。
けど<スマホ>であるからには、それではぜんぜん足りないのですよ。
スマホなんだから電話の着信があれば確実に通知してくれないと話にならないし、通話中にフリーズするなんてもってのほかです。
いくらシャープがチューニングを頑張っても、元となる、つまりOSの根幹から変えることは出来ない。ということはですね、早い話がWindowsMobileという規格(OSとしてはWindowsCE)がどうしようもなかったんです。もちろん悪い意味で。
マイクロソフトはPalmsizePCの頃からの根幹を変えずに、時代の変化に合わせて機能を追加していった。つまりは果てしのない建て増しを繰り返したため、安定性が極端にないがしろにされてしまったんです。
またこの頃はモバイルCPU(ARM)の進化が極端に遅く、W-ZERO3シリーズだって世代を経ても速くならなかった。シリーズ最終機となったHybridW-ZERO3(通称・ハイブリ)などシリーズで一番遅い端末になってしまったくらいです。
アタシは今でもハイブリの出来の悪さがウィルコムブランドが消滅した遠因だと思っている。それくらい酷い出来だった。当時はフルキーボードを止めてテンキーにしたことに批判が集中していたけど、実はそれはたいした問題ではない。
それより、やっぱ、信じられないくらい遅かったのはマズすぎた。よほどOSの出来が悪かったのか、それともシャープがチューニングの手を抜いたのか、チップ選びに失敗したのか(=設計ミス)、はたまたその全部なのか。
とにかくマイクロソフトとシャープがモタモタしてる間に<黒船>はもうそこまで来ていた。言うまでもなくアップルが手掛けたiPhoneです。
W-ZERO3をはじめとするWindowsMobile機もiPhoneも、ざっくりと分けるなら同じ<スマホ>です。しかし理念がまったく違う。
かつてPalmは、PIM(パーソナルインフォメーションマネージャー)を全面に押し出したビジネスツールに特化したPDAとして覇権を握ることが出来たわけです。
マイクロソフトが対抗馬として用意したPalmsizePCは中途半端に高機能で、すべてに割り切ったPalmに勝てるわけもなく、PocketPCに名称を変えたあたりから「電子手帳の高機能版」から「PCのサブセット」への転換を図り始めます。
アタシの印象でもPocketPC→WindowsMobileは「低性能で、たいしてWindowsと互換性があるわけではないが、ポケットサイズにまで小型化されたパソコン」だった。
パソコンで出来ることと<似たようなこと>はWindowsMobileでも出来る。しかしあまりにも性能も安定性も低く、個人情報を取り扱う<慎重さ><厳密さ><頑健性>はまったくなかった。
エンターテイメント的に使うとしたところでゲームはほとんどなかったし、先ほど書いた通り動画再生もSD解像度がやっと。まともに使えるのはMP3による音楽再生、つまりシリコンオーディオプレーヤーとしてくらいで、これだってバッテリーの保ちでも大きさでも安さでも使い勝手でも、機能特化型機種に負けるわけで。
iPhoneが圧巻だったのは、最初から完全に「デジタルガジェット」として出してきたところです。
それまでにあったモバイル向けOS、それこそPalmもWindowsCEもSymbianも、最初はビジネスツールとして登場した。さっきから書いてるようにWindowsCEは途中でエンターテイメント寄りに舵を切りましたが、それでも電源ボタンを押して最初に表示されるのは「TODAY」というPIM要素の強いものだった。
ところがiPhoneは最初から「ビジネスでの使用」を一切考慮してなかった。一応スケジュールアプリは内蔵されてたけど、ガラケーのカレンダーアプリに毛が生えた程度のものだったしね。
黎明期(あくまで日本の、ですが)のiPhoneを象徴するアプリは、正式名称は知らないけど、ビールアプリでしょう。
アプリを起動すると画面いっぱいになみなみと注がれたビールがアニメーションで表示される。んでiPhone本体を傾けると本物のジョッキのように画面は斜めなのに水面は平行を保っている。そして本当に飲んでるようにビールが減っていくっつー。
たぶんこのアプリは「PDAなど名前も聞いたことがないような一般の人」に相当響いたんじゃないか。なんだこれは。iPhoneってのはこんなにすごいのか!と。
もちろん理屈としては単純なんですよ。iPhoneには加速度センサーが搭載されていて、なんて技術的な説明はいくらでも出来るけど、<理屈>ではなく<感覚>として「iPhoneを買えばこんな新しい体験が出来る」ってのを知らしめたという意味で言えば、間違いなくビールアプリはiPhone普及の立役者だったと思うわけで。
