「小説家にとって雑文は命取り」なんて言いますが、まァ、本来なら一本の小説になり得る<ネタ>を雑文で消費してしまうと小説なんて書けなくなるってことなんでしょうがね。
さて、アタシは(現注・2020年)8月下旬よりTwitterを復活させました。
Twitter自体はずっと活用していたんだけど、ほぼブログ更新の告知にしか使っておらず、しかもwww.yabunirami.orgのトップページに更新情報を告知するためTwitterを貼り付けていたので、通常のツイートを一切書けない状態でした。
それを、つまりサイトのトップページにTwitterを貼るのを止めた。理由はもちろん通常のツイートを書きたかったからです。
いやね、通常ツイートの復活はいろいろ実験はしてたのですよ。
たとえばサブアカウントを作ってみたりね。しかしこれもまったく活用出来ないままになっており、結局諸悪の根源はトップページにTwitterを貼り付けていることなんだなと。
んで、ものすごく久しぶりにTwitterを復活させてみて思ったんだけど、まず一番は「楽しい」。これはもう、本当に実感しています。
アタマの中にあることを、最低限の精査だけでアウトプット出来るってのはたしかに妙な快感があるなと。つかブログについて回る推敲ってのがゼロなのは何とラクなものよ、とね。
今までのっつーかここ数年のアタシは、アタマに浮かんだこと→とりあえず書いてみる→推敲→精査、みたいな感じでブログを書いてました。これは短文だろうが超長文だろうが基本は同じ。ま、超長文の場合は資料の整理が挟まるけど。
これがTwitterなら推敲を割愛出来る。たんに文章が短くなるだけでなく推敲がないのは本当にいいなとね。
ただ弊害として、ネタをTwitterで消費しちゃうものだからブログのネタが枯渇してくるってのがあって。
実はそれも<狙い>なんだけど、その話はまた今度。