だてレビsideBのキーフレームさんが「すべての性癖は治虫につながる」という名言を吐かれていましたが、これね、後出しジャンケンもいいとこだけどアタシも思ってたんですよ。
例えば「鉄腕アトム」なんてその最たる例でしょう。
「鉄腕アトム」には一見、一切の性的なネタがないように見えるけどそうじゃない。何より主人公であるアトムが妙に艶めかしいんです。
アトムはロボットです。そして設定でしかないとは言え男の子です。なのに何とも言えない少女的な艶めかしさがある。
というか、あきらかに手塚治虫はアトムをエロく描いている。エロくったって直接的なものではなく、徹底的にフェチシズム的なエロさです。
「鉄腕アトム」は1959年に実写化されています。ま、今ではメディア化もされたし、それなりの評価もあるようですが、ずっと珍品として扱われてきました。
もちろん原作をそのまま実写になんて出来るわけがないので珍品にならざるを得なかったというか、そもそも実写にしようとしたこと自体が間違いなのですが、アタシはね、手塚治虫は単純に「原作と違う」ことよりも「何で普通の少年にアトムを演らせたんだ。それでは原作のフェチシズムな要素がなくなってしまうじゃないか」って方が強かったんじゃないか。
もちろんこれは妄想ですが、十余年後、何と手塚治虫自ら実写化を企画し、アトム役を女性にやらせるつもりだったと。

つまり「アトムは上半身裸だから少女って設定には出来ないけど限りなく少女に近い」と考えていた証拠だと思うわけで。
田中圭一が手塚治虫そっくりなタッチで下ネタを描く、というので有名になりましたが、では田中圭一作品と手塚治虫作品、どちらがド変態っぽいかってなったら、もう圧倒的に手塚治虫作品です。あ、もちろん田中圭一本人と手塚治虫本人のどちらがド変態かって話じゃないからね。
田中圭一作品はね、わかりやすい下ネタではあるんだけどストレートなんですよ。一方手塚治虫作品は一部の作品を除いて、一見下ネタやエロス要素がないように思える。でもよくよく、ちゃと読んでみると「よくもまあ、こんなド変態な性癖を思いつくな」みたいな強烈なものになってるわけで。
さらに手塚治虫の場合、かなり緩急自在というか濃淡自在にフェチシズムを操れるのもすごい。
「三つ目がとおる」での写楽と和登さんの混浴なんかがそうだけど、ああいうわりとわかりやすいフェチシズムも描けるんですよ。ただロリコンブームに乗じて描かれたと言われる「プライムローズ」は若干失敗気味で、ビキニアーマーを身に纏ったという「ありがち」なところに落ち着いている。たぶん手塚治虫本人も失敗の意識があったからなのか、アニメ版は等身を上げてあまりロリコンっぽくない感じにされています。ま、胸は小さいままで微妙にフェチシズム要素を残しているけど。
さらに妄想を膨らませれば、手塚治虫は「何で今の漫画家はもっとフェチシズムなネタをブッ込まないんだ」と思ってたんじゃないか。
もちろん時代が違うってのもあるし、そもそも成人以上向け漫画という市場がなかったのもある。(おとな漫画はあったけど)
だから直接的な性的表現が不可能で、でもどこかにエロティシズム要素を入れ込みたくてフェチシズム方面に走ったのかもしれないけど、それでもありとあらゆるフェチ要素を、まるで「一話につき一回は入れる」くらいの勢いで常に入れて行くって、もう、やっぱ、手塚治虫自身がド変態だったって可能性も捨て切れない。
実際、手塚治虫死後に鍵付きの引き出しから大量の未発表エロ絵が発見されたという話があるけど、それは恥でもなんでもなく、漫画っつーかフィクションとエロティシズムは切り離せない、という<神様からのお告げ>なのではないか、と。
いやいや、でも子供向けにエロ要素は、なんて甘っちょろいことを言うような若手に「何を言ってるんだ。直接的なエロ表現が出来ない子供向けこそフェチシズムなエロ入れ放題じゃないか」と言ってる気すらする。
つか伊達に「漫画の神様」と言われてないよあの人は。<天才>とかじゃなくてマジで「フィクションの神様」だと思う。
つかもっと長生きしてたら確実に萌え漫画とか日常系漫画とか描いてるよ。んでとんでもないフェチ要素をブッ込んでるよ。
だってそういう人だもん。