いかりや長介が逝去したのが2004年の3月ですから、もう15年近く経ったってことですか。うーん、いくらなんでも時の経つのが早すぎるな。
結果的には最晩年となる2001年に「だめだこりゃ」という自叙伝を出していますが、これが本当に面白い。もちろんリアルタイムでも面白かったけど、今読むと別の視点が加わるので余計面白いのです。
「だめだこりゃ」を読むと、いかりや長介のメンバーへの評価が如実にわかります。
加藤茶へはメンバー最年少であったにもかかわらず、もっとも「盟友」というニュアンスが込められた表現になっており、おそらく「ドリフは俺と加藤のおかげでここまでこれた」と自負していたのでしょう。
たいして志村けんには、何だか「才能はあるが反抗的な息子」に接するような書き方で、ものすごく遠慮が見える。それは志村けんのいかりや長介にたいする態度とも似ており、このふたりは本当の意味で擬似親子関係だったんだなぁと思わされます。
メンバーの中で一番あたたかい視線が注がれているのが高木ブーです。
困ったヤロウだ、と呆れながらも「ブーたん」の音楽的資質を高く評価し、端々にまで「可愛くて仕方がない」ふうな、いかりや長介の愛情が溢れているんですね。
その代わり、と言っちゃナンですが、とにかく仲本工事にかんしてはクソミソで、やれ「面白みのないギターを弾かせりゃ右に出る者はいない」だの、「ギャグよりも安全優先」だの、「すごいのは節税の知識だけ」だの言いたい放題です。
ま、結局は、それだけいかりや長介にとって仲本工事は気の置けない存在だったんでしょうね。だからこそ辛辣に書ける、と。
ドリフの中で仲本工事に与えられた役割は、まァ唯一「体操」という輝けるコーナーが用意されていましたが、基本的には<無気力>や<思考停止>のキャラクターであり、それは仲本工事のドリフにたいする姿勢が完全に反映されたものだったのです。
近年のインタビューを読む限り、仲本工事はあくまで「音楽面でのサポート」という役割でドリフに入ったらしく、加入してしばらくは編曲などをやっていたそうです。
仲本工事はいわばインテリなんですよ。学習院卒だし、編曲が出来るほどの音楽的知識もある。
しかしクレージーキャッツと違い、ドリフにはインテリは必要ない。むしろ馬鹿であることが望ましい。
インテリが馬鹿になるには、もう<思考停止>する以外の方法がないんですよ。(そう考えれば、もうひとりのインテリだった荒井注は「思考停止することが出来なかった」ということになる。つまり脱退は致しかたなかった、と言えるっつーか)
思考停止した仲本工事はいつしか「指示待ち人間」になった。やれと言われたことはやる。しかし言われなければ何もしない。少なくとも余計なことは一切しない。
「だめだこりゃ」の中で加藤茶が交通事故を起こして「8時だョ!全員集合」に出演出来なくなった時のエピソードが紹介されています。
いじめられ役の加藤が基本的にお客を掴んでいたのだから、それに変わる働きを誰かにさせるしかなかった。荒井は強烈な個性だったので簡単に動かすことはできない。ブーは世界が滅びようと氷河期がやってこようとあのキャラクターであり、あの位置づけだ。仲本にやってもらうしかない。仲本はその代役を完璧にこなした。お客からの声援は仲本に向けられ、視聴率も観客数もまったく減らさなかった。加藤は数週間で復活したが、それ以降はいつもの仲本に戻った。やりゃあ出来るヤツなんだ。しかし、めったなことではやる気になってくれなかったが。
長々と引用したのは、仲本工事の指示待ち人間ぶりと、潜在能力の高さが実によく表れているからです。
仲本工事はね、「やれ」と言われたことは完璧に出来るんです。何しろ当代一の人気者の加藤茶の代役さえ出来るんだから。
しかし、言われなければ何もやらない。普通ならこれで一皮剥けるはずだし、おそらくいかりや長介もそれを期待したんだろうけど、加藤茶が帰ってきてその役割を担わなくてよくなれば、無気力に戻ってしまう。
前に<やれやれ系>について書いたけど、もしかしたら仲本工事こそ「生けるやれやれ系」なのかも、と。
やれやれ系であるからには、とんでもない潜在能力を持ち合わせてないといけないんです。それが仲本工事にはあるっつーか。
ただね、やれやれ系と仲本工事の違いは「自意識の高さ」です。
やれやれ系主人公は自意識だけは高い。醒めた目で周りを見て嘲笑している。けど、それでは仲本工事にはなれないし、何らかの集団の中で存在することなど、現実には不可能です。
そこが仲本工事は違う。仲本工事は思考停止に徹した。指示待ち人間として、ひたすらいかりや長介の指示に従った。無気力だから派手に浮かび上がることはけしてないけど、ドリフターズというグループにとっては欠かせない存在となれたのです。
ま、あれですよ。やれやれ系なんて現実では一番役に立たないってことですよ。
いくら潜在能力が高かろうが、そんな人間はすべてをひとりでやるしかない。んでどれだけ潜在能力があろうが、ひとりで出来ることなんて限られているもん。
それは置いといて。
仲本工事のリズム感と運動神経があれば、小林信彦の言うところの「体技」能力が低いわけがない。愛嬌やフラはともかく、本当は、単に能力だけを見れば日本の歴史上でもトップクラスのコメディアンなのです。
しかしそうは言われてないし、アタシも別にそうとは思わない。
でもその代わり、トップクラスの「コメディチームメンバーのひとり」だと思う。仲本工事さえいてくれたら、仮に誰かが抜けても完璧に代役をこなしてくれるんだから。こんな有難い存在はないですよ。
しかもギャラも普段は低くていいしね。え?それじゃ文句が出るだろうって?そのための節税じゃないですか。