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嗚呼、勇者!
FirstUPDATE2017.2.1
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 絶対的勇者として君臨していた強豪・阪急ブレーブスの最大にして致命的な欠点、それは「極端なまでの人気のなさ」でした。

 アタシがプロ野球を見始めたのは1976年です。だからこれ以降のことしか「実感としては」わからないんだけど、当時はね、関西とはいえまだ阪神タイガースの人気は寡占状態じゃなかったんです。
 データとしてあるわけじゃないけど、関西で最大の人気球団は巨人だったと思う。小学校でも子供が野球帽を被ってるのは巨人のが多かったしね。
 ま、こんな個人的体験で決めつけるのは乱暴だけど、まったく根拠がないわけではない。
 例えば甲子園の阪神対巨人戦。これはほぼ満員で、今と変わりがない。しかし巨人戦以外の阪神戦は「無人の如し」レベルだったんです。
 もちろん大仰な表現だけど、三塁側のアルプススタンドは閉鎖されていたし、外野にはポツポツといるだけ。ただでさえスタンドが広い甲子園では、この程度ではガラガラを超えて「無人の如し」に見えてしまう。
 でも巨人戦は満員。てなことを考えると、そりゃもちろん「阪神が巨人と戦うところが見たい」と思う阪神ファンもいたんだろうけど、やっぱ、常識的に考えるなら「巨人ファンで巨人の試合が見たいけど、関西に住んでるんだから甲子園の阪神戦に行くしかない」という状態だったと思います。

 つまり関西での人気は巨人>阪神だったわけですが、それでも阪神は他の、関西に本拠地を置くパシフィックの球団よりは<マシ>だった。
 人気面で三番手につけていたのは、かつては阪神タイガースを凌ぐ人気だった南海ホークスで、数は少ないが南大阪に熱狂的なファンを持つ近鉄バファローズがその次。んで一番人気がなかったのが阪急ブレーブスだったんです。
 これだけ強くてスターも揃ってる、なのにぜんぜん人気がない。かといって熱狂度も薄く、浅いファンも阪急百貨店やオアシス(阪急系列のスーパー)の優勝記念セールを楽しみにしている主婦のみ。
 たぶんここまで、魅力と実際の人気が乖離していたチームは空前絶後だと思う。もう、何をしても人気だけが出ない。
 それでも系列だった関西テレビは毎週土日の夕方に阪急戦を放送し続けたし、阪急子供の会(という子供向けのファンクラブ)に入会すれば西宮球場でおこなわれる試合を内野自由席でタダで入れる特典もあった。
 さらに試合前のアトラクションとして福本豊と<馬>を競争させる、なんてとんでもないファンサービスまでやった。
 なのに、一向に人気が上がらない・・・。

 ついに阪急は球団の身売りを決めた。たぶん株主からの相当な突き上げがあったんだろうけど、やり方がマズすぎた。ファンからしたら、はっきり言って、だまし討ちみたいな感じだったから。
 1980年代後半にはすでに、アタシの心は阪急から離れていました。完全に阪神一本に絞っていたし、その原因を探るなら、やっぱあの1978年の日本シリーズってことになってしまう。「強くてカッコ良い」と思っていたチームがモロく崩れ去ったのを見て、何か一気に醒めてしまったんです。
 それでも、たしかに阪神には及ばないとはいえ、パの中では阪急を応援していた。ごくたまに西宮球場にも行った。もちろん一塁側に座った。ま、スコアボードに掲示されている「他球場の経過」(の阪神戦の経過)が気になってたのも事実だけどさ。
 それでもブレーブスの身売りは相当なショックだった。いやそれは避けられないことだったことかもしれないけど、いくらなんでも時期が悪すぎる。
 1988年、かねてから噂があった南海がホークスの身売りを決め、ダイエーに譲渡すると発表したのはシーズン終盤でした。しかし南海ファンはまだ幸運だった。何故なら「南海ホークスとしての最後の試合」を目に焼き付けることが出来たから。
 しかしすでにシーズンが終了してから身売りが発表されたブレーブスはそれが出来ない。たしかにホークスは福岡に本拠地を移転し、ブレーブスはとりあえず西宮球場にとどまると発表はされたけど、阪急ブレーブス最後の試合を意識しながらってのは叶わない夢になってしまったんだから。

 こんな経緯もあって、アタシはオリックスに何の興味もなくなってしまいました。もちろんオリックスだけのせいじゃないけど、「しいていえばパならオリックスファン」でさえなくなった。いやもし<しいていえば>、Page1で書いたように、かつて福岡に在住していたこともあって、まだホークスを応援しているくらいです。
 オリックスになって以降、イチロー効果で一時的に人気は上がりましたがたいしたことはなく、阪急時代同様、相変わらず「人気のない」チームでしかない。しかもチーム力もなければ魅力もない。スター選手っつーか良い選手はいることはいるけどチームとしての魅力につながらない。
 アタシがプロ野球を見始めた1976年以降、阪神タイガースの人気はどんどん上がっていった。とくに星野仙一監督の元で優勝した2003年以降、関西での人気が絶対的になったのはもちろん、全国的にも巨人とタメを張れるほどの人気球団になりおおせた。
 先程も書いたようにホークスは福岡に移転し、近鉄バファローズというチームは<形としては>なくなった。つまり関西には阪神とオリックスしかなくなったわけです。
 なのにオリックスに人気は集まらない。阪神に抜かされたとはいえ関西での二番手は巨人であり、福岡に移転して30年以上経つのに三番手はホークスでしょう。

