精神的大人
FirstUPDATE2019.12.7
@Scribble #Scribble2019 #メンタル 単ページ 優越感 絶対的勝利 勝者がいれば敗者もいる

この頃ね、精神的大人ってどういうものだろう、とか考えることがあるんですよ。ま、わりと何でもそうなんだけど、意外と逆から考えた方が答えに近づきやすい。この場合で言えば「精神的子供」はどういうことだろうと。

アタシが精神的子供と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、物事が上手くいった時に沸き起こる優越感の<おぼえ方>とでもいうのかね。
いや優越感を持つことは悪いことではない。ただ一点の曇りもなく優越感に浸れる人は精神的に子供のような気がするっつーか。
前に「絶対的正解を導こうとするのは幼稚」みたいに書いたことがあるけど、これもわりと近くて、大人なら「待てよ、もしかしたら別の正解があるんじゃないか」と考えるものだと思うんです。
いわば常にチクッとした棘がある状態で「これが正解だ」と優越感に浸ってるというか。

これは不安とか信念が足りないってことじゃないんですよ。
上方落語の「無いもん買い」だったかで「商売言うんは儲けたらアカン。自分が儲ける言うんはお客さんが損してることになるさかいな」みたいなセリフがありますが、自分が成功した裏には必ず誰かの失敗がある。スポーツなんかが一番わかりやすいけど勝者の影には必ず敗者がいるのです。

だからといって勝者が得られる喜びを抑えろってことじゃない。そこは存分に優越感に浸っていいんです。
ただ同時に、ほんの少し、敗者の影がチラついてしまうのが大人のような気がするんですよ。「敗者がいることを忘れるな」ってことじゃなくてね、そんなこと考えたくもないのに、いろんな経験を重ねると無意識にチラついてしまうものなんじゃないかと。

ほんとに<つい>なんです。でも<つい>があるから大人の仲間入りが出来る。別に仲間入りなんかしたくなくても仲間入りしてしまう。そういう人を<精神的大人>というんじゃないでしょうかね。







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