あ、キー坊ったって、↓じゃないからね。

いやたしかにこのキー坊もキャラ変してるんだけど、今回アタシが語りたいキー坊とは西川きよしのことです。
ま、本当に「誰も気づいてない」かはともかくとして、とにかく↓の動画を見ていただきたい。
アタシが以前から褒めちぎってる「兵動大樹の今昔さんぽ」ですが、どうも新年一発目ということで西川きよしをゲストに迎えて収録したようです。
いやぁ、キー坊、元気やなぁ!と。もうかなりの高齢のはずなのに、意外と年寄り臭さがなくて、ちゃんと「西川きよし」してるのはたいしたものです。
でも、だからと言って「昔とぜんぜん変わってない」ではない。つか「昔とはぜんぜん違う」わけで、でもそれは「老けたから」とか「衰えた」とか「時代に合わせて」とかじゃないんですよ。
西川きよしの人生のクライマックスは間違いなく1986年の参議院選出馬です。
これ、当時から散々いろいろ言われて、相方であった横山やすしは「自分からの逃避」とまで言ってたくらいだし、「キー坊、ホンマは政治とかどうでもええんちゃうん。ただヤッさんと漫才やりたないだけなんやろ」と言われていた。
ま、ぶっちゃけ、当選したことはどうでもいい。しかし西川きよしはこの選挙戦で強烈なキャラをブッ込んできたのです。
「大きいことは出来ませんが、小さいことからコツコツと」
もはや「小さいことからコツコツと」というのは西川きよしのキャッチコピーとも言えるほどのものですが、当然のようにこの言葉は散々イジられたし、若手からイジられることを西川きよし自身も許容してきた。
さらに西川きよしはこの選挙戦の時のキャラをブラッシュアップして「とにかく全身に力が入りまくった」キャラクターに変貌したのです。
これで完全に、どんなバラエティ番組に出ても「横山やすしの相方」というイメージは消えた。それよりも「小さいことからコツコツと」に代表される「力が入りまくった」キャライジりをされる、というのが西川きよしのバラエティ番組での立ち位置になったのです。
しかし、選挙戦の前、つまりまだ横山やすしと漫才をやってた頃は、こんなキャラじゃなかった。
この頃西川きよしは「プロポーズ大作戦」を始めとする数々のバラエティ番組で司会をしていましたが、相方の横山やすしが「基本喋らない」上に、時たま思い付いたようにトンチンカンなチャチャを入れるので、もう西川きよしは進行に必死で自分のキャラなんかないに等しかった。
とにかく、実際にそうなっていたかはともかく、この時代の西川きよしは「ソツのない司会者」になろうと必死だったと思う。
先の動画でも「「てなもんや三度笠」での熊の<中の人>からオロされないように、天王寺動物園で必死に熊の動きを見て研究した」と話してましたが、たぶんこの頃の西川きよしは同志とも言える桂三枝や、先輩格の浜村淳、上岡龍太郎、西条凡児などの「関西の名司会者」の呼吸を取り入れようと研究、実践しようとしていたのでしょう。
というか西川きよしの持ち味は本来朴訥としたものなので、立て板に水タイプの司会者は向いてないんだけど、それでも何とかしようともがいたんだと思う。
しかし、参議院選に出馬することになって、ただ朴訥、というのでは弱いし、かと言って横山やすしの相方のイメージもプラスになるとは思えない。
そこで思い付いたのが、朴訥をさらに突き進めて、とにかくマジメに全力で取り組む男、というイメージだったような気がするんです。
実際、選挙演説では興奮状態だったからだろうけど、力が入りまくっていた。当時、選挙演説をテレビで見たアタシは「キー坊、何をそんなに力んでるんや」と思ってましたから。
もちろんそう感じたのは「それまでのキー坊のキャラとは違うから」であって、司会者時代から力が入りまくりキャラだったらそんなことを思うわけがない。つか「いつものキー坊」として流してたはずなんですよ。
しかし参議院を経てタレントに復帰した西川きよしは「司会者時代」のキャラではなく、選挙演説の時のような「やけに力が入っている」キャラとして帰ってきた。
これ、前にも書いたことがあるかもしれないのですが、あれは1990年代半ば頃だったか、土曜朝に月亭八方とダブル司会する番組があったんですよ。
アタシがたまたま見てた回のゲストが引退したばかりの千代の富士で、入門時68キロしか体重がなかった、という話をしてたんです。
奇妙に思ったのが、とにかく月亭八方がぜんぜん喋らないんですよ。話を進めるのは西川きよしだけ。だから千代の富士が云々、西川きよしが云々よりも、とにかく「八方、喋らんなぁ」と思いながら見てた。
そしたら、とうとう西川きよしが業を煮やしたのか「しかし68キロでも横綱になれんねん」と言った後で「なぁ八方ちゃん!」と突然八方に話を振ったのです。
これ、友人と見てたんだけど、ふたりで爆笑した。とにかくキー坊が全身に力が入りまくった感じで、溜めて溜めて「しかしろくじゅうはちきろでもよこづなになれるねん(ここで爆発)なぁハッポちゃん!」と言うのが死ぬほど面白かった。
あまりにも面白かったので、その友人と「ハポちゃん」という歌を作ったくらいです。
この手の面白さは以前の、つまり司会者時代というか横山やすしと漫才をやってた頃にはまったくなかったもので、西川きよしは見事にキャラ変に成功した。
そしてそのキャラのまま、数々のバラエティ番組でも「力みすぎなのがオモロイ」という扱いになってポジションを掴んだわけです。
そして、冒頭の動画を見る限り、まだそのキャラをやってる。むしろ磨きがかかったって感じで、もうヤッさんとの漫才を想起させることもないのもあって漫才時代のスカしまで入れて、より強固なキャラになってた。
この人、伊達に漫才の頂点までは行ってないわ。もういろいろと「さすがだな」としか言いようがないわけで。