鉄人ではない、鉄心だ!
FirstUPDATE2018.4.30
@Scribble #Scribble2018 #プロ野球2018年 #追悼 単ページ 1985年 阪神タイガース 広島東洋カープ 衣笠祥雄 セーフティバント 江夏豊 鉄人 #兵庫 #1980年代 #2010年代 #本 tumblr

シーズン開幕前に怒涛の野球関連テキストをエントリしたので、開幕後はなるべく書かないでおこうと思ってたんだけど、今回はコトがコトなので、どうしてもひと言、と思いまして。

先日(現注・2018年4月23日)、元広島東洋カープの衣笠祥雄氏が逝去されました。
衣笠、と聞いてアタシが真っ先に思い出したのは「セーフティバント」なんです。それくらい強烈な記憶というか。
今検索したら1985年7月6日の試合らしい。1985年といえば阪神が日本一に輝いた年ですが、秋口まで前年度優勝チームの広島とデッドヒートを繰り広げていました。

7回まで4-4の同点。8回広島の攻撃は、どういう経緯かは忘れましたが、2アウト三塁の場面で衣笠に回ってきたのです。
1985年ってことは衣笠引退の2年前ですが、この年の成績は最終的に.292、28本塁打、83打点ですから衰えてきたとは言えない成績だったわけで。つまりバリバリの主力打者でした。
そんな脂の乗り切った衣笠が、この場面で三塁前にセーフティバントを試みた。まったくバントを予期していなかった掛布は何も出来ず、この一点が決勝点になって広島が勝利しました。

この出来事は以前紹介した「獣王無敵!嗚呼タイガース」という書籍でも触れられており、賛否を問うたアンケートまで実施している。ま、分母はわかりませんが。(熱狂的な阪神ファンとして知られた作家の北杜夫も回答したらしい)
このアンケートはつまり「もし衣笠と同じような場面で、掛布にもそこまでやらせた方が良いか」みたいな感じなのですが、一応アンケート結果を転載しておきます。

やらせるべき 39%
必要ない 42%
その他 19%


寸評として「どっちにしろ掛布にあのセーフティバントは無理、という意見には違いなかった」とありますが、まァそうでしょう。掛布と衣笠ではタイプが違いすぎるし。
この本からの孫引きになってしまうんだけど、掛布はこの衣笠のバントにたいして『衣笠さんってほどの人があそこまでやるのはさびしいですね』とコメントしたらしい。正確かはわからないけど「さみしい」という表現は掛布が好んで使うからね。

衣笠という選手は本当にフシギな選手でした。
2500本以上の安打数を重ねたわりには三割を打ったのは1シーズンだけで、基本的に打撃は荒い。クソボールも平気で振るし、通算500本塁打打ったことを併せて考えれば「一発狙いの雑な選手」と言えんこともない。
しかし意外にも俊足で盗塁王も獲ってるし、守備も上手かった。とくに終盤の守備固めで一塁に回ると信じられないくらい上手かったのはよく憶えています。
そしてたまにセーフティバントのような意表を突いたプレーもやり、それがサマになる、というね。
アタシも上記の試合を見ててア然としたけど、衣笠なら、と思ったのも事実で、かといってパワフルな打撃が売りの衣笠なんだから「掛布ももうちょっと前に守っておけよ」とは言いづらいわけで、まことにもって「やられた!」としか言いようがなくて。

一般に言えば衣笠といえば鉄人です。何しろ金本でも破れなかった連続試合出場の記録を持ってるんだから。
けどアタシの中で衣笠に結びつく言葉は鉄人ではなく、鉄の心、転じての「鉄心」なんです。
ハーフという生い立ちから幼少時より苦しみ、プロに入るとキャッチャー失格の烙印を押されて内野手にコンバート。しかしそれでも山本浩二と広島の二枚看板にまでなりおおせた。
例の「江夏の21球」の時も、ブルペンで他の投手が投球練習を始めたことにカッカきていた江夏をサラッとひと言でなだめたり、バットが振れる状態じゃない怪我をしたのに代打で出てきてフルスイングで三振したり、周りの声は関係ない、今自分が何をやるべきなのかだけを冷静に考えて行動出来る人だったと思う。

先に挙げた試合ね、何しろ場所は甲子園ですからね。こんなの普通は出来ないですよ。久しぶりに優勝出来るかも、と沸き立つ阪神ファンだらけの環境で、冷静に一番確率の高いセーフティバントを選択して、また成功させる。これこそ鉄の心がないと不可能でしょう。
ネット界隈では単に鈍感だったり、善悪の価値観がズレてる人にたいして「鋼のメンタル」なんて言うけど、衣笠のように痛みのわかる人にこそ鋼のメンタルという言葉がふさわしい。痛みがわかる人でなければ、あの、一打出ればサヨナラ負けの場面、日本一を勝ち取れるか逃すか、のるかそるかの場面で江夏に「お前がやめるなら、俺もやめてやる」なんて言えますか。江夏って人間の心に寄り添ってなければ到底出てこないセリフですよ。

最後の解説になった試合ね、あれ聴いてて、これはマズいなぁと思ったんです。何故なら、いかりや長介の最晩年の声にソックリだったから。
いかりや長介もしばらく休養した後、「人生の楽園」って番組のナレーションで復帰したけど、もう声があきらかにおかしかった。それも「風邪で喉がかすれてる」とは違う、絞り出すような声だった。そしたら、案の定、だった。
衣笠も声を聴くだけで体調が悪いのが丸わかりで、何でこんな状態の衣笠を呼ぶんだ、と思った。
でも今考えたら、たぶん衣笠はやりたかったんだと思う。普通ならとても解説なんて出来ない体調なのに、鉄の心で野球と向き合おうとしていた。

本当に、野球を愛していたんだろうなぁ。一面識もないけど衣笠さん、あっちでも存分野球をやってください。







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