本当であればもっと遅く、ドラフト会議の直前になって書くようなネタだと思うのですが、この時期はプロ野球の動きが激しく、となったら忘れるに決まってるからね。今のうちに書いておこうと。
4位赤星、ハア? 何故この程度の選手を4位指名なのかが理解できない。
ノムラが強く押し込んだのかもしれないが、どうせ来年の春にはアンタの愚痴の対象に成り下がってることだろうよ。ここで土谷を指名しておけばと死ぬまで後悔しろ!
これは2000年に行われたドラフト会議直後に「びば」なる人物によって書かれた一文で、ま、結局『死ぬまで後悔』することになったのは書いた当人だったってオチですが、これね、もう一回言いますが「2000年のドラフト会議」の話なんですよ。つまり25年前。つーことは四半世紀になる。
いやはや、あれからもう四半世紀なのか。感覚では赤星が入団したのなんて「ついこの間」に思えるのに、そりゃあトシをとったわけだ。
それはともかく、アタシはこの「びば」という人を嘲笑う気にはなれない。というのも本当に、当時の阪神ファンの心境が実によく現れていると思うからで「新・なんJ用語集Wiki」にもフォローとなる一文が掲載されています。
(前略)当時の阪神ファンは
10年近くにわたる低迷
「高卒選手がチームの主力になる」と主張する小関順二の影響
アトランタ五輪の影響で有力な即戦力選手が指名凍結されていたにも関わらず社会人4人だけを指名し、全員が不振に終わった1995年のドラフトへのトラウマ
などの原因もあり、ドラフトに対して歪んだ見解を持っている者は決して少なくはなかった。特に「アンチ野村・大艦巨砲主義者・高卒信者」などは相当数おり、彼らが赤星・藤本・沖原といった野村の獲得した俊足タイプの社会人選手を叩くのは自然な流れであった。
実際に2chなどにおいても筆者と大同小異の主張は数多く見受けられ、この筆者のみが常軌を逸したドラフト観を有していたとは到底言えない。結果的にこの評ばかりが一人歩きしてしまっているが、一連の顛末は当時の阪神ファンの歪み具合を反映した結果と捉えることもできる。
「大砲を育てろ」とかよく言いますが、これは相当難しい。とくに「2割台前半の打率でいいから30本打てる選手を」とか、こんなのほとんど無理と言っていい。でも「そんな低打率だと使われない」とかではないんです。
結局ね、2割前半の選手はどれだけ打っても20本が関の山で、それこそ昔広島にいたランスなどは例外中の例外で、しかも外国人選手です。これが日本人に限るなら実はほとんどいないんですよ。
変な話、3割30本打つより2割前半30本の方がよほど難しい。そんな変態打者こそ「いったいどうやって育てるんだ」という話になる。
つまり「プロでも30本打てる選手」が欲しければ「プロでも3割打てる」アマチュアでもトップクラスの打者を獲るしかないんです。
今や「粗い打者」の代名詞扱いされているサトテルでさえ、.250を切ったのは新人の時だけで、ホームランを打ちたい=打者としてのレベルを上げることになる→必然的に低打率な打者ではなくなる、のです。
しかし「サトテルのような打者」でさえそうそういない。つか似たようなタイプに見える江越のように大半のそうした打者は大成せずに終わるし、ましてや下位指名で、となると皆無と言い切っていい。極稀にドラフト下位指名の選手が大打者に成長することはあるけど、そんなのかなり稀なケースです。
となったらですよ、下位指名の野手、となったら、もうこれは「守りのスペシャリスト」か「とにかく俊足」か「長打も足もないけどとにかくミート特化型」のどれかしか無理なんです。
でもこれは今だからわかることで、暗黒時代にどっぷり浸かった、しかも弱さの理由の大半が<貧打>だって嫌というほどわかってる当時の阪神ファンにそんなことがわかるはずがない。
ましてや「長打力皆無」「俊足が売り」「小柄」「大学社会人」の赤星など数え役満もいいところで、当時の阪神ファンの怒りはよくわかるのです。
