ホンモノよりホンモノらしい街・新横浜ラーメン博物館
FirstUPDATE2024.5.8
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 今回のメインテーマは新横浜ラーメン博物館なのですが、その前に長々と関係なさそうな話をしていきます。
 で、まずはこの動画をご覧いただきたい。


♪ お空の色はどんな色?
  お山の色はどんな色?
  夕焼けの色は~

 アタシが子供の頃によく流れていたギターペイントのCMですが、ま、この際「お山の色」の話は置いておく。
 まず「お空の色」は、と聞かれたら大半の人が

「青色というか水色というか、とにかく空色」

 みたいに答えるのではないでしょうか。
 いや、それが間違いと言いたいわけではない。つかアタシもそう答える。
 問題は「夕焼けの色」です。
 ま、基本的にはオレンジ色とか、だいたいそんなところで、これも正解は正解なんです。ただし水彩画を含めた絵画であれば。
 要するに「ライティング有り」であれば話が変わってくるぞとね。
 アタシは2000年代の後半から2010年代の後半まで半分仕事でジオラマの作成をしておりました。ま、ジオラマたって空だけは書き割りにするしかなく、最初はね、夕焼けの時は書き割りをオレンジ色に塗りたくっていたのです。
 もちろん多少はグラデーションを用いて微妙な夕焼けの感じを出そうと腐心したのですが、どうも夕焼けっぽくない。だいたいいくらバックというか書き割りがオレンジ色でも他の建物やキャラクター(粘土人形)が天井から照らされた蛍光灯の光ではムードも何もあったもんじゃない。
 こうなるとやっぱ、ライティングが必要だなとなってね、オレンジ色の光を全体に当てることにした。これでまあまあ、夕焼けには近づいたんだけど、これはこれで書き割り込みで見ると変なんですよ。
 というのもライティングもオレンジ色、書き割りもオレンジ色を中心にしたグラデーションにすると、何だか夕方ってよりも火事のようにも見える。そう、だいたいこんな感じ。

 うーん、何か、ダメだ。いやライティングはオレンジ系統の色しか考えられないんだけど、となると空の色がダメなのか。じゃあ、どんな色にしたら「それっぽく」なるんだ!

 んで、ちょうどこんなタイミングの時に新横浜ラーメン博物館に行ったのです。

 新横浜ラーメン博物館、略してラー博に行ったのはこの時が初めてではない。しかしたぶん、この時よりも前に行った時は純粋に「昭和レトロの再現」「ラーメンを食いに行く」というレベルでしかなかった。
 しかし、リアルな夕方の再現ってどういうことだろ、と悩みを持った状態で行ってみると、これが本当に、実によく考えられたテーマパークだ、と思わされたんです。
 とくにアタシを悩ませた「夕方の空の色」です。
 ラー博は全天候型というか地下に作られた施設なので、空と言いながら天井がある。で、この天井が夕焼けらしくオレンジ色のライトで照らされている。ここまではアタシもわかっていた。
 しかし問題は天井の<地>の色です。これがオレンジ系統の色じゃない。じゃあ何色なのか。

 見ていただければわかる通り、何と<青色>というか<水色>というか<空色>なんですよ!
 描かれた雲を含めて、もし普通の蛍光灯で照らされていたら昼間の空であり、それにオレンジ色の光を当てることで絶妙な夕焼け感が出る。
 言われてみれば「なぁんだ」かもしれませんが、これに気づかなかったアタシは冗談抜きに目から鱗だった。
 以降です。ラー博という疑似昭和の街というテーマパークが如何に練りに練った、本当に良く出来た施設と気付いたのは。

 とまあ、ラー博がどれほど考えられた、というか「昭和の夕方の光景の再現」に力を注いだかの説明がしたくて個人的な経験を書いてみたのですが、とにかく、本当に細部へのこだわりがすごいな、と。
 まずすごいのがその構造です。

 ラー博は1階が年表を展示してあったり、ラーメンに関係するグッズ売り場があったりで、ここは昭和っぽさはない。この辺の割り切りがまずすごいんだけど、それをどうやって昭和の光景に誘うか、この演出が抜群なんです。
 一応エレベーターも用意されてるとはいえ、普通は階段を降りていくというふうになっており、つか階段の下に薄っすら、何だか変なものが見えるという演出になってる。つまり「何だこれは」と自然に階段を使いたくなる仕組みになっているのです。

