いろはの「い」の字は
FirstUPDATE2017.7.20
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 これから長々と海苔の佃煮の話を書きたいと思いましてね。
 アタシは何故か磯じまんとは縁がなくて、子供の頃から慣れ親しんだ桃屋の「ごはんですよ」をずっと食べていたんです。
 たしか大学に入った頃だったかな。そういや「ごはんですよ」って正式には「江戸むらさき・ごはんですよ」って名前だったな、たしかスーパーに「ごはんですよ」が付かない「江戸むらさき」も売ってたぞ、と。で、買ってみた。んで食ってみた。
 いやぁ、これは衝撃的だった。メチャクチャ本格的な味で、何が本格的なのかわかんないけど、とにかくこれに比べたら「ごはんですよ」なんて甘くて、てんでオコチャマ味じゃねーか、とね。
 だからそれ以来「江戸むらさき」に鞍替えした、と言いたいところだけど、実のところ海苔の佃煮自体あんまり食べないんです。貰い物があれば食べるけど、少なくともブランドを選んで食べるほどは好んでいないわけでして。
 というか海苔の佃煮ってね、あれは・・・
 
 ・・・・・いつまでボケ倒すんだと思われそうなのでお終い。
 もちろん今回は海苔の佃煮について書きたいわけじゃござんせん。
 
 さて、話は180度変わります。そもそも海苔の佃煮話の反対が何なのか知らんけど。
 今はどうなのかまったく知りませんが、アタシの子供の頃はね、「テメーら、何でもいいからベルマーク集めて学校に持ってこいよ、ああ?」みたいな、ま、口調は冗談だとしても本当にそんなことがありました。
 昔は大概のナショナルブランド(パナソニックの旧ブランド名「ナショナル」のことじゃないよ。ま、大手メーカー製くらいの意味です)の商品には「ベルマーク」なるものが印刷されていました。
 まァ今で言えばポイントみたいなもんですが、そいつを集めると商品が貰える。もちろん何ポイント貯めたかで商品も変わるっつーか、ポイント数が高ければ高いほど豪華な商品が貰えるわけです。
 
 でも商品目当てにベルマークを集めている家なんてまずない。というか集めても意味がない。何故ならポイント交換出来るのは学校などに限られていたためで、というかもともとベルマークってもん自体が学校の設備品を購入するために企画されたからです。
 しかしこれが面倒なのよ。いちいち切り取らなきゃいけないし、こっちには何のメリットもない。しかも裕福な家の子はいっぱい貯められて、ビンボーな子はあんまり貯められない。何もこんなところで貧富の差を見せつけなくてもいいんじゃないの?と。
 こんなことをさせるなら、協賛企業が直接寄付するなりしたら良かったのにね。
 
 ベルマークは一般家庭には面倒臭いだけでメリットがないものでしたが、一般家庭にも意味のある、今のポイントと同じようなものもありました。それがグリーンスタンプです。
 とにかくグリーンスタンプ加盟店で買い物すれば切手をひと回り小さくしたようなスタンプをくれる。それを台紙に貼り付けてポイントを貯めるわけです。
 ただこれも還元率が低すぎるっつーか、割引になるわけじゃなくてベルマーク同様商品が貰えるだけだから。しかも何ポイント貯めたらどんな商品が貰えるのか、リーフレットみたいなものもあんまり配布されてなかったし、どんなメリットがあるのかよくわからない、という。
 アタシは見たことがないんだけど、ブルーチップというグリーンスタンプに近しいものもあったみたいだけど、どちらにせよポイントを貯めてそれなりに高額な商品をゲットした人なんて本当にいたんだろうか。
 
 こう書けばグリーンスタンプだのブルーチップだのは「甚だ効率の悪いTポイント」みたいなものだとお判りいただけると思うんだけど、しかしTポイントよりもわずかに勝ってると思えるところもあります。
 「Tカードはお持ちでしょうか?」
 ファミレスなんかに行くと大抵訊かれるけど、ま、アタシは持ってない、と答える。本当は持ってるけど出すのが面倒だし、少々の買い物をしたところでほとんどポイントも貯まらないので「別にいいか」となってしまうんです。
 
 その点グリーンスタンプなら、釣り銭なんかと一緒になかば強制的に渡される。あとの整理は面倒ですが、つまらないやりとりがない分スムーズです。
 Tポイントもそうすればいいんだろうけど、たぶんPOSにデータを送ったりしてるんだろうからそういうわけにもいかないんでしょうが。
 もうひとつ、こっちは重要ですが、Tポイントならそれなりのチェーン店でしか取り扱っていませんが、グリーンスタンプは市場に入っている普通の小売でも取扱店になってることがままありました。
 個人商店のね、肉屋でも魚屋でも、あとあのなっがい菜箸の親玉みたいなんでガラスケースに入ってある麺を取り出してくれる、麺屋とでもいうのか、ああいう店でもグリーンスタンプをくれた記憶がありますからね。
 
