男気の方向性
FirstUPDATE2018.12.9
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小学生の、えと、たしか5年生のときでしたか。
同じクラスにメチャクチャ、といっていいレベルの「いい奴」がいたんです。とにかく本当に優しい奴で、クラスでイジメなんかがあるとほっておけない、そんな男気が溢れる奴だったんですね。

アタシとソイツ(以下、K)は特別仲が良いってわけではなかったけど、普通に遊んだりはしていました。しかし6年生になると別の組になったので、交流はなくなった。
何しろ子供だから、2学期の後半くらいになると前のクラスメイトのことなど半ば忘れた状態になるのは当たり前なんだけど、アタシもKのことなど記憶から消えかけていた、というのは大仰か。とにかく別にKを思い返すこともなかったわけでして。

そんな頃、Kの「良からぬ」噂が駆け巡った。別のクラスなのに話題になったってことは、それだけオオゴトだったのでしょう。
とにかく、あまりにもKに万引きの常習性がありすぎて、登校出来ない状態になってると。

アタシはショックを受けましたが、意外ではなかった。というのもKは5年生の時点ですでに万引きに手を染めかけていたからです。
しつこく繰り返しますが、Kは本当に優しく、男気溢れる性格でした。しかし彼の男気は徐々におかしな方向に捻じ曲がりはじめていたんです。
ある子がイジメの標的になっていたとしましょう。Kはイジメられっ子を庇い、イジメっ子に食ってかかっていた。そしてイジメられっ子と友達になり、話を聞いてやる。そこまでは本当に素晴らしい行動です。

ところがKは「イジメに遭うのは度胸が足りないからだ。度胸試しをして度胸をつけなければならない」という思考に至ってしまったのです。
とりあえず手近な度胸試しとして<万引き>というのは短略的すぎる気がするのですが、言っても小学生ですからね。
ま、万引きったって高額なモノを盗むわけじゃない。近所の文房具屋でシャーペンとか消しゴムをくすねる程度ですが、アタシはこれに誘われたことがある。
「男なんやったら、万引きくらい出来んでどうするねん」と。

正直に言えばアタシも万引きに付き合ったことがあります。けど二度ほどで辞めた。それは「万引きはいけないこと」というような、モラルとか法に触れるとかという考えからではありませんし、文房具屋に迷惑をかけたくないという気持ちからでもない。
アタシだって小学生です。モラル云々よりもスリルが勝ってしまうこともある。だから万引きという行為にたいして「悪いこと」である、という意識はかなり希薄だった。

それでも万引きから手を引いたのは、どうにも、Kの言う男気なるものと万引きは関係ないんじゃないかと思いはじめたからでして。
万引きを繰り返せば繰り返すほど、そいつは男気溢れるってことになるのか?というね。
万引き後、みんなで成果を見せ合うんだけど、シャーペンを2本盗むよりも3本盗む方が男気があるってのは、いくらなんでも、そりゃ違うだろ、と。

今考えると、結局Kは万引きというある種の麻薬に魅せられていたんだと思う。
一応<男気>なんて言葉で取り繕っているけど、成果を見せ合う時の、Kの嬉しそうな顔が忘れられない。こうなると単なる娯楽でしかなく、次第にエスカレートするのは当然の帰結だった気がするんです。
ただ、ちょっと不幸だと思うのは、Kは万引き以外に熱中出来ることがなかったのではないか、と。
彼の持つ熱い気持ちを他のことにぶつけていたら、こんなことにはならなかったと思うし、何よりK自身が幸せになったんじゃないかね。

ま、こういうふうに書いたら、実はありきたりの話なんですよね。せっかく良い心根を持っていたのに、小学生ならではの稚拙な発想からおかしなことに価値を見出して、後戻り出来ない道に行ってしまう、なんてことはどこの土地であろうがいつの時代であろうが、あまたの実例があると思うわけで。
これはいくらでも広げられる話だけど、あえて<男気>という言葉にこだわるならば、そもそも男気なんてもの自体が罪作りな言葉なんじゃないかと。

「とんねるずのみなさんのおかげでした」でやってた「男気じゃんけん」なんて、まさにそれのパロディでしょ。男気なんてくだらない、は言い過ぎにしても、持ってたからといって何も良いことがないどころか、むしろ生きていく上でマイナスにさえなってしまうものをゲームとして見せたんだから。
そりゃあ、時と場合、もう今は死語になったけどTPOに合わせて男気を発揮するしないと使い分けられたらいいけど、もう使い分けている時点で、それはすでに男気とは一番程遠いものになってしまうわけだし。

何が言いたいのかというと、要するにどんな良い言葉も悪いようにとることも活用することも可能なんですよ。「人間愛」なんて言葉さえ悪用出来るし、逆に言えば罵倒の言葉を良い解釈をすることは出来る。馬鹿やアホだって「人間関係の刺々しさを防ぐのに」云々なんて感じで良く使えるからね。
それにしてもKはその後どうなったんだろ。同じ中学に行ったはずだけど、以降同じクラスになることはなかったので喋る機会もなかったし、噂すら聞くことがなくなった。高校は別だったので、以降の消息はまったく不明です。

何にしろ、さすがに<男気>って言葉に捉われて生きていってはないと思うけど、つまらない思い込みで突っ走ってなければ良いな、とは思う。
心根は本当に優しい奴なんだから。普通にさえ生きていけば、良い人生を歩む権利はあると思うしさ。







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