メタバースの理想はMOTHER2+ワールドネバーランド
FirstUPDATE2024.3.29
@Scribble #Scribble2024 #電脳 #ゲーム #AI #インターネット ワールドネバーランド ノンプレイヤーキャラクター ChatGPT MOTHER2 まとまり皆無だけどアップしてしまう 単ページ #プログラミング

いや、もしかしたらですが、もうメタバースという概念自体が古いのではないか、という話でして。

メタバースでもセカンドライフでも何でもいいのですが、これらは「インターネット越し」ではあるんだけど、あくまで、人間がインターネットの向こうにいる世界、というのが基本ラインです。
つまり、こうなっては最終的にリアル世界と変わらなくなる。つかいくら仮想空間だとしても誰も無法地帯になんか首を突っ込みたくない。
でもね、そんなのこうした仮想空間に限った話じゃなくてインターネットに秩序を求めるのがどれほど難しいか、わかってない方がおかしいレベルです。

これもしつこく書いたけど、インターネットを見ると如何に性善説に無理があるかよくわかる。
人間は最終的に、そりゃ大小はあるけど、どちらにせよ大なり小なり悪いことをするもんだ、と考えて構築した方がはるかに実利的です。
そうは言っても「悪いことなどまったく出来ない」というようながんじがらめのシステムにしてしまうと途端につまらなくなる。つかその辺の匙加減は本当に難しいし、実現出来た例を探す方が難しい。

それなりの自由度があって、でも最低限の秩序が守られてて、しかも個人が悪いことをしたとしても大多数のユーザーに影響を与えない、となったら、結局最終的にはオフラインに回帰するような気がするんです。
リアルな人間とのコミュニケーションを取りたいなら他に方法はいくらでもある。つか何もゲーム風のインターフェイスでやる必要がない。
これも前に書いたけど、SNSは人と人のコミュニケーションに特化したサービスで、その時も書いた通り「コミュニケーションを取ることに特化してある」ので圧倒的に使いやすい。
また、少なくとも仮想空間よりはまだ、いや本当に「まだ」ってレベルだけど、秩序を保つのは易しいわけで。

つかね、仮想空間はせいぜい「同じリアル空間にいる人とのコミュニケーション限定」くらいの方が絶対に展開しやすいのですよ。
つかさ、何でもかんでもインターネット越しで離れた人と、とかね、とはあんまりやるべきじゃない。さっきも書いたように悪意のある人なんかゴマンといるし、そういう人を避けるのもSNSの方がまだやりやすい。もし仮想空間で悪意にあふれた人と遭遇したらリアル体験並みのトラウマになる可能性だってあるのに。

さて、ここ1、2年で急速と言っていいレベルでAIが「普通の人が使える」ものになりつつありますが、だったらね、仮想空間にだけ存在する、まるで人間が操作しているかのようだし会話を試みても人間としか思えないんだけど、実はAIだった、みたいなことが可能なんじゃないか。
実際、ChatGPTなんてあるわけだし、あれをもっと発展させてね、いや間違いなく近い将来「これ<中の人>がいるだろ」レベルにまでなるのは確実ですが、あらかじめそういうAIキャラを組み込んだ仮想空間があってもいいと思うんですよ。

もう、マップから何から何まで自動生成してやる。当然敵味方全員のキャラクターも細かい設定やグラフィックも自動生成。もちろんすべてランダムで。
つまり二度と同じ<世界>は出来ない。AさんとBさんで同じゲームをやってるはずなのにストーリーから登場キャラクターまで、本当に何から何まで違う、というね。
これだってぜんぜん実現可能でしょう。もし今は無理でも将来的には絶対出来る。
いやアタシは最近のゲームに疎いので、もうあるのかもしれないけどさ。

そういや昔、プレイステーションで「ワールドネバーランド」というソフトがありました。
アタシは何のことか「ワールドネバーランド(以下、ワーネバ)」の開発者の人に話を聞いたことがあるんだけど、もうどんな内容だったか忘れた。
しかしこのゲーム、本当に画期的だった。つか「これは本当に画期的だ!」と思ったからこそ取材を申し込んだわけで。
いったい何が画期的だったかはWikipediaを引用しておきます。