 そういや最近「チェーン店ばかりで街がつまらなくなった」みたいな声が大きくなってきてるし、アタシもこの意見には同意したい。
 こう書くと個人商店バンザイ!みたいに思われるかもしれないけど、そう単純なことでもない。つかレベルの低い個人商店とか山ほどあるし、「この辺の店(個人商店)、全部◯◯!」とさえ思う商店街すら、ないとは言わない。
 正直チェーン店が増え始めた頃は本当に嬉しかったくらいで、例えばファミレスやカフェなんかわかりやすいけど、もちろんファミレスやカフェに過大な期待は出来ないですよ。けど、まァ、最低限は保証されていると言ってもいいわけです。
 ところがまだファミレスやカフェのチェーン店がほとんどなかった時代の食堂とか喫茶店とか、マジで舐めてんの?みたいな店もいっぱいあったからね。
 
 今、個人商店の店を無闇に持ち上げる風潮があるけど、マジでとんでもない話です。個人商店でも良い店があるのは当然として、とてもじゃないけどチェーン店なんかより個人商店の方が絶対に良い、なんて言い切れない。
 ノスタルジーはわかるけど、そーゆーのを全部抜いたらチェーン店の有難みはわかるはずなんだけどさ。
 だからチェーン店イコール悪、なんて考えはまったくない。たしかにチェーン店だらけになると街の特色が消えて画一的になっちゃうんだけど、それは程度問題なだけでね、チェーン店が増えることによって接客も品揃えも「最低限」が上がったには違いないんだし。
 
 そもそも、チェーン店というものが始まったのはいつか、なのですが。
 Wikipediaを見ると『1910年代にアメリカではじめられた。』とあるのですが、さすがにこの考察は甘い。
 大資本ではないチェーン店の例としては、大正末期には「ヤマニバー」という、今で言う大衆居酒屋と大衆食堂の中間のチェーン店が都内(当時は府内だけど)にあったらしい。ちなみに現在も一件だけヤマニバーの名前で、王子駅の近くに現存しているそうです。
 ま、わざわざ「大資本ではない」と断ったってことは、それこそ大資本のチェーン店、それも全国規模のチェーン店は戦前の時点から存在していました。
 言うまでもなくデパートですが、アメリカのように国土の広くない日本の方が全国展開のチェーン店化は向いていたとも言えるわけで、様々な業種がチェーン店舗を増やしていきました。
 
 しかしさらに考察を進めれば明治時代の時点で先行例が見つかります。
 この時代に木村荘平という、とてもエラい人がいました。ま、エラいっつっても、「偉い」とはちょっと違う。
 木村荘平は「いろは」というすき焼き屋(当時の言い方なら牛鍋屋)のチェーン店化に成功した、大仰に言えば稀代の実業家でした。10店舗以上のチェーン店化に成功したのはたぶん木村荘平が初めてなんじゃないかね。
 つまりはかなりの「やり手」なので、商売人としては偉いといっても差し支えないのですが、そういうことはどうでもいい。
 彼がエラいのは、そのチェーン各店をすべて妾ひとりひとりに任せていたのです。20店舗以上あったそうなので、当然妾も20人以上いたっつー計算になる。
 いわば商売と色欲を強引に結びつけ、しかも成功させたっていう意味でエラいな、と思うわけです。
 
 木村荘平は各妾ごとに子種を設けており、娘はともかく男の子には木村荘平の「荘」の字に上から順番に数字をつける、という何とも荒っぽい名付けをしました。
 中でも著名なのは「ぼく東綺譚」の挿絵で有名な木村荘八、直木賞作家の木村荘十、映画監督になった木村荘十二でしょう。
 個人的には、のちに東宝映画になるP.C.L.の黎明期を支えた木村荘十二に一番思い入れがある。
 後年、左寄りになりすぎたせいか、名監督として名前が挙がることはまずないのですが、モダニズム溢れる音楽喜劇を量産し、のちの東宝カラーの礎を作ったのは間違いなくこの人です。
 鑑賞が困難であることを承知で書きますが、是非とも彼が撮った「音楽喜劇・ほろよひ人生」、「只野凡児・人生勉強」、「エノケンの魔術師」あたりを観て欲しい。もちろん黎明期ならではの<こなれてなさ>はあるけど、東宝カラーの源流を見つけ出すことは容易ですから。
 それはともかく、商売人の権化のような荘平から、他の兄弟も含めてみんな芸術・創作方面に進んだってのも面白い。いったいどういう育て方をしたんだろ。って子育ては全部妾に任せていたんだろうけどさ。
 
