今や「野球選手」という括りでなら、間違いなく一番最初に名前が出てくるであろう大谷翔平ですが、思えば大谷翔平については結構辛辣に書いてきた記憶があります。
というか長年、もう大谷を見てるとね、「巨人の星」のオズマばりの野球マシーンとしか思えなかったっつーか、とにかく「人間味がないな」と思ってた。もちろん勝手な思い込みであって、それが2023年のWBCで「こりゃホンモノの主人公だ」とシャッポを脱いだ、という。
しかしですよ、よくよく考えると大谷が野球マシーンされる謂れは何もない。ライバル扱いされた藤浪晋太郎があまりにも、良くも悪くも人間臭すぎたので対比で言えばそうなんだけど、本当にね、大谷の言動で不快感を感じたことなど一度もないんですよ。
って書けば「良い子ちゃん」みたいだけど、そうじゃない。例えば一平のことなんかまさにそうで、もしあそこで「僕は彼を信じます」なんて綺麗事を言ってたら、それこそただの良い子ちゃんです。
しかし実際は、一平への怒りを隠そうとしなかった。はっきりと「まだ終わってない」と言い切るのはよほどの感情があるのでしょう。
だからと言って暴言を撒き散らしたわけでもない。でもしっかり怒りを持ってることは伝える。これは「社会的常識はあるけど何の感情もない野球マシーンではない」という証明です。
少し話をズラします。
もう、老害という言葉とセットで「新しい<やり方>」なんて言われるけど、これもよくよく考えると、大谷は何ひとつ「新しい」なんて声高に叫んでいないんですよね。
選手として、というよりも<男>として脂が乗ってきた30歳手前で結婚し、近々子供も生まれる。そのことに大谷は喜びを爆発させている。
もうこれって、新しいも古いもない、普遍の感情です。いや子供のことだけじゃなくて、大谷のやってることすべて、野球にたいする感情などを含めて「新しいも古いもない<普遍>」なんですよ。だから老若男女から愛される、と。
もっとそもそもの話をします。
たんなるワガママを新しい古い問題にすり替えて「これが新しいやり方!これが理解出来ない人間は古い!」なんて言いたがる人間は昔からいました。
つまりね、新しいやり方だ!と声高に叫ぶというやり方自体が古いっつーか手垢が付いてるんですよ。
ま、この話はまた今度ちゃんとやるけど、大谷はね、何と言うか「新しいとか古いとか関係ない。良いものはどんどん取り入れるし、良くないものは排除する」というのを徹底してるように見える。
返す刀でアレですが、その辺がね、藤浪はまだ「新しい」にこだわってるように見えてしかたがない。
というかね、大谷と藤浪を比べたら、単純に見た目でも、もう圧倒的に大谷のが「大人」に見えるんですよ。
つか藤浪は言動は除いたとしても見た目がガキすぎる。いやピシッとスーツを着ていても、何かガキっぽいんですよ。
顔立ちだけで言えば断然大谷のが童顔なのに、何故か藤浪のがガキに見えるのはどういうことなのか。
いや、しつこいけど、もしあの時、あの時ってのはメッセンジャーが苦言を呈した時ですが、もし藤浪がメッセンジャーに弟子入りして素直に学んでいたら、今現在もメジャーに舞台を移した「宿命のライバル」であったんだろうなぁ、と思ってしまう。
で、藤浪の顔つきも今とはぜんぜん違う、大人の男感のある感じになってたんだろうな、みたいな。
もちろんこれは憶測です。でも「最新トレーニング」という言葉に無条件で飛びつきそうなのが藤浪、ちゃんと「それ、今の自分に本当にプラスになるのか?」を見極めそうなのが大谷、というふうに思えて仕方がない。
つかさ、もう大谷も藤浪も、中堅を超えてベテランと呼ばれる年齢が近づいてるんですよ。20代前半なら「まァ、若い頃は誰でもそうだから」で片付けていいのかもしれないけど、もう引退のが近い年齢になってるわけで、藤浪も本当にそれでいいのか。精神年齢はガキのままいれても肉体は年老いて行ってるんだけど。
何か大谷の話が藤浪の話になってしまいましたが、今はいいけど引退した後、藤浪のことを考えて「自分は若い頃、こんなショーモナイ奴を目標にしたりライバル視したりしてたのか」と思いそうで。
つかこんな悲しい結末もないと思うだけどねぇ。