プレイヤーの操作するキャラクター(PC/筆者注・プレイヤーキャラクター)がそれぞれの国に移住し、自由に生活を営んでいく。「PCができることはコンピュータの操作するキャラクター(NPC/筆者注・ノンプレイヤーキャラクター)にもでき、NPCのできることはPCにもできる」というPC=NPCシステムを取っているので両者は平等である。とても自由度が高く、武術・仕事や恋愛・子孫繁栄などに自分なりの目標を設定出来、自分なりの人生を送ることが出来る。


それまでのゲームっつーかRPGのNPCは「プレイヤーに情報を与える」という役割があるだけ=掲示板を掲げたカカシに近く、まるで本当にそこの街で生きている、という感じはまったくなかった。
ところがワーネバの場合、NPCの実存性に力を注いでおり、とはいってもプレイステーションの時代なのでまだまだ簡易なものでしたが、少なくともそれまでのゲームとは比べ物にならないレベルで「生きている」感、つまり生活臭があったんです。
しかし、当たり前だけど、秩序やモラルから逸脱したことはしない。つかそうプログラミングされてるわけで。

要はこれをAIを使って自動生成しようという話なのですが、外枠としては、あくまで個人的な趣向ですが「MOTHER2」が一番いい。
あの世界観とグラフィックは本当に素晴らしい。いやグラフィックというと「コンピュータグラフィック」って思われるかもしれないけど、デザインとして本当にすごいんですよ。
アタシはココに「最後に熱中した<ひとり遊び>ゲームがMOTHER2」と書いたけど、今さら「もう1回、アタマからケツまで遊びたい」とは、いやもう1回ストーリーを楽しみたいとは思わない。
でもあの街でもう1回、冒険も何もせずにキャラクターを動かしまくってみたいな、とは思っています。

さらにほんのりと「どうぶつの森」要素を付加してね、家が建てられたり店が経営出来たりしたら、もうそれだけで十分楽しいんじゃないかな。
もし<有り体>のゲーム要素を入れるにしても、トレジャーハントみたいな完全なお使いゲーにして、全体を貫くような展開は不必要な気がするんです。
え?それじゃ2Dというかドット絵になるって?そこはどうでもいいんですよ。ドット絵で遊びたい人はドット絵で、3Dで遊びたい人は3Dで、HМDに対応すれば、もうそれこそ完全なる「オフライン版メタバース」になるだろうし。

要するにドット絵か3DかVRかなんて「全対応」にすりゃいいだけの話で、何だか進化とかそういう話じゃない気がするんです。
しかしオンラインかオフラインかは両対応はあり得ない。つか成り立たない。いやそれこそ「どうぶつの森」シリーズとか、あと「マインドクラフト」なんかはまさに「オフライン(=ノンプレイヤーキャラクターしかいない世界)」と「オンライン(インターネット越しにいるリアルな人間がいる世界)」のバランスが上手く取れた稀有な例だけど、いっそ割り切ってオフライン専用にした方が、それはそれで逆に世界が広がる気がする。

いやインターネットという<仕組み>を使うにしても、RPGでありながら自分が主人公になり切って遊ぶのとは若干違う、原作のあるキャラゲーなんか、例えば一章をクリアする毎に「その章をクリアした「インターネット越しのリアルな人間」の感想が表示される」とかね、そういう使い方もあるんじゃないか。
つかさ、これはゲームに限らずエンターテイメントから生活に至るまで言えることなんだけど、主役は自分たったひとりなんです。どんな人間だろうがソイツの中ではソイツが主役。当たり前です。
ゲームというのは本来主役はひとりです。なのにオンラインゲームにしたら無数の主役が出来てしまう。それはそれでアリかもしれないけど、秩序やモラル、んで何よりゲームバランスをキープさせるって制作者からしたらあまりにも難しいことなんじゃないか。

何だかまとまりがないけど、この後どれだけ書いてもまとめられる自信がないのでこれで終わり。







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