 たぶんこんな面白い題材はないと思うんだけど、商売人の権化ってのはともかく、さすがに色欲の権化でもある木村荘平を「まんま」フィクション化するのは難しいようで、小幡欣治が「あかさたな」というタイトルで木村荘平をモデルに戯曲を書いてますが、残念ながら一度もテレビドラマ化されていません。
 が、たった一度ですが映画化はされている。三木のり平と佐久間良子が主演で、1969年に東映で映画化されています。
 しかしそのタイトルが「妾二十一人 ど助平一代」。これ、東映という会社のすべてといっても過言ではない岡田茂がタイトルを考えたそうだけど、いやはや、インパクトはあるけど下品すぎる。
 佐久間良子は「あかさたな」というタイトルを聞き出演を決めたそうで、しかしこんな下品というか下衆というかゲテなタイトルに変更されたと聞いて怒り狂ったらしい。ま、そりゃそうだわな。
 アタシも一度観たいと思ってるんだけど、残念ながら未見。うーん、映画としてもマイナーだし、このタイトルだし、東映チャンネルでもやらないわなぁこりゃ。
 
 で、この「あかさたな」を、ま、これを原作に使うかはともかく、木村荘平をモデルにしたドラマを考えてみたいなと。
 アタシはね、色欲にかんしては、上手くコメディタッチで処理すれば、わりと何とでもなると思うのですよ。とにかく主人公に人外感を出して、んでどうにかしてチャーミングさを表現すれば、ゴマカシは効くと思う。あまたの不倫ドラマが成立する時代なんだから上手くやれば問題ないんじゃないかね。
 ただしドラマ化する場合、実は一番の問題は時代背景でしょう。
 江戸末期~明治時代が舞台のドラマなんてNHKでしか無理だし、言うまでもなくNHK向きの題材ではないからね。それにやっぱり時代背景に大衆性がないと思うし。
 
 ならば、思い切って舞台を現代に変えてみる、というのはどうでしょうか。
 現代の商豪にして性豪が主人公。んで、各妾にいる子供たちの年齢も変えてしまう。
 木村荘平の子供たちが活躍したのは大正から昭和前期です。木村荘平は明治時代に亡くなっているので、子供たちの活躍を目にすることなくこの世を去ったってことになる。
 それじゃ面白くないので、色欲盛んな父親と芸術・創作方面で活躍する息子たちの対立にしてしまうのです。
 あまりにも子供の数が多すぎるとわけがわからなくなるので、小説家(荘十がモデル)、イラストレーター(荘八がモデル)、映画監督(荘十二がモデル)、エッセイスト(曙がモデル)、芸人(荘六がモデル)、エディター(荘九がモデル)くらいに絞ってね、クリエイティブな世界で活躍する異母兄弟の子供たちが結託して大実業家の親父(いうまでもなく荘平がモデル)をやっつける、みたいな。
 
 あんまりドロドロさせずに、洒落たコメディタッチでね、ちょっと「黒い十人の女」を彷彿させるような感じでやれば、今の視聴者にもそこそこ受け入れられると思う。
 荘平役っつーか大実業家の親父は北大路欣也あたりで。息子たちは若手の人気俳優を揃えて、もちろん妾は美人女優をズラリと並べる。
 あ、当然すき焼き屋って設定も変えていいよ。さすがに今の時代、すき焼き屋のチェーンじゃ大物感が出ないからね。ま、これは普通の企業でいい。んで各子会社の社長を妾がやってるって設定ね。
 
 結構いいと思うんだけどなぁ。相当な大作になるとは思うけど、その実、内容といえば「大実業家の父親と異母兄弟の子供たちの対立」っつー、せせこましいのが良い。
 見てないけど「半沢直樹」とか、TBSの日曜劇場でやってるような、ああいう最初から風呂敷を広げた感じゃなくて、途中から視聴者の想像以上にスケールが大きくなっていくってのはかなりよろしいんじゃないですかね。
 ま、カネがかかりそうかわりには視聴率がぜんぜん読めないって意味ではダメそうだけど。

冒頭の長いボケはともかく、ふたつのエントリの結合でありながら極めて綺麗にまとまったって感じですな。膨らませ方も自然だしね。




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