松本人志の映画は何故
FirstUPDATE2020.7.2
@Scribble #Scribble2020 #ダウンタウン #映画 単ページ ビートたけし 映画出演経験 島田紳助 松本人志

某所で「松本人志の映画は何故失敗したのか」ってのを見てこんなのを書こうと思ったんだけど、やっぱり、擦られまくってるとはいえね、たけしとの比較で考えるのが一番わかりやすいのですよ。

たけしの映画進出が何故成功したのか、これはたけし自ら「数学が出来ない奴は映画を撮れない」って言ってるけど、正直あんまり関係ないと思う。それはたけしの映画制作論であって誰にでも当てはまるとは到底思えないから。

では何故たけしは成功したのか。これはわりと単純なんです。
たけしは監督第一作「その男、凶暴につき」の前に何本もの映画に出演している。「戦場のメリークリスマス」をはじめ「すっかり・・・その気で!」や「哀しい気分でジョーク」などの主演映画も結構撮ってるし、テレビドラマもかなり出ていました。
つまりたけしは映画制作の<現場>を知っていた。肌でそれを感じることで「オイラならこうする」という方法論が蓄積していってたと思うんです。

たけしと松本の中間に立つ島田紳助も一本だけ監督をしていますが、紳助でさえ「ガキ帝国」や「つっぱり清水港」に出てたわけで、たけしに比べて本数は少ないとはいえ、一応現場を知ってたわけです。
それでは松本は?というと、せいぜい端役として出た「明日があるさ」くらいで、たけしや紳助と違って映画制作のフローすらわかってなかったと思う。
これでは発想を「映画という媒体」に落とし込めるわけがない。

思えば松本が数々の伝説的なテレビバラエティが作れたのも、端役や前説の形で「バラエティの作り方」をずっと見てきたからだと思うし、現場を肌で知った上で「そんなんじゃアカン」ってのがなければ「突出した」とか「画期的な」ものは作れないと思うんですよ。

もし本当に映画で成功したかったのなら、無理にでも映画に出るとか、せめて撮る前にADでも現場を経験しておくべきだった、と思うわけで。







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