やぶにらの和製テムプルチヤン大全
FirstUPDATE2019.11.7
@Classic #やぶにら大全 @戦前 #音楽 単ページ シャーリー・テンプル ジュディ・ガーランド 平井英子 ミミー宮島 マーガレットユキ 悦ちゃん @中村メイコ ヘレン隅田

 パッと見、某国で作られた怪獣映画みたいなタイトルだけど、ちゃんと分解すれば「和製」はそのまま、「テムプル」はシャーリー・テンプル、チヤンは「ちゃん」のことです。
 シャーリー・テンプルの全盛期は日本で言えば戦前になるので、当時の表記に合わせて「テ<ム>プル」とか「チ<ヤ>ン」(当時はまだ<ャ>、つまり小書きはあまり使われていなかった)にしたわけでして。

 さて、シャーリー・テンプルと言えば「ハリウッド史上、もっとも幸福な人生を歩んだ子役」として知られています。
 大人になってから、つまり子役から女優に転じてからはけして成功したとは言えないのですが、それでもこれほど普通に幸せな結婚をして、晩年まで翳りが見えなかった子役は他にいない。
 何より子役時代の名声を一切汚すことがなかったというだけで称賛されるべき存在です。
 この「子役時代の名声」が如何にすごいものだったか、とにかく<主演>にとどまらず<冠付きの主演(要するに「テンプルちゃんの○○」)>映画が次々に作られ世界中で大ヒットしたんだから、その人気や推して知るべしです。

 当然その忙しさたるや生半可なものではなく、学校にもまともに通えない。しかし両親がよほどしっかりした人だったのでしょう。彼女は家庭教師から勉強を習い、毎日3時間は勉強の時間に充てられていました。そうしたしっかりした教育方針も彼女が真っ当な道に進んだ要因です。
 しかし次から次へと仕事がくる。それほど人気絶大だったから。
 そんな中、大作「オズの魔法使」の主演の話が舞い込んだ。しかしあまりにも多忙だったテンプル側と制作会社との話し合いがつかず、結局この映画の主演はジュディ・ガーランドに決まります。
 ジュディ・ガーランドの名前を出したのは、テンプルとガーランドを対比すればテンプルが如何に真っ当な人生を歩んだかよくわかるからです。
 ジュディ・ガーランドは薬物中毒の果てに凄惨な人生を送り、ボロボロになった末に早逝している。名女優となったライザ・ミネリを産み落としたのが唯一の後年への貢献と言えるか。ま、ライザ・ミネリも薬物中毒だったけどさ。

 それに比べるとシャーリー・テンプルの幸福な人生が浮き彫りになるのですが、ハリウッドという特殊きわまる環境を鑑みた場合、むしろジュディ・ガーランドのような転落人生になるのが普通であり、シャーリー・テンプルは異例中の異例だったわけです。
 いやハリウッドに限らず、子供の頃から芸能界という特殊な世界に身を置いた子役たちは、わずかな例外を除いて不幸になる。と言い切ると問題があるけど、日本でも宮脇康之(現・宮脇健)のとんでもないその人生は有名ですよね。
 とまあ、今の時代は仮に子役をやらせるとなっても親は相当慎重になるし、昔みたいに収入のすべてを子役である子供に負わせて、自分の子供を王様扱いする、なんてことはまずないと思います。
 ただしシャーリー・テンプルの時代は子役という職業自体が新しいものであり、子役の扱いや教育にたいしてノウハウはほとんどありませんでした。
 ハリウッドでそうなのですから日本では言わずもがなで、まともになり出したのは下手したら21世紀に入ってからかもしれません。

 それでも戦前期の日本においてシャーリー・テンプルの人気は絶大で、何とかシャーリー・テンプルのような子役を育てられないか、そういう発想になるのは当然だし、実際何人もの「和製テンプルちゃん」が出現した。
 んでですね、えらく前置きが長くなってしまいましたが、今回はこれらの「和製テンプルちゃん」たちにスポットを当てていきます。

◇ 平井英子
 彼女を「和製テンプルちゃん」とするのはかなりためらいをおぼえます。何故なら彼女がデビューした年にシャーリー・テンプルが生まれており、つまりテンプルに何の影響も受けていないからです。
 それでもレコード黎明期の子供歌手として活躍したことを考えれば和製テンプルちゃんではなくとも元祖少女歌手、くらいは言える存在です。
 少女歌手時代の彼女の代表曲は何といっても「茶目子の一日」で、そのあまりにもシュールすぎる歌詞がインターネットで話題になったこともあるほどです。
 しかしこの「茶目子の一日」は実はカバーで、作られたのは大正時代。つまり平井英子は二代目茶目子ってことになるわけで。
 それでも平井英子版が後世に残ったのは、シュールな歌詞をまるまるアニメーション化した映像が残っているからです。
 これが実にすごい。技術的には稚拙きわまるけど、よくもまあ、あの歌詞をアニメーションとして表現したな、と感心する出来栄えです。

