えと、今日はクリスマスですか。いやイブか。どっちだっていいって話だけど、アタシはね、クリスマス、なんて聞くと条件反射で「社長の愛人」というワードが浮かぶんですよね。
あれはたしか2001年のことだったと思う。
その頃アタシは東京は荻窪の、社宅のようなところに住んでおり、この年の12月24日は振替休日だったのですが、クリスマスイブだというのにデートの予定もなく、社宅でゴロゴロしておりました。
アタシと同じく、もうひとり営業の人もやることがないようで、というか、たしかその営業の人は当時遠距離恋愛中でカノジョとずっと電話していたような気がする。
他の社員はというと、遊びに出掛けた者、休日出勤を強いられた者、様々でしたが、とにかく社宅にはアタシと営業の人のふたりしかいなかった、ということになります。
夕方になって社宅の共同電話が鳴った。
アタシが出ると相手は何と社長で、おおお前か。みんなおるか?ときた。いえ他は営業の○○さんだけです、と答えると、そうか、ほんなら新宿でメシ食うから来いや、と。
正直、クリスマスイブだというのに、何で社長とメシを食わなきゃいけないのか、面倒にもほどがあるけど、さすがに断るわけにはいかない。何たって相手は社長だし。
営業の○○さんに「社長が言ってるから行きましょう」と言ったものの、当然○○さんも渋ってる。当たり前だよ。遠距離恋愛とはいえ、今日は恋人たちのクリスマスイブだよ。なもん、嫌に決まってる。
渋々、としか言いようがない心境で、アタシと○○さんは社長の指定する場所に向かった。
社長がいた。当たり前ですが、もうひとりいる。そのもうひとり、ですが、もう何の説明もいらない。見ただけでわかるレベルの「社長の愛人」です。
何だこの組み合わせは。アタシ、○○さん、社長、社長の愛人でメシを食う。こんなイビツなクリスマスイブがあるか。
社長の肉好きはよく知っていました。一度、社長を交えてクライアントと打ち合わせしたことがあったのですが、打ち合わせ終わりに行ったとんかつ屋が異様に美味くて、アタシと顔を合わせるたびに「あそこのとんかつ、美味かったなぁ。また今度行こや」と言ってくる。
そんな社長だから「たぶん肉だろ」というのは想像がついたけど、これが高層ビルの上階にある、かなり高級な店でね、実際ここの肉っつーかステーキはマジで美味かった。今でももう一度食いたいと思うレベルです。
それにしてもですよ。
食事中の会話が、まあぎこちないぎこちない。
社長はフランクな人なので、普段は会話に詰まるってことはないんだけど、何しろこの場には「社長の愛人」がいるんですよ。またこの愛人とやらが、あまりにもわかりやすく「愛人でごさい」ってのを醸し出してくる。
こんな場で、いったい何を喋れというのか。当然仕事の話なんかする雰囲気ではないし、かといって雑談はもっと難しい。
せいぜい「いやぁ、この肉、マジ美味いっすねぇ!」なんて言うくらいしかない。ま、実際美味かったから嘘ではないんだけど。
約2時間後、無事、いや、正確には「何とか」お開きになった。良かった良かった。
しかし会計にはビックリしたね。しつこいけどメンツはアタシ、○○さん、社長、社長の愛人の4人。4人で、異様にいっぱい頼んだってわけでもなかったのに、20マンを超えてたんだから。そりゃ、肉も美味いわさ。これで不味かったらそれこそ詐欺だよ。
そしてもうひとつしつこいけど、この日はクリスマスイブ。年末のこの時期と言えば福引きなんかをやってたりしますが、そこの高層ビルも福引きをやっててね、んで会計が終わると福引き券をくれた。くれたんだけど、これには驚いたね。10センチはあろうかというほどの束。ま、20マン分の福引きならそうなるか。
「おい、これやるから、福引きして帰れや」
そ、そうか。ま、せっかくだから、やるか。
社長と社長の愛人と別れた後、1階にあった抽選会場に行った。
「お前、先にやれや」と○○さんに言われたので、例のガラガラを回す。ハズレ。次、○○さん。やっぱりハズレ。うーん、当たらない。いや別に当たらなくてもいいけど、当たらない。
係りの人に「あと何回くらいできますか?」と聞いたら、そうですね、軽く100回以上は、ときたもんだ。
その後も交互に、交互たって1回ずつ交互ではキリがないので10回ずつとかにしたんだけど、マジで終わらんのよ。あんなに、腕が疲れてガラガラを回すのがしんどい、なんてなったのはあの時一回こっきり。
♪アァィドリミィンッ オブァホァァクリスマァ~
新宿という日本を代表する歓楽街の、とある高層ビル。
館内にはこれでもか、とクリスマスソングが鳴り響いている。
まわりを見渡せば、行き交う人、みなカップル。
なのに、フロアの片隅の福引きコーナーで、オッサンがふたり、必死に福引きを回し続ける。こんなシュールな光景があるか。んで、こんな虚しいことがあるか!
・・・やっと、やっと、福引きが終わった。たいした景品も当たらないまま。
オッサンふたり、ポケットティッシュがどっさり詰まった紙袋を抱えて、呆然となっていた。
「帰ろか・・・」
「帰りましょか・・・」
しかしさ、福引きってこれほど当たらないもんなんだね。マジでこの時に痛感したわ。この虚しさはさっき食った馬鹿美味いステーキを無にするほどの出来事だった。
んで、社長は今頃、・・・いや、そんな生々しい想像が出来るか!当時すでにアタシはオッサンだったけど、今よりはずっと若者寄りだったぞ!
そんな若者寄りのアタシは、まるで「おひとりさま行為」を暗示するかのようにティッシュを山ほど抱えて家路に向かい、もう完全無欠のオッサンの社長はこれから愛人としっぽり・・・
クソ!今にみておれ!アタシも社長になって愛人を、なんて思ったけど、愛人の前に、いやもういい。