俺たちの誇り
FirstUPDATE2020.11.19
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♪ スタジアムに響きわたる歓声ェを
  吸いこォんで あァなァたはゆっくり立ァち上ァがる~


 リンドバーグの「every little thing every precious thing」と藤川球児は切っても切り離せない。そんなことは言うまでもないのですが、ここで藤川球児本人の話の前にちょっとだけ「選手登場曲」の話をしたいと思います。

 いろんな説があり、ま、たぶん誰も憶えてないだけなんだろうけど、選手登場曲という<文化>が日本で(おそらく世界でも)はじまったのは1990年代らしい。
 さらに我が阪神タイガースというか甲子園球場で、となるとまるでわかりません。しかし鳥谷が入団した翌年(つまり2005年)にはすでにあったように記憶しているので、おそらく2000年代前半、というのが濃厚のはずです。
 正直、この選手登場曲というものの必要性が、最初はまったくわからなかった。そりゃあリリーフ投手の場合はインターバルがあるのでわりと長めに流れるけど、打者ならほんの2、3小節、先発投手ならそもそも試合開始前なので誰も聴いていない、という。
 その中でも上手く浸透した例が関本賢太郎の「♪ エービバーデ セェ(セキモト!)」でしょう。
 しかしあれはオリジナルに近く(実際はポルノグラフィティのライブでの掛け合いらしい)、既存曲で、となると本当に知名度が高いのは巨人の阿部慎之助の「セプテンバー」(Earth Wind & Fire)くらいじゃないでしょうか。
 何が言いたいかというと、せっかく登場曲を設定したところで、その選手のイメージソングはおろか楽曲と選手を結びつけてるのなんてせいぜい<濃いファン>くらいなんですよ。

 そう考えると藤川球児と「every little thing every precious thing」の関係が如何に<規格外>だったかわかる。
 何しろ藤川球児の活躍に連動する形で、十数年の時を経て「every little thing every precious thing」が再発売された。しかもジャケットにはリンドバーグではなく藤川球児の投球シーンの写真が使われている。前代未聞というよりは空前絶後で、おそらくこんなこと、二度とない気がするんですよ。
 だって条件が厳しすぎる。楽曲を聴かせる長さを考えるならリリーフ投手に限られるし、リリーフ投手という役割で<ある意味伝説となる>投球をしている、さらに楽曲そのものもローテンポで歌いやすくなければならない。
 もっと言えば、再発売レベルの話になれば、やっぱ「人気球団の選手」ってのも条件に入ると思うしね。

 藤川球児はいろんな伝説があります。
 それこそ清原の「○○ついとんか」発言からはじまって、JFKの大看板として、オールスターでのストレート一本でカブレラと小笠原を三振に取る、ウッズとの伝説の対決、矢野の引退試合での被弾、メジャー挑戦、独立リーグ、そして阪神に復帰、2019年のクライマックスシリーズでの雨中での登板、エトセトラエトセトラ。
 ただし、最初のっつーか入団してしばらくは、ね。もう、いやはや、如何にも「典型的な阪神のダメドラフト1位投手」って感じで。

 もうこれから数年後には考えられないかもしれないけど、とにかくストレートが<おじぎ>する。スピードガンの計測も「遅くもないけど速くもない」(あくまで当時の遅い投手しかいなかった阪神基準)で、器用さはあるかもしれないけど、どう想像をたくましくしても投手として大成しそうな気配は微塵もなかったんです。
 この頃阪神贔屓の友人と藤川球児の話になるとお互い言うことはいつも同じ。

とりあえずタバコを止めろ
メシを食え


 もう、これだけ。つまりは「飛び抜けた素質がありそうな感じがないわりには意識も低そう」というね。
 当時の阪神の投手ってこんな感じの選手ばっかりだったんですよ。他球団の選手と比べると身体がひと回り<薄っぺら>くて、ヘラヘラしながら、練習に身が入った様子もない。
 しかも、まァこれはどうしようもないんだけど、藤川球児の顔立ち自体が俗に言う<笑い顔>で、余計にヘラヘラしてるように見えたという。
 まァね、打たれてもヘラヘラしてるのなら、それはメンタルの強さと言い換えることが出来るかもしれない。だけれども打たれた後は見てられないほどの悲壮感が出てしまう。顕著だったのが2003年4月の東京ドームでの、後藤に食らった同点ホームランの直後でしょう。

 アタシはもう、藤川はダメだと思っていた。
 2003年と言えばご承知の通り、星野仙一監督の元でリーグ優勝を果たした年で、イキの良い若手もすいぶん育ってきた。とくに無表情で150キロ中盤をバンバン投げるルーキー久保田智之には心底シビれました。
 藤川が久保田とは比較にならないのは当然として、金澤健人あたりと比べても(能力云々とは別に)何というか、魅力がない。
 ところが2004年の終盤に片鱗を見せ、そして翌2005年の大ブレイクにつながるのだから世の中わからない。