 平井英子は成人後に流行歌手に転じ、歌えるコメディアンだった岸井明とのデュエットで名曲「煙草屋の娘」を吹き込んでいます。
 これが実に可愛らしい。まだ微妙なあどけなさが歌声に残っており、声だけで「絶対にこの娘は庶民的な可愛らしい娘だ」と思わせるのがすごい。
 ま、実際、平井英子は容姿も悪くなく、たぶん相当モテたのではないか?と思う。んで結局「煙草屋の娘」を手掛けた作曲家の鈴木静一のところに嫁いでいます。かなり年の差があったのに。
 もうとっくに引退していますのでその後の消息は長らく不明でしたが、Wikipediaにもあるように2014年時点でのご存命が確認されています。もし今も存命なら100歳を超えられておられるわけで、もし可能なら一度お会いしたい。
 あ、念の為書いておきますが、ひらい<えいこ>ではなく<ひでこ>です。どうでもいい?


◇ ミミー宮島
 これまた少女歌手ですが、時代を反映してタップダンスもやっていました。
 しかし彼女の場合、平井英子と違ってあきらかにシャーリー・テンプルの影響下にあり、そのわりには演技はやってないんだけど、テンプル同様如何に子供らしい可愛らしさで売ろうとしていたかはわかります。
 少なくとも少女の時点では別に歌は上手くないしタップもそこまでではない。と書くと「歌はレコード(CD)で聴けるとしてタップをどこで見たんだ」と思われるかもしれません。
 ところが見る手段があるのです。早い話が彼女が出演した映画「江戸ッ子健ちゃん」(1937年)で、ミミー宮島はこの映画にワンシーンだけ出演しタップを踏んでいます。

 以前、瀬川昌久氏から聞いたところでは成人後はジャズヴォーカリストになったそうです。とはいえ表立って活動していたわけではない(つまりレコードを吹き込んだりはしてない)ので、具体的にどんな感じだったかは不明ですが。


◇ マーガレット・ユキ
 二世ふうの名前ですが本当に日系二世だったそうです。見た目も金髪で顔立ちもかなりガイジンっぽい。
 Wikipediaによると「ロンドン生まれ」とあるけど、アタシもそこまでは未調査。今後調べないとね。
 この人もレコードに吹き込んだ音源が残されていますしミミー宮島同様タップを嗜んでいました。ただどちらかというとタップの方がメインだったみたいです。
 この人も映画に出演してタップを踏むシーンが残されている。1936年に制作された「かっぽれ人生」がそれで、当時吉本興業専属だった永田キングの主演で同じく吉本興業専属だったラッキー・セブンなどが出演しているのですが、どうもマーガレット・ユキも当時吉本興業と専属契約を結んでいたようで、この映画にも出演していると。


 ここで余談。
 「お人形ダイナ」という、戦前期の子供歌手、いわば「和製テンプルちゃん」の歌唱を集めたコンピュレーションCDアルバムが発売されています。(ってもう廃盤になったのかな)
 当然この中に平井英子はもちろん、ミミー宮島やマーガレット・ユキの歌唱も収められているんだけど、ヘレン隅田の歌唱が収められているのはどうも違和感がある。
 ヘレン隅田は、まァ少女は少女だけど子供じゃない。子供時代から活動していた実績もなさそうで、どうもここに入れるのは違うんじゃないかと。
 ヘレン隅田も映画(「百萬人の合唱」(1935年))で「可愛い眼」を歌っており、軽くタップまで踏んで見せますが、蓮っ葉な歌い方とは裏腹に意外と見た目も庶民的な感じで可愛い。ただしあきらかに「和製テンプルちゃん」の枠からは外れており、これなら同映画に出演している中山梶子や、中山梶子と一緒に多くの楽曲を歌った平山美代子の方が和製テンプルちゃんです。
 ただ中山梶子にしろ平山美代子にしろアタシの調査が行き届いていないので、今回はオミットということで。


◇ 悦ちゃん
 さあいよいよ本丸に近づいてきました。
 たしかにシャーリー・テンプルは劇中で歌も歌っていたけど、カテゴリとしては<役者>になると思う。間違っても<歌手>の余芸で映画に出ていたわけではありません。
 しかしこの悦ちゃんは確実に子役、つまり役者です。
 って「悦ちゃん」って何なんだと思われるかもしれませんが立派な芸名です。では何故こんな変わった芸名になったのか。

 2017年にNHKで「悦ちゃん」というドラマが放送されましたが、元は1936年に書かれた獅子文六のユーモア小説で、当時かなりヒットしていました。
 各映画会社争奪戦の末、映画化の権利を獲得したのは日活で、翌1937年に「悦ちゃん」のタイトルのまま映画化されている。
 主役の悦ちゃん役は今でいうオーディションがおこなわれ、当時10歳の江島瑠美が選ばれた。そして映画が大ヒットしたことで江島瑠美は「悦ちゃん」という芸名に使うようになり、まさしく「和製テンプルちゃん」として売り出され「悦ちゃんの○○」という映画がいくつも作られたんです。
 アタシはこの頃の悦ちゃんは見たことがない。見たことがあるのは東宝に移籍してからです。
 「エノケンの鞍馬天狗」(1939年、東宝)で杉作少年を演じたのを手始めにいくつかの東宝映画に出ていますが、1941年に引退し、その後の消息は不明とされています。つまり存命か否かもわからないという。ま、年齢を考えたら可能性は限りなく薄いと思いますが。
 どういう経緯があったかわからないけど、1940年の「お転婆社長」(東宝)を見る限り、結構美人になりそうな顔立ちだったのにもったいないね。


