馬鹿まるだしな煙突男騒動
FirstUPDATE2017.7.27
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えと、別に「煙突男騒動」が馬鹿なことってことじゃなくて。

山田洋次監督作品に「馬鹿まるだし」というものがあります。ハナ肇単独主演の一本目であり、今では「男はつらいよ」シリーズの原型としても有名です。
ぼん(ヒロインとなる未亡人の息子)の年齢から換算するに、制作された1964年の30年ほど前、つまり1930年代が舞台と推測されるのですが。
劇中、労働争議の手段として、ハナ肇と桜井センリが煙突に登る、というシーンがあります。

これ、最初に観た時は知らなかったんだけど、実は実際に起こった騒動を元ネタしてある。それが「煙突男騒動」なのです。
たしかに「煙突男騒動」が起こったのとほぼ同時代だし、騒動の発端は労働争議で、ハナ肇と桜井センリが登るのは煙突です。そしてご丁寧にも赤い旗まで掲げている。だからこのシークエンスが「煙突男騒動」をモチーフにしているのは間違いないけど、実際の騒動は映画のように単純なものではなく、かなり混み入った話でした。

まず基本的なことから書いていきます。
戦前まではまだ江戸時代の風習というか習慣は根強く残っており、雇い主と雇われ側の力関係は圧倒的でした。昨今もブラック企業だなんだと言われますが、レベルが違った。はっきりいえば雇われ側の人権なんてないも同然だったんです。
それは近代化がお題目となった明治以降もさほど変わらず、とくに丁稚や小僧と呼ばれる口べらしで雇われた人は「メシを食わせてやって、寝起きする場所を与えられているだけでもありがたいと思え」というふうな扱いでした。
しかしさすがに昭和期に入ると少々様相が変わってくる。労働者も声を上げていい、という風潮が出てきたんです。それが高じて労働争議に発展するケースも出始めます。

ま、そうは言っても、ほとんどの場合は雇い主側が勝利したらしい。これはしょうがないというか、カネを握ってるのは当然雇い主側です。カネにモノを言わせて警察を介入させたり、酷い場合はヤ○ザにコトを治めてもらう、なんてケースもあったらしい。
こうなるとなかなか「数の力」だけでは勝ち目はないのですが、そうこうしてる間に「労働争議のプロ」と呼ばれる人が介入して、雇われ側につくようになった。
このプロと呼ばれる人、もちろんひとりではないのですが、具体的にどういう人たちなのかはあえて書きません。ややこしい問題が多すぎるもん。

1930年に起こった煙突男騒動も、元は労働争議からなのですが、実際に煙突に登ったのは「プロ」であり、労働者ではありませんでした。
つまり突発的な行動ではなく、かなり用意周到に、そして単なるパフォーマンスではなく様々なことを計算した上で煙突なんかに登ったのです。
あらかじめ数日分の食料を持って登っているし、避雷針に、と用意した棒の先には「赤い旗」が括り付けられていた。ま、赤い旗がどういう意味なのか、書かなくてもわかりますよね。

焦ったのは警察と雇い主、つまり企業です。時悪く、いやたぶんそれも計算だったんだろうけど、数日後に陛下が東海道線で移動することになっていた。
労働争議の舞台は川崎ですが、煙突は東海道線から見える位置にあったそうで、もし陛下の目に「赤い旗」が入ろうものなら、不敬罪ということになって、企業も管轄の警察もただでは済まない。
こうなると何とか煙突男を説得するしかないのですが、万策が尽き、ついには企業が折れて、この労働争議は珍しい雇われ側の完全勝利に終わった、らしい。

この騒動から40年後、大阪で開かれた万国博覧会の会場で、太陽の塔の目玉のところに籠城した男が現れました。
ま、この目玉男(と呼ばれるようになった)はプロでこそないものの、煙突男同様、行動の根本にあるのは思想でした。つか何らかの思想がないと「目立つ場所で籠城」なんてしないと思うし。
たぶん「コトを荒立てよう」とする時に高い所に登る、というのは一番手っ取り早いのでしょう。

ビルの屋上で「ここから飛び降りるぞ!」と息巻く、なんてのはフィクションのルーティーンだし、いやもうお約束すぎてコントにさえなっている。
もうずいぶん昔だけど、我修院達也がまだ若人あきらと名乗ってた頃に同様のコントをしてたことがあったけど、スタジオでのビートたけしのコメントが振るっていた。
てっきり「今時こんなコントするんじゃないよ!」とか言うのかと思ったら

「若者が飛び降りようとしてます!って、どこが若者なんだ!オッサンじゃねーか!」

今は世の中に訴える手段がありすぎるからね。言うまでもなくネットだけど、「冷ます」とか「寝かせる」ことを一切せずに興奮状態のままネットにアップして、なんてことは頻繁に起こっている。
昔は世間を騒がせたいなら騒がせたいで、それなりの準備や計画が必要だった。煙突男にしろ目玉男にしろ、少なくとも興奮状態のまま登ったわけじゃないのはたしかです。
どっちが良い悪いって話じゃないけど、ま、せめてね、ネットであっても世間を揺るがすようなことを発信するんだったら、やっぱり一旦冷ましてからの方が良いんじゃないですかね。

もっとも冷ました状態で尚且つ世間を騒がせたいって言うのは、思想的な「何か」がないと、行動原理的に持たないかもしれない。つまりそれはそれで相当悪質とも言えるんですが。







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