 そして一段一段、階段を下る毎に、暗く、そしてほんのり不気味なムードが立ち込める。
 この演出は本当に上手い。
 そういや「地下鉄に乗って」という、浅田次郎原作の映画がありましたが、この映画でもタイムスリップの<演出>として階段を実に上手く使っており、階段の昇り降りって異世界へのルートとしてメチャクチャ使いやすいのです。
 もちろん「地下鉄に乗って」よりもラー博の方が早いので、もしかしたらあの演出はラー博に影響されたのかね。

 で、さらにすごいのが階段を降りきった後で、一気に景色が開けて「昭和の光景」が一望出来るようになってる。

 これ、どこかで似たような体験をしたな、と記憶をまさぐると、ああそうだ、甲子園球場と同じだ、と。
 甲子園球場は構造自体は古い。ま、大正年間の建築物なので古くて当たり前なのですが、にしては「これ、当時からこの演出を考えて設計したのか」と思えるほど完璧で、ゲートを抜けて、薄暗い階段を昇って、観客席に出るとそこに広大な芝生が広がるグラウンドがあり、ナイターならばカクテル光線が降り注いでくる、という。(ま、今はLED照明ですが)
 アタシは甲子園球場に行くたびに、観客席に出た瞬間感動をおぼえる。それもこれも、グラウンド自体が美しいのはもちろん、やはり演出もあるのでは?と思うのです。
 これを見事に再現しているのがラー博で、階段を降りきった先にある昭和の光景は実際以上の感動がある。あ、自分は昭和の世界にタイムスリップしたんだ、と上手く脳内を騙してくれるんです。

 ラー博はいわば地下中二階と地下三階みたいになっているのですが、これも実に上手い。
 地下三階の方は昭和の駅前っぽい広場になっており、ここに人が集まるように出店しているラーメン店もこの広場に集中しています。
 普通であれば、つかあくまで「ラーメンミュージアム」として考えるなら、この地下三階の広場があれば十分なんですよ。
 しかしそれだけでは終わらせない、という気概を感じるのが地下中二階の存在です。
 地下中二階には二軒ほど出店ラーメン店があるだけで、しかもそのうち一軒は階段を降りてすぐの場所なので、正直そんなにラーメンとは関係ない。
 でも「昭和の光景の再現」を目指したとなれば、もしかしたらこの地下中二階こそがラー博の本体かもしれないのです。
 昭和っぽい狭い路地を再現していることがまず良いのですが、微妙に道がクネクネしているのがすごい。普通に作れば真っ直ぐになるし、真っ直ぐの方が絶対に安上がりだと思うんですが、わざわざほんのちょっとクネクネさせることによって路地らしさが大幅にアップしているのです。


実際には店構えだけで中に入れない店がほとんどですが、それでも駄菓子屋や喫茶店は本当に営業しており、さらには派出所の中に入れたり、ちゃんと丹頂式の電話ボックスがあるのもニクい。(長いことドアが壊れたままだけど、それも御愛嬌)
 電器屋にはテレビがディスプレイされていて、もちろん昭和30年代のモノクロテレビですよ。ここで昔の映像を流している、なんて「ラー博ならそれくらい当然」と思わせてくれます。
 看板と店構えだけとは言え怪しげなバーがあったりね、この辺はリニューアルしてホントに営業して欲しいわ。
 それと、実は薄っすらとBGMが流れてて「まぼろし探偵」の歌なんかがかかっているのですよ。
 これはまた別件で書きますが、「まぼろし探偵」の歌ほど「昭和30年代の空気感が詰め込まれた歌はない」と思えるほどで、この辺の選曲もさすがとしか言いようがない。
 これは地下三階になりますが、不動産屋の物件の貼り紙も実に「らしい」し、というか映画の看板なんかはそりゃラー博だしと思えばこれも当然の仕事です。

