何が楽しいんだ?みたいなレスは、もう某巨大掲示板やそのまとめサイトでは定型レスのようになっており、つかもう、少なくとも10年以上前から散見していました。
しかしこれはマイノリティな意見です。
マイノリティ側がマジョリティ側を莫迦にするのは勝手にすりゃいいけど、マイノリティであるという事実は変わらない。
いやもうはっきり言いましょう。とどのつまり、他人が何かやってることで興味を惹きつけられるのは本能に直結することなんです。つまりアダルトビデオと一緒。「他人がセ◯クスしてる映像見て何が楽しいんだ?」と言ってるのと同じなんですよ。
食欲や性欲ってのは、他人さんがやってるのを見るだけで「そそられる」ものなのです。
品性下劣になっちゃうけど、他人が美味そうにメシを食ってるのを見てヨダレが出てくるのと、他人が気持ち良さそうにナニをしてるのを見て勃起するのと何も変わらない。
しかしテレビやYouTubeなどでは、やはり性欲をそそるような映像は憚られる。ま、それでも掻い潜ってみたいなことはしてるんだけど、あまりストレートにはやれない。
となると、もう、本能関係でそそらせられるのって<食欲>しかないのです。
先日「孤独のグルメ」の劇場版が公開されましたが、あれが何であれほどウケたか、これは「食事」を「セ◯クス」に置き換えたらメチャクチャわかりやすい。
つまり、これまた下衆な表現になるけど、市井の、知る人ぞ知る、一見うらぶれた感じの女性が、実はとんでもなく「いいシャン」だった。
主人公は自分の欲望にまかせて、毎回毎回それらのシャンと<やりまくる>わけで、そう考えたらウケないわけがない。(シャン=美人。大正~昭和初期の流行語。元はドイツ語らしい)
他にもグルメ系ドラマはいろいろあるけど、何で「孤独のグルメ」ほどはウケないかと言えば、仮にアダルトビデオに置き換えてもさほどそそられない設定だからで、その辺の設定が完璧だから「孤独のグルメ」はあれほどの人気になったと思うんですよ。
つかね、グルメ系ドラマでも漫画でもいいけど、まずは「アダルトビデオとしてそそる設定」を考えて、性行為の箇所を食事に置き換えた方がウケやすくなるような。知らんけど。
つかほんの昔、たぶん1980年代くらいまでは、人前で食事の話をするのは<はしたない>という感覚が残存していた。
つまり、食欲=性欲とまでは行かないにしても、かなり近いものである、と捉えられていた気がするんです。
しかし、テレビでこれ以上性欲を刺激する表現はダメだけど、食欲ならイケるんじゃね?同じ本能に近い<欲>なんだし、みたいな感じで、どんどん食欲がタブーという感覚が消滅してしまったと思うんです。
って、オマエはいったい何の話をしてるんだと思われるかもしれませんが、これね、最近メチャクチャ感じているのですよ。
アタシがYouTubeでやってるのは、まァいや、どうでもいいことなのは当然として、それでもざっくり言えば「知識欲を刺激する」タイプということになる。
あと事件系などの考察動画などは一種の脳トレの要素もあるんですが、こうした「脳を刺激したい欲」って、やっぱ弱いんですよね。
知識を増やしたり考察したりって、欲は欲でも、どこまで言っても本能的じゃないんです。というか極限まで追い込まれたら確実に後回しにされる系の<欲>なんじゃないかとね。
そこにいくと食欲は圧倒的に本能的であり、脳刺激系ではどうあがいても敵いっこないんです。
この「美味そうにモノを食う」のが可能なユーチューバーは「顔出ししている」ことが絶対条件です。つまりVチューバーやアタシのようにイメージキャラクターしか出してないユーチューバーには逆立ちしても出来ないということになる。
いやね、アタシは、顔出しの最大のストロングポイントって「メシを食ってるところを流せる」ことだと思ってて、逆に言えば顔出ししてないユーチューバーの最大のデメリットな気もする。
もちろん顔出しさえしてりゃ誰でも食事を映像化出来るかというとそんなわけもなく、これはこれで才能は必要です。
「孤独のグルメ」のもうひとつの成功の要因として、松重豊に「食べ方がキレイ」ってのと「美味そうに食う」能力があった。これは大食いとしてはそこまででもなかったギャル曽根が人気を得たのと同じです。
ま、でも、必要な能力はこのふたつくらいで、意外にも年齢や性別は関係ない。それは「孤独のグルメ」の実例ひとつで十分でしょう。
あとひとつ、食レポ的な才能も必要ない。
もう一回、しつこいですが、アダルトビデオで言えば「勃起させたら勝ち」なんですよ。つか説明の上手い下手で勃起するかが変わるわけじゃない。
とにかく、何でもいいから、視聴者に「自分も食いたい」と思わせられるかが勝負で、多少クチャラーでもそこがクリア出来てたらそれでいいのです。
あ、でも、アタシのように歯抜けだったり、クワマンのように極端に箸の持ち方が変だったらその限りではないっつーか、食いたいと思わせられないのでダメだけど。
・・・ま、それはそうなんですが、水は低きに流れるというか、少なくともテレビがそこ頼りになるのもねぇって気分もあって。
いやね、この手の、この手のってのはエントリタイトルのような「他人がメシを食ってる映像見て」とか言いたがる人間のことですが、こういうタイプが好むのは「ナショナルジオグラフィック」とか「ヒストリーチャンネル」とか、ああいう類いなんですよ。
アタシもそうしたチャンネルは嫌いじゃないんだけど、どうにも、わざわざ、食レポ系を莫迦にしてこの手のチャンネルを見てるって言いたがるのって、どうもスノビッシュな香りがする。
しかし、それはそれとして、あまりにもアンチスノビズムというか、ウケるんだったらそればっかり量産してやれ!というのも、どうも<はしたない>気がする。
今さらね、テレビ局よ、もっと気高くあれ、とか言う気もないんだけど、さすがに「低きに流れすぎ」なんじゃね?と。
今回のフジテレビの問題もね、あまり援護の声がないのは普段の番組が気高さのカケラもないこともあると思う。つか安直なトコロってメチャクチャ援護しづらいのよ。
他人がメシ食ってるところが楽しいか否か、それは問題ではない。でも人間の本能にだけ頼ったような安直な番組ばかり作ってる安直なテレビ局は「何かあった時」に助けようがない。
つまりね、いやフジテレビはフジテレビで価値があるんだ、と思わせるには、ウケなかろうが、具体的には視聴率が取れなかろうが、あくまでリスクヘッジとして「気高い番組」も作った方がいいんでね?と。
何かなぁ。話がズレちゃってるのはわかってるけど、目先のことばっかりなんだよなぁ。喫緊の事態が起こった時のためとか、10年後20年後の未来を見据えて、今は損でしかないこともやっておくって本当はとても重要なことなんだけどなぁ。
ここまで書いてきたように、芸能人がメシを食う番組は本能的なものなのでウケるのは当然だけど、そういうのとか、あと通販番組とか、その辺に全頼りになったら本当にテレビは終わるよ。やるな、とは言わないけど自分らで制限かけないととんでもないことになるよ。
つかね、テレビ局とユーチューバーの一番の違いってテレビ局と言えば「大資本」なんですよ。大資本だからこそ未来へ布石を打ったりも出来るわけで、ま、話がそれすぎるのでこれで終わり。