正直ね、アタシは最初iPhoneには何の興味もなかったんです。
それが2011年になって、急遽イギリスに行くことになり、ローミング料金さえ払えば普通に使えるiPhoneを買うことにしたっつー。
アタシにとって<スマホ>とは「スクリプトをいっぱい書いて自分が使いやすいようにカスタマイズ出来る」ことこそ最大の魅力でした。
だからカスタマイズなんかまるで出来ないiPhoneには何の興味もないは当たり前だったんです。
ところが実際に使ってみて驚いた。いやさすがにこの頃にはすでにビールアプリは流行遅れになってたけど、何がビックリしたといっても「スクリプトなんか一切書かなくても、つまり買ってきた状態でも、最初から実用的」だったから。
とくにマップアプリの実用性は驚いた。
WindowsMobileにも一応Googleマップアプリはあったけど、実用性においては月とスッポンで、GPSの計測速度も、表示の速さも、WindowsMobileとは比べものにならない。いやもうこれは比べることすらiPhoneに失礼だと思ったくらいで。
その後登場したAndroidはまさにiPhoneとWindowsMobileの中間のような存在で、良く言えばWindowsMobileよりも実用性がありiPhoneよりもカスタマイズなどの自由度がある。悪く言えばiPhoneより実用性が落ちるし、WindowsMobileよりもガシガシとカスタマイズ出来るわけではない、という。
今は訳あってiPhoneからAndroidに乗り換えましたが、それでもiPhoneは本当にすごかったんだと思っています。
一部のAndroidユーザーはiPhoneを指して「らくらくスマホ」なんて揶揄しているけど、iPhoneのあそこまで徹底した「ユーザーを一切惑わせない」作りは本当にたいしたものだと思う。
Page1の最初に戻りますが、yabuniramiJAPANなるサイトを始めたのとほぼ同時にアタシは「デジタルガジェット(ノウワゴト)」というカテゴリを作りました。
しかし2003年当時、本当の意味で<デジタルガジェット>と呼べる製品は登場してなかったと思う。Palmがいくらビジネスツールに特化していたといってもクラウドとの連携なんて誰も考えもしてない時代では所詮「紙の手帳の電子版」でしかなかったし、PocketPC(→WindowsMobile)は結局「低性能な小さいPC」として使うしかなった。
昨今PCは仕事以外の用途はどんどんウェブブラウザに集約されつつある。iPhone発売の頃にはすでにその兆候はありました。
しかしiPhoneはそうしたPCの兆候と正反対に向かった。具体的には「やりたいことに応じたアプリを都度起動」する。メールが見たいのであればメールアプリを起動、というようにね。
たぶんこれが、少なくともiPhoneの初号機が発売された2007年では「小さい画面で<惑わず>操作させる」最適解だったと思う。
極端に言えばiPhoneには「使いこなす」という従来のモバイル機器に必須だったスキルが必要ないんです。もちろんアタシがWindowsMobileで散々やった「まともに使えるようにするために」スクリプトを書く(つーか覚える)必要なんてない。
初めて触った者も手慣れた者も同じように使える。それが本当に画期的だった。
さっきiPhoneをらくらくスマホと揶揄する声があると書いたけど、らくらくホンとiPhoneなら高齢者が惑わず使えるのはむしろiPhoneですからね。
そりゃiPhoneはスマホの元祖ではないけど、デジタルガジェットの元祖だったと。Androidに乗り換えた今でも思うわけで。
逆に言えば、モバイル機器の進化はここからは確実に停滞するでしょうね。普及度は比べものにならないけど停滞具合は2004年頃にちょっと似てる。
正直折りたたみとか絶対ダメだし、モニタに接続したらPC的に使えるとかも確実に流行らない。何でもかんでも一台に集約したいって典型的な「男の子的発想」ですから。
すごい発想のデジタルガジェットが出て欲しいなぁ。もちろん次はアップルでもGoogleでもなく、出来れば日本のメーカー発で。
PDA時代の話はPage2の最初の方で収めてしまって、今まであまり書いてなかったiPhone以降の話を大幅に増補しました。 もちろんiPhone以降の話は書き下ろしだけど「デジタルガジェットノウワゴト」と大上段に構えるなら、オミットしていいもんじゃないのはわかっていたからさ。 |
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