 もちろん、全体的に絶妙なウェザリングを施しているのは言うまでもありません。
 ウェザリング=風化なのですが、主にプロモデル界隈で使われる言葉で、ま、アタシもジオラマをやっていた、しかも昭和の光景のジオラマを作っていたのでウェザリングは多用していたんだけど、簡単に言えば「ツルツルピカピカではなく、人が使った形跡のある<汚れ>を加えることによってリアリティを増す」という手法です。

 しかしね、これが本当に難しく、ただ汚いってだけじゃ意味がないし、ましてやラー博のように体験型というか、それこそ建物は客が触る可能性があるわけで、本当に汚してしまったら客の手が汚れてしまう。だから「汚れているように見えるけど、そういう塗装になってるだけ」みたいにしなきゃいけないわけです。
 この辺りもラー博は本当によく出来ていて、風合いは演出してるけど、触っても手が汚れることはありません。
 が、です。
 ウェザリングってのはいわば<偽>でしかなく、どれだけ上手くやってもホンモノの風化に適うわけがない。ラー博がいくらよく出来た施設だとはいえ、正直オープンしてしばらくは如何にも<偽>の風合いというのが消せなかった。

 アタシが初めてラー博に行ったのはオープンして3、4年目くらいだったと思うけど、その頃のラー博と令和になってからのラー博は別モンだと思う。
 まだまだ「作り物の昭和」感が強かったオープンしてしばらくと、もはや作り物感がなくなってきた令和のラー博は違う、と言い換えてもいい。
 何故作り物感が薄れたか、それはオープンから30年以上経過して、施設自体にホンモノの風化が見られるようになったからです。
 もちろん風化だけの問題ではない。
 <街>というのはそこに住む人々、偶然訪れた人々を含めた、何とも言えない感情が壁やなんやに染み込むものだと思ってて、いわば人々の喜びや悲しみが全部街に染み込んでいる、それが街の魅力なんじゃないかと。
 しかし新興の街にはそれがない。いくら小綺麗な都市計画を施して作られていても、どうやっても寒々とした空気が消えない。
 それを解消するのは、もう<年月>しかないのです。時間の経過がなければどうしても寒々とした空気感が出来てしまう。
 しかし、逆に言えば、いずれは、あくまでずっと、そこで人々が生活しているという前提が必要ですが、そうした寒々とした空気は消えるのです。

 ところが作り物の街にはそれも難しい。だいたい、ラー博のような再現型のテーマパークは意外と寿命が短く、空気感が出来る前になくなってしまう。いや施設としてはなくならないまでもこの手の施設は現状維持が非常に大変というかカネがかかるので、縮小されたり縮小されないまでも別の形になってしまうケースも多いんです。
 昭和をテーマにした博物館は他にもあります。そして西武園ゆうえんちは2021年に大リニューアルを施し「昭和をテーマにした」遊園地に生まれ変わった。

 ただ、いったい何年続くの?となると今の段階ではわからない。西武園ゆうえんちだって今の形で30年続けばラー博のように良い風合いと空気感が生まれるかもしれないけど、いやぁ、30年も今の形で続けるって大変だよ。30年って2050年代だよ。そんな続くかね?

 つまりラー博は一種の奇跡なんです。当然それは関係者の尽力があってこそだけど、それにしても30年もやったことでニセモノは限りなくホンモノに近づいた。いやもうこれはホンモノよりもホンモノらしい街ではないかとね。

すでに「新横浜」として一回書いてるのに「またかよ」って感じかもしれませんが、District、となれば「新横浜」と「新横浜ラーメン博物館」は別個なんですよ。
それくらい、ラー博はひとつの街として完成されてる。たしかに新横浜周辺にはあるけど、何だか「行政が違う」という感じなんですね。
もし今後、ラー博を超える昭和レトロ施設が出来るとするなら「宿泊出来る」というのがポイントかな。もちろん昔の旅館風というか、畳の部屋に布団を敷いて、みたいな。んで大人数で泊まった時は枕投げなんかも出来たりね。
そういう、昭和のポジティブな箇所だけをどれだけ上手く抽出出来るかでしょうね。と同時に如何にして令和感を抑えるか。
インターネットなんか遮断してもいいね。というかデジタルデトックスに使えるみたいになったらそれはそれで面白そうなんだけど。




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