 何故ここまでオリックスに人気がないのか。これは「何故阪急ブレーブスが人気がなかったのか」を探るよりはるかに簡単です。
 ひとつは「近鉄バファローズとの合併という選択をした」ことです。このことでファンが倍になるどころかむしろ減らしてしまった。オリックスブルーウェーブファンからも近鉄バファローズファンからも「オリックスバファローズ」というチームは自分たちの応援してきたチームではない、という感情が芽生えてしまった。
 しかも合併→球団削減の道を選んだことで、全プロ野球ファンを怒らせてしまった。結果としてプロ野球再編騒動の主役になってしまったんだから。
 そしてもうひとつ、これは致命的なことなんだけど、関西の人間にとって「オリックス」という会社に何の思い入れもないんですよ。
 たしかにオリックスは大阪で発祥した企業です。しかし合併時に「大阪と神戸のダブルフランチャイズ」なんて中途半端なことをしてしまったがために「大阪」を強くアピールすることが出来なかった。同時期にホークスを買収したソフトバンクが「ソフトバンクは福岡で起業した」と高らかに謳い上げたのと対照的です。

 何より問題なのは、もう球団買収から30年以上経ってるのに、いまだにオリックスが何の会社か一般の人に飲み込みづらいことです。
 オリックスは基本的には法人向けの企業であり、生活の中でオリックスを意識することはほとんどない。たしかに法人ではない一般向けにレンタカー業務や銀行業も手掛けているけど、こうした業種は縁のない人にはとことん縁がない。
 しかもです。大雑把に言えばオリックスの本業は<金貸し>と言えなくもない。一般の人は「銀行でもない金貸し=胡散臭いに決まってる」と根拠もなく決めつける。
 これではオリックスという<球団>ではなく<企業>に愛着を持てるわけがない。というか法人向けの企業が何故プロ野球球団を所有しているのか、正直オーナーが野球好きだった以外の理由が見つからないのです。

 本当ならね、阪神人気が寡占の関西を捨てて他地方に移転するしかないんですよ。でもそれも無理。舞洲にオリックスタウンというような二軍施設とグラウンドを設備したし、京セラドーム大阪もオリックスが(正確にはグループ会社が)大株主になっている。ここまで「大阪」に投資した以上、さすがに大阪を離れるのは現実離れしているとしか言えません。
 せめてもっと早い時期に、それこそ合併時に「大阪オリックスバファローズ」にすべきだったんだけど、「大阪」と略されることを恐れてか、ものすごく嫌がったし、今さらやっても意味が薄い。
 というかどう考えても阪神の牙城を切り崩すのは難しく、オリックスのフロントは「阪神との兼任ファンでもいいから」と思ってるんでしょうが、実はそれも難しいんですよ。

 アタシも長年プロ野球を見続けてきたから嫌ってほどわかってるけど、パ・リーグファンってセ・リーグ球団との兼任ファンを嫌うんです。
 そう言えば2004年の球界再編騒動の時に「白いボールのファンタジー」というパシフィックリーグ連盟公認ソングが話題になったけど、歌詞中の「我らのパシフィックリーグ」みたいな感覚ってセ・リーグファンからしたら理解出来ないんです。
 セ・リーグ球団のファンってね、同一リーグの他球団は<敵>でしかないんです。ところがパ・リーグ球団ファンは違う。同士であり仲間でもある。
 ホークスが福岡に移転した時もそうです。昔、福岡にはライオンズがあった。そこに<仲間の>ホークスが移転してきた。だから応援しようとなった。もしこれが、福岡から移転したのがセ・リーグ球団で、多少時間が経っていようが他のセ・リーグ球団が福岡に来ても成功しなかった気がするんです。
 ところがオリックスは合併によって「仲間を裏切る」ようなことになってしまった。そういう意味でも最悪手だったとしか言いようがないんです。

 大阪を離れることが出来ない、阪神ファンの切り崩しも兼任ファンも難しい、オリックスという企業に愛着を抱きづらい、チームとしての魅力も薄い、地元マスコミに相手にされていない、チームのムードもどうも関西のチームっぽくない、という状況で、起死回生はほとんど無理、ということになってしまいます。
 現状、唯一のファン獲得手段は関西マスコミの阪神推しに辟易した人たちを取り込むことくらいなんだけど、それでもオリックスファンになるくらいなら阪神と同一リーグで対戦が多く、チーム力も魅力もある巨人のファンになるのが普通だと思う。となると「アンチ阪神だが巨人も嫌いで関西のチーム以外は応援する気がなく、サッカーなどの他のスポーツにも興味がない」というね、これではマイノリティにしかなり得ないんです。
 だからアタシはやっぱ、大阪を捨てる以外にないと思う。とはいえ大阪から離れるのは無理なんだから大阪に留まるしかない。
 ただね、フランチャイズは大阪のまま、大阪の地元民を相手にしない、という考えはアリなんじゃないか。つまりは「世界中の人たちを潜在ファン」にしてしまうのです。

