いやもう、急激に人気が落ちた代名詞としてピンクレディーの名前が挙がることが多いのですが、実はこれ、ちょっと偏りすぎなんじゃね?とも思うわけで。
実際、上記動画でもそのように説明したんだけど、よくよく考えたら1970年代までの芸能人って今とは比べものにならないくらい落下スピードが早かったのですよ。
20年くらい前から一発屋芸人みたいな言葉が使われるようになりましたが、何か比べてみると昨今の一発屋芸人よりも超速で、本当にあっという間に人気が萎むタレントなんかいくらでもいたような気がする。
インターネットがなかった時代の方がタレントの賞味期限が短かった?そんな馬鹿な!とフシギに思われる若い人もいるでしょうが、これはよくよく調べるとフシギでもなんでもない。
もちろんさらに昔、1950年代までは映画とラジオくらいしかなかったのでタレント寿命も長かった。しかしテレビ時代に入ると様相が一変する。
テレビ局はタレントを完全に消耗品として扱った。これは近々動画でやるつもりなのですが、とくに1960年代後半から1970年代が酷く、酷使しまくった挙げ句「潰れた?はいじゃあ次!」って感じだったんです。
<酷使>ったってスポーツ選手じゃないんだから故障するわけじゃない。タレントにとっての酷使の影響は「飽きられる」ということです。
そりゃあ、朝から晩までそのタレントを使って同じことをやらせ続けるんだから飽きられるに決まってる。マジで「頼む!早く飽きてくれ!!」と言わんばかりに。
しかもこの当時は「下積みも何もなくいきなり実戦投入される」ことなど普通であり、こんなことをされたらどんなタレントでも5年も保てばいい方です。
さすがに、これはテレビ局側ではなく芸能プロダクション側に「やりすぎ」という感覚が芽生え、今はむしろ、どうやったらそのタレントが長持ちするかを重要視するようになった。
ま、これはプロ野球と酷似してますな。
ピンクレディーの先行例として「一時期は爆発的な人気を獲得していながら、恐ろしい勢いで急降下した」アイドル、と言えば天地真理が挙げられます。
紛れもなく、1970年代前半、天地真理は女性アイドルの中でも図抜けた人気だった。主演映画も撮ってるし、冠番組(俗に言う「真理ちゃん」シリーズ)もやっていた。しかも凋落期に入りかけていたとは言え「天下のナベプロ所属」です。普通ならもっと長持ちしてもよい存在だった。
ナベプロはクレージーキャッツ、ザ・ピーナッツなど、あくまでテレビタレントにしては、という前置きは必要になりますが、タレントの消耗についてはかなりナーバスでした。
作家の小林信彦は井原高忠から「11PM」の司会をやらないか、と打診を受け、それを渡辺プロダクション社長の渡辺晋に相談している。
「タレントをやるとか聞いたけど・・・・・・」
「話は『11PM』です。ぼくは向かないでしょうから・・・・・・」
「タレント業は消耗品だからね。作家のやることじゃないよ」
ナベプロと畏怖される渡辺プロの社長の呟きには重みがあった。
しかしこの話には続きがあります。
ドリフターズくらいまでは「タレントの消耗」についてわりとコントロールが出来ていたナベプロが、ザ・タイガースあたりからコントロールが効かなくなった。タイガースも消耗の激しいテレビではなく映画にシフトさせようとはしたのでしょうが、タイガースのファン層と映画というメディアの相性が悪く上手くいかない。結果、グループサウンズの凋落と合わせてタイガースの人気もあっという間に萎んだ、という。
天地真理も同様で、どんどん強大化するテレビの波に飲まれてしまった。
このエントリは天地真理の足跡を辿るために書いてるんじゃないので以降は割愛しますが、とにかく、アタシが小学校高学年の頃には「天地真理?何かそんなタレントいたな」くらいの扱いになってました。
西川きよしが天地真理と対談した時「当時、この人は人気が落ちることはないんじゃないかと思っていた」というようなことを語っていましたが、アイドルとしては珍しい健全ムードというかファミリー向けの要素が強く、アイドルと呼べない年齢になっても上手くシフト出来るんじゃないかと考えていたのは西川きよしだけではなかったはずです。
さてエントリタイトルですが、それこそ小学校高学年の頃の話です。
誰かが「(考えが)甘い、甘いなぁ」と言ったら続いて「甘ち、天知茂」と言い、んで別の誰かがやや小声で「天地真理」と付け足す、みたいなのが流行ったんですよ。あ、あくまでアタシのクラスでは、ね。
問題は天知茂です。
もうこの頃の天知茂は全盛期ではない。1985年死去と考えると晩年と言えるのかもしれない。テレビで「非情のライセンス」や「江戸川乱歩の美女」シリーズで主演はしていたけど、そこまで特別、目立つほどの存在ではなかったと思います。
にもかかわらずです。小学生には「アマチ」と言えばまず天知茂、んで二番手で天地真理だった。
つまりです。何が言いたいのかと言うと、1970年代後半、そこまで人気のあったわけでもない天知茂よりも天地真理はすでに格下だった。小学生にさえ人気や知名度という面で渋い役者の天知茂よりアイドルの天地真理のが劣っていたのです。
先ほどアタシは「5年も人気が保てば良い方」と書きましたが、トップ中のトップだったピンクレディーや天地真理でさえ5年です。んでさらに時代を遡って、しかもタレントの消耗にナーバスだった頃のナベプロに所属していたクレージーキャッツも10年しか保ってない。
それに比べると、2000年代に一発屋と言われたダンディ坂野やテツandトモはいまだにテレビで見かけることがあり、もうぜんぜん、タレント寿命は長くなっている。
いやマジで、この辺のタレント消耗品時代のことはもっとちゃんと研究する必要がある。でないとグループサウンズの評価を見誤る。んで何故、1970年代に入ったくらいから「テレビには出ない」と宣言するミュージシャンが増えたのか説明出来ないと思うのですがね。