ではアタシは、というと、たぶんこの時代が一番野球にたいして醒めていた。「2000年のドラフト会議」の頃というとちょうど福岡から関西に移住した直後だったけど、福岡在住時はほとんど阪神の情報を仕入れられず、肝心の阪神も暗黒から抜け出せそうな気配は微塵もなく、せっかく4番に育った新庄はメジャーに挑戦し、連日のように監督の嫁(=サッチー)のニュースがワイドショーで報じられている。
まさしく「うんざり」という表現がピッタリで、今さら赤星がどうとか考えることもなかった。つか「どうせ誰を獲ったところで育たないし、そもそもちゃんと育つような選手を獲るわけがない」と思ってたから赤星とか「どうでも良かった」のです。
つか「びば」なる人は『ここで土谷を指名しておけば』とか書いてるけど、土谷、というのはフルネームで言えば土谷鉄平ですが(同年中日ドラゴンズから5位指名。東北楽天ゴールデンイーグルス移籍後、登録名を「鉄平」とし、2009年に首位打者を獲得するなど活躍)、仮に阪神が土谷を指名していたとしても、当時のアタシは「将来首位打者が獲れるほどの選手になる」とか到底思えなかった。
阪神やで?阪神がまともな打者を育てられると思うか?
限界まで育って桧山やで?
※ 2000年終了時点での桧山進次郎のキャリアハイは1996年の.263、22本塁打。しかし年々成績は下降していた
では2025年現在、阪神は変わったか、と言われると実は「こと野手」に限るならあんまり変わっていない。
いまだ生え抜き日本人で30本塁打打つ選手は現れていないし、3割、25本だとしても2004年の今岡のみ、.280、25本まで下げても2020年の大山だけです。
ただしチーム力は2000年当時とは比べものにならない。事実2023年は日本一になったし、2024年も何だかんだ2位にはなってる。もはや「暗黒」でも「お荷物」でもありません。
では投手が格段に良くなったのか、というと、これもそうでもない。あきらかに変わったのは球速だけど(暗黒時代は好投手でも軒並み球速が他球団に比べても遅かった)、ま、せいぜいその程度です。
しかしひとつだけ完全に変わったことがある。それはファンです。
もう誰も「高卒であるか」とか「大砲候補になり得るか」にこだわらなくなったと思う。実際、某巨大掲示板やそのまとめサイトでもそうした意見はあまり見かけない。むしろ大学出身、大学社会人出の生え抜き野手が活躍して日本一にもなったわけで、とくに近本の獲得したことで、さらに下位指名で中野を獲ったことで、阪神はある意味完成品の、しかも足のある打者を獲った方が成功しやすい、とまで言われ始めているわけで。
しかしです。
この流れに持っていけたのは、誰が何と言おうと赤星が活躍したからです。
いくら足が速いという評価でも盗塁出来る選手がまったくいなかった阪神に「盗塁は大きな武器になる」という勝ち方を浸透させ、肩は弱いものの抜群の守備範囲と、打撃も長打力は皆無なのは前評判通りでしたが、高いミート力、そして選球眼とカット技術で相手投手に球数を投げさせ、四球をもぎ取る。
そして何より、それまでの阪神の選手にいなかった気の強さがあればこそ、どんな場面でも結果を出すことが出来たんです。
赤星の成功で「赤星タイプ」は阪神ファンの中で褒め言葉になった。もちろんいくら似たタイプでも赤星のように成功はしないんだけど、少なくとも暗黒時代の頃のようなマイナスイメージはなくなったと思う。
阪神ファンの意識が変わったことで、阪神フロントもだいぶドラフトがやりやすくなったんじゃないか。ま、ファンの声で指名が左右されることはないだろうけど、さらに追い打ちをかけるように「俊足小柄で大学社会人出」の近本が成功したことで、もはや「赤星タイプ=期待出来る」とまでなったと思うんです。
あとはサトテルだよな。ちゃんとサトテルが大成出来たらドラフトで「とりあえず大学出、社会人出なら野手でもそこそこ期待出来る」ってなるはずだからね。