 こんなの普通の企業じゃ無理ですよ。でもオリックスなら出来る。
 全試合の無料ストリーミング配信は当然として、オリックスは関空の経営権も取得している、というのも活かす。具体的には関空経由で日本にやってきた外国人全員に「京セラドームのオリックス戦のチケットをプレゼント」するのです。当然、関空から京セラドームまでのシャトルバスも運行して。
 生観戦ほどファンにさせる強い動機はない。しかも外国人には「大阪は阪神ファンばっかり」みたいな先入観もないからわりと馴染めると思う。
 それじゃ観客動員が増えないって?最初はそれでいいんです。とにかく海外にまで知名度が高まればグッズ収入は莫大になるし、そうなれば日本のファンも無視出来なくなる。
 球団名は、そうだなぁ。つかオリックスって旧社名が「オリエントリース」でしたよね。だったらこの際オリックスって名前を捨てて「オリエントバファローズ」にすればいい。オリエント=東洋なんだからワールドワイドな球団名にピッタリでしょ。

 たぶんここまで読んでいただいた方から、そんな、アホなアイデアがあるか、と思われていると思う。
 だけれどもアタシはそれこそ、阪神ファンの牙城を切り崩したり、イチロークラスのスーパースターを10人揃えるよりよほど現実的だと思うし、仮にチーム力が強化されても人気が上がるのが難しいってのは阪急ブレーブス時代に証明されているから。
 いや、そんなことより「テメエ、今のオリックスに何の興味もない阪神贔屓ってさっき書いてただろ。そんなヤツの話とか誰が聞くか」と思われる可能性のが高いんだろうなと思う。
 たしかにアタシはオリックスに何の興味もない。でもね、どう転ぼうがオリックスバファローズの前身球団が阪急ブレーブスだったってのは変えられないんです。
 アタシの愛した阪急ブレーブスの末裔球団だと思うからこそ、ほんの老婆心でこんなことを書いた。今のオリックスファンに叱られるのを承知で。

 阪神タイガースってのは良くも悪くも土着的な球団です。一方、阪急→オリックスは都会的な球団だと言ってもいい。言い換えるならモダンな球団です。
 モダンな球団である限りカッコ良くあって欲しいし、世界を意識して欲しいと思う。それがブレーブス創始者の小林一三の理念だったから。
 オリックスが目指すのは「強くなる」ことでも「観客動員を増やす」ことでもない。それは手段であり目的ではない。それよりも「モダンでカッコ良い球団になる」ことだと痛切に思う。
 かつての大阪には「場所は大阪だけど土着のカケラもない、モダンでカッコ良いもの」がいっぱいあった。その体現者になって欲しい、とモダニズム文化を愛するアタシは思ってる。

 阪急のOBを呼び戻せなんて言わない。いくら強くても人気のなかった阪急の真似をする必要はどこにもない。でも、オリックスにしか出来ないことが絶対にある。
 阪神とか阪神ファンなんか相手にするなよ。関西マスコミも相手にするな。それより世界に目を向けようぜ。んでアタシが海外に行った時に「こんなところにもバファローズファンがいるんだ!」と驚かせて欲しいんです。
 たとえニックネームが変わろうとも、もしそうなればアタシはオリックスを「勇者」と認めますよ。

ま、Page2にかんしてはいろいろと義憤もあるでしょうが、Page1の今井雄太郎氏の話は絶対に面白いと自負しております。
いや実際、もし大杉の打球がファールなら、というかあの試合に阪急が勝ってたら、今のアタシがどうなってたかまるでわからないと思うから。
あ、あとひとつ。2021年に発売されたベースボールマガジン 別冊紅葉号「1974-1978、1981-1990 阪急・オリックスブレーブス 上田野球の神髄」で島谷金二が「レフトの線審だった富澤宏哉(当時はセとパで審判団が分かれており、富澤はセ所属の審判)への不信感がもともとチーム内にあった」というようなことを語っていたのは注目に値します。
「セ所属の審判だからセのヤクルト寄りの判定をした」とは思わないけど、あれだけ長い抗議になったのはそういう伏線があったから、という理由付けにはなると思う。というか上田利治(当時の阪急の監督)が判定云々よりも、とにかく「レフトの線審を代えてくれ」と執拗にに食い下がったのはそういうことだったのか、と。
ま、あれは仮にファールだったとしても、ただのミスでしかないと思うんだけど、こういう「痛くない腹」を探られないためにも、セとパで審判団を分けない方がいいわなぁ。




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