 何故ブレイクしたか。これはもう、山口高志の指導のおかげで前々年までの「へなちょこストレート」が「火の玉ストレート」になったから、しかないのですが、アタシが驚いたのが顔つきが変わったことでした。
 もしかしたらこっちの見え方が変わっただけかもしれない。それでも「ヘラヘラ」に見えたのが、宍戸錠ばりの「ニヤニヤ」にしか見えなくなった。能力が上がることで周りの見る目も変わる典型かもしれません。
 以降、アタシは何度も何度も藤川球児に熱い気持ちにさせられた。感涙したことも一度や二度ではない。
 しかしアタシの中で、まァ引退試合は別として、ボロ泣きに泣いた試合は、ある意味意外な試合かもしれません。

 あれは2016年。この年から背番号18を背負って阪神タイガースに復帰した藤川球児が任された役割は<先発投手>でした。
 これにかんしては当時からいろんな意見があった。とくに岡田彰布元監督の「(球児は)長いイニングは無理やからリリーフにしたのに」というのはまったくその通りなのですが、トミージョン手術をして「連投が効かない」ということを金本知憲監督(当時)が考慮した、というのが答えだと思う。
 しかし、そうは言っても岡田の言う通り無理なものは無理で、先発投手としての藤川球児はあまり良い結果が残せなかった。
 早々に先発失格になり、以降は中継ぎというよりはほぼ敗戦処理としての登板がほとんどになりました。

 この頃阪神のリリーフ陣はマテオがセットアッパーでドリスがクローザーだった。
 しかし5月半ばになって、マテオはコンデション不良でドリスも登板がかさんで疲労困憊。
 5月18日、ついにドリスをベンチから外した。これはしょうがない。いたら<つい>使っちゃうんだから。
 この日の対戦相手は中日ドラゴンズでしたが、そりゃあ負けるのは良くないけど、負けた展開で9回を迎えるか、それともセーブシチュエーションではない勝ち展開(つまり4点以上のリードをもって)9回を迎える、このどちらかしかない。何しろクローザーがいないんだからね。
 阪神は5回までにゴメスのホームランなどで3点を取りますがその後追加点が取れず、中日も8回に反撃して3-2。つまり1点差。つまりはセーブシチュエーションに他ならない。
 おいおい、どうすんだよ。経験のある安藤も使っちゃったし、もう他に誰もいないぞ・・・。

♪ エービリシーン あァなたがずゥっと
  追ォいィかけたゆゥめェをォい、一緒に見ィたい~


 マジで、この瞬間、アタシは鳥肌が立った。
 球児!球児がいた!!
 しかし正直申し上げれば、先発投手として、また敗戦処理として投げていた球児の球は全盛期の<ソレ>には程遠く、かつて「火の玉ストレート」と称されたキレも伸びも勢いも見る影もありませんでした。
 それでもこの日の球児は違った。
 いや球自体は相変わらず全盛期とは比べものにならない。しかし、あの、闘志をむき出しにした、全盛期のあの球児がマウンドにいたのです。

 一球投げるたびに大歓声が甲子園を包む。中日の打者はまるでムードに気後れしたかのように打ち取られる。
 テレビの前にいたアタシは、もう、涙が止まらなくなった。そして思った。

もし、もう二度と、あの火の玉と称されたストレートを投げられなかったとしても、球児は俺たちの誇りだ、と。

 たぶん、あともう20年ほど経って、もちろんまだアタシという人間が生きてるかどうかわからないけど、その頃の若い野球ファン、とくに阪神ファンに「藤川球児の全盛期を見た」ってのは間違いなく自慢になると思う。というか映像自体はいくらでも見れるかもしれないけど、リアルタイムでしか味わえない「安心感」とか「カッコ良さ」は老害と思われようが伝えたいこと、となるのは間違いない。

 2000年代から2010年代の阪神ファンのアイデンティティは誰がなんと言おうと藤川球児だった。だからこう伝えよう。
 その昔、阪神に藤川球児という、すべての阪神ファンが「俺たちの誇り」と思える投手がいた、と。

球児も解説やYouTubeで毒舌を吐いてますが、この人、唯一惜しいと思うのは「こもった声」なんですよ。
すごい頭脳派だと思うし、本当に読みも鋭いと思うんだけど、あの声だけが惜しい。というか高校の先輩の中西清起もこもり声なんだよな。もしかして高知商業の特色か?と思ってWikipediaを見るとOBに島本須美がいた。
そっか、島本須美か。こんな高知商業のイメージからかけ離れた人もいないな。




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