いやねぇ、もうそれはよくわかるし、そっちのがマジョリティかもしれないけど、何の因果かアタシは違う、みたいな話をしたいと思いまして。

ちょっと長いのですが、ホント、言いたいことはよくわかるんですよ。
はぁとふる倍国土=田中圭一先生ですが、田中先生は1962年生まれだからアタシより6歳年長ということになるわけで、この時代の「6歳差」はわりと人格形成ではないけど、趣向を分け隔てるのに非常に重要な差なんです。
ポストにも名前がある庵野秀明はさらに2歳上(アタシより8歳上)となるとより顕著かもしれないけど、ま、それでも田中先生と庵野秀明は同世代だし、ここでは世代間格差はないと思う。
ポストの中でとくに重要なのは「宇宙戦艦ヤマト」放送時『当時12歳だった僕にとって』って箇所です。
たしかにこの頃12歳なら、ハイティーン向けのアニメがなかったことをよく憶えているはずで、だからこその衝撃なんです。
ではアタシは、と言えばです。
アタシだって「宇宙戦艦ヤマト」を見てた。それもわりと熱心に、ワクワクしながら見てた記憶がある。
でもね、アタシが見てたのって「再放送」なんですよ。これ、メチャクチャ重要で、再放送ってことは「宇宙戦艦ヤマト」も「数あるアニメのうちのひとつ」にしかなり得なかったわけで。
つまりアタシは「ハイティーン向けのアニメ?そんなのあるわけないだろ」みたいな時代を知らない。こればっかりは後付けの知識ではどうしようもない。リアルタイムで知ってたか知らなかったか、その二択で衝撃の強さが決まるんだから。
もうひとつ、上記ポストのコメントという形で書かれていたポストだけど、この方は著名人ではないと思われるので名前は伏せます。

これも面白い。
そういや「だてレビsideB」のキーフレームさんが「ゴジラが暴れ回って街を破壊するところが見たいのに」みたいなことをおっしゃっておられましたが、これも<ロマン>なのかもしれない。
で、翻ってアタシはです。
アタシはね、<宇宙>というものに<ロマン>を感じないし、怪獣が文明を破壊することにも別に<ロマン>を感じない。むしろ脳内で「現実とは関係ないこと」で済ましてしまった気がする。
だからね、仮にフィクションであっても、現実に寄り添ったというか、まず現実に近い世界があって、そこからどれだけはみ出しているかで興味が変わった気がするんです。
言っても子供だから「リアリティありすぎ、フィクショナルな要素なさすぎ」なものには興味は向かないんだけど、あまりにも「地に足がついてない」ものには興味を持てなかった。
だから「ウルトラマン」には興味を持てず、まだ現実と地続きと思わせてくれた「仮面ライダー」に惹かれたんじゃないか。
そんなアタシが、もう趣向とバチッとハマったのが藤子不二雄作品で、今考えても現実世界からの飛躍の絶妙さがすごい。飛躍させすぎないけど飛躍はさせている、そんな作品は今でもほとんどありません。
ロマン、なんて曖昧模糊としたものって、アタシには「遠い世界」の話じゃなくて「もしかしたらそんな現実があるかも」と思わせてくれるものって感じなんです。そう考えるなら「宇宙戦艦ヤマト」を面白がりながらも、イマイチ、ハマれなかった、というか「洗礼を受けた、というほどではない」というのも当然じゃないかと。
洗礼と言うことだけで言えば、幼少期に見た伊東四朗と小松政夫のコンビによるコントのがよほど洗礼感がある。もちろんそれはドリフターズというベースがあっての話です。
以降で言えば、意外とマンザイブームには醒めていたんだけど「オレたちひょうきん族」は洗礼に近かった。そしてそれらの感覚と「1960年代好き」がスパークしてクレージーキャッツに行き着いたし、さらに時代を遡って戦前モダニズム文化に行き着いた。
つまりね、大元を探れば、ベースとしてドリフターズ、そしてカウンターとして伊東四朗&小松政夫コンビなんですよ。
話を戻しますが「宇宙戦艦ヤマト」に洗礼を受けた人がさらに遡って「ウルトラマン」をはじめとする特撮巨大ヒーローモノや、さらに「ゴジラ」をはじめとする東宝特撮シリーズに行き着くのも、アタシとは趣向が違うだけで同じ経緯を辿ってる気がする。
つまりアタシの世代にとって、どう転んでも「宇宙戦艦ヤマト」が試金石だったと。正確に言えば「宇宙戦艦ヤマト」と伊東小松コンビ芸が堪能出来た「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」が試金石だったんじゃないか。
こないだアタシは「ドリフターズはどれだけ知名度が下がってもメジャーな存在。つまり今は「リトルメジャー」だ」と書きましたが、それで言えば「宇宙戦艦ヤマト」なんかリアルタイム放送時からして「ビッグマイナー」で、これは「機動戦士ガンダム」にも同じことが言えます。
これは本当に面白いところなんですよ。
たぶん「宇宙戦艦ヤマト」に寄って行った人の方がマジョリティであり、ドリフターズ方向に行った人はマイノリティです。でも「宇宙戦艦ヤマト」はマイナーで、ドリフターズはメジャー、という。
つまり「マジョリティ=メジャーなものを好む」、「マイノリティ=マイナーなものを好む」という単純な話じゃない。もちろんマジョリティとマイノリティ、メジャーとマイナー、どちらが優れているかって話でもない。
この場合、メジャー=王道、マイナー=カルトと言い換えてもいいんだけど、とにかくアタシは「マイノリティでメジャー(王道)なものを好む」という人間なのです。(アタシにメジャー好みの印象がないとするなら、それはとっくに<ビッグ>でなくなった時代遅れのものばかり好んでいるから)
正直、これが一番辛い。何故ならリアルタイム以外は<商売>になりづらいから。
こと<商売>として考えるなら、マイナーなものって、仮に細々とであってもずーっと一定数の需要が見込めるのですよ。
しかしメジャーなものって本当、リアルタイム以外では需要が極端に下がる。で、メジャーがくっついてるマイナーの「おこぼれ」を頂戴するしかない。
メジャーなのにマイナーのおこぼれしかないって、こんな悲しいことがあるか。でもそれが現実なんですよ。
とにかくです。アタシが言いたいのは、いいなぁ、アニメファンや特撮ファンはってことだけなんですがね。