◇ 中村メイコ
 いよいよ大本命が登場しました。この人は存命も存命、いまだにテレビに登場することがあるくらいの人であり、個人的な思い入れも一番あります。
 ただし本家、つまりシャーリー・テンプルと決定的に違うことがひとつあります。それが、まァご存命なので失礼かもしれませんが、ズバリ<容姿>です。
 中村メイコは大人になってからも美貌で売っていたわけではありませんが、子供として特別可愛らしい容姿を備えているかというと、残念ながらそうではない。
 しかし「子役時代の名声を汚すことなく、翳りのない人生をおくった」という意味でも間違いなくこの人こそ「和製テンプルちゃん」と言えるはずです。

 彼女のデビュー作は先ほども書いた、ミミー宮島も出演した「江戸ッ子健ちゃん」ですが、ちょっとだけこの映画の経緯を書いておきます。
 原作は一時期この映画の制作元であるP.C.L.にも在席していたという横山隆一の4コマ漫画「フクちゃん」、および「江戸っ子健ちゃん」ですが、この映画をしっかり見ればわかるように、実は「エノケンの出ないエノケン映画」になっているんです。
 ま、実際はコメディリリーフとしてエノケンも出ているんだけど、間違っても主演ではない。しかし主役の健ちゃんはエノケンの実子である榎本銕一が演じ、重要な脇役も柳田貞一(エノケンの師匠)をはじめとするエノケン一座の人が占めている。
 脚本はエノケン映画のメイン監督だった山本嘉次郎、監督はエノケンの取り巻きのひとりで喜劇映画に才を見せていた岡田敬、といった具合で「エノケンが主役でない以外、ほぼエノケン映画」なのです。

 ところが漫画で主役のフクちゃん役がいない。子供というよりは幼児に近い子役はまだほとんどいなかった時代です。
 そんな時、P.C.L.はとある週刊誌に掲載されていた小説家の中村正常の娘に目をつけた。そしてフクちゃん役に抜擢したのですが、もちろんその娘こそのちの中村メイコです。
 たしかに中村メイコは子供としても容姿に恵まれているとは言えない。しかし子役特有の悪辣さが皆無で、とくに祖母から聞くうちにいつの間にかおぼえてしまったという「因幡の白兎」を喋るシーンは子供らしいかわいさに溢れているんです。
 このシーンは台本にはなく、その喋りのかわいさをエノケンが面白がり急遽撮影されたと言われていますが、中村メイコは役者からかわいがられる子役でした。

 一方、自ら(というか惹句として)日本ではじめて「和製テンプルちゃん」の肩書きを付けた悦ちゃんはそんな感じじゃなかったらしい。古川ロッパの日記にもロッパと共演した悦ちゃんのことが書かれていますが、少なくとも好意的には書かれていません。
 と書くとロッパの横暴の一端だと思われるかもしれませんが、中村メイコはそのロッパからも可愛がられているのはその屈託のなさからでしょう。
 そして彼らに敬愛の念を持つ中村メイコは今でも「自分は女優ではなく喜劇女優だ」と自称しているくらいですからね。


 今回は「和製テンプルちゃん」という括りだったので、男の子の子役や歌手にかんしてはすべてオミットしました。ま、突貫小僧(青木富夫)とか沢村アキヲ(のちの長門裕之)とか、語れる人はあんまりいないんだけどさ。
 もうひとり、迷いに迷ったのが高峰秀子でして、たしかに松竹時代は完全な子役だし、ここに入れてもいいかなと思ったのですが(ちなみに東宝移籍第一作が「江戸ッ子健ちゃん」で近所のお姉さん役で出ている)、この人は大人になってから、つまり女優として大成したので、もっと言えば子役時代よりも女優になってからのイメージの方が強いので、それはシャーリー・テンプルとはちょっと違うだろ、と思い外れてもらいました。

 ただね、まだまだ調査不足がありすぎて、かなり浅い話に終始したことは否めません。だってそこまで興味のある事象ではないし。
 そんな憎まれ口を叩く前にちゃんと調べてから書けよってなもんですが。

個人的には「興味の範疇ではあるんだけど、その中では興味のない人たち」ってことになるのですが、だから脳内知識だけではどうしようもなくて、それなりに調べて書きました。
そういや、本文に「平井英子さんがまだ存命なら」みたいなことを書いたけど、2021年になって訃報記事が出ました。
希少な戦前モダニズムの体現者がまたひとり旅立ったわけで、なおさら中村メイコさんには長生きして欲しい、と切に思う。




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