酷使酷使とうるさい輩
FirstUPDATE2022.11.7
@Scribble #Scribble2022 #プロ野球2022年 単ページ 酷使 久保田智之 権藤博 伝説化

ネット界隈ではちょっとでも登板がかさむと「酷使!酷使だ!!」と騒ぐ輩がいますが、そもそもそういう人は「自分だったら」みたいな置き換えをしすぎだと思うだけで。

そもそも野球選手の場合、いやこの際プロ野球選手は個人事業主だとか抜きにして、やっぱりね、何というか「輝き時」のようなものがあると思うんですよ。
もちろん中には20年近く輝いていられるレジェンドもいますが、ほとんどの選手は輝けるのはほんの一瞬で、極端に言えば5年でも「プロ野球で活躍した」と胸を張って言えるレベルです。
その5年の「輝き時」をどう使うか、そして「輝き時」の後に必ず訪れる「黄昏時」をどう使うかはその選手の気持ち次第なんじゃないかと。

例えば空前絶後の年間90試合登板を果たした阪神の久保田の場合なんかで言えば、まァ、世間的には「酷使されて潰された」ってことになっている。
しかしね、アタシは違う見方をしてしまう。むしろ「輝き時」にいっぱい使ってもらえたからこそ、それこそJFKの一角として今でも語り継がれる存在になったんじゃないか。
あと「権藤権藤雨権藤」でお馴染みの権藤博だって、新人から2年連続30勝なんてとてつもないことをやったからこそ、その名声を得ることが出来たと。

じゃあですよ、もし久保田や権藤が大事に使われて、それで選手寿命が本当に伸びたのか、それはわからない。
いや伸びたのは伸びたとしても、では成績ではなく全盛期並みのボールを何年投げ続けられたのか、というと、そんなに変わらない気がするんですよ。
権藤で言えば、ではルーキーから150イニングで10勝程度の成績を10年続けられたとして、それでやっと100勝程度です。しかもせいぜい「並みの投手だった」という実績しか残らないわけで、それだったら仮に酷使で壊れたとしても、アタシならルーキーから2年連続30勝を選ぶよ。

プロ野球選手として輝ける才能を持った選手は、短くても強く輝く、か、長く鈍く輝く、かを選ぶ権利がある。
あるんだけど、強く輝くを選んだ選手には、金銭での報酬をより多くするべきだし、個人的には「長く鈍く輝」いた選手と生涯獲得年俸が同じくらいになるようにして欲しい。
つまり、まァ監督やコーチならともかく、ファンっつーか外野か口出すことではないって話で。

もうひとつ、肉体ってのは野球選手に限らず本当に個人差が酷くて、毎日節制に継ぐ節制しても病気がちで短命の人もいるし、何ら身体に気を使ってるわけでもないのに病気知らずで長命の人もいる。
当然野球選手だって同じでね、そりゃあ、怪我してるのに無理矢理投げさせるとかは言語道断だけど、肉体の管理をキチンとさせて、もちろんケアもしっかりした上で「問題ない」となったら、別に何連投しようがどうでもいい。
逆もまた然りで、肉体への負担が酷くて怪我のリスクを伴うなら、極端に言えば「コンディションを見ながら年間5試合程度の登板」でも仕方がない。

つまり、これまた選手次第ですよ。
というか球団が「今日で○連投目!」とか素人でもわかる数字しか持ってないわけないじゃん。







Copyright © 2003 yabunira. All rights reserved.