「博多ブギウギ」って実は博多らしい
FirstUPDATE2017.7.18
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ご当地ソング、というのは相当昔から、しかも相当数あるわけですが、今回はそういう話を。

そもそもご当地ソングとは何か、というところから話を始めます。ま、明確な線引きがあるわけではありません。一応参考までにWikipediaの冒頭を引用しておくと

ご当地ソングは、主に歌謡曲・ポピュラー音楽や演歌・民謡のジャンルでタイトルや歌詞に都市名・地方名や各地方の風習・文化・地形に関する事柄などを取り入れることで、地方色や郷愁などを前面に打ち出した楽曲である。


別に間違ったことを書いてるとは思わないけど、この引用ではアタシ的にイマイチ納得できない。
というか「ご当地ソング」という呼び名が良くないと思うんですよ。あまりなも十把一からげ過ぎるっつーか。
実際ご当地ソングと呼ばれる楽曲の大半は「観光ソング」と言い換えた方が良い。それこそ昔の、新民謡のうち「ちゃっきり節」なんかは最初からアドバタイズメントソングとして作られたものだしね。

アタシはご当地ソングには3タイプあると思っている。
ひとつはさっき書いた「観光ソング」
ふたつ目は完全に地元民のために作られた「地元民ソング」
そしてもうひとつ、シリーズ化の手段として地名を利用した「地名シリーズ目論見ソング」、とでもいえばいいのかね。

表題曲の「博多ブギウギ」の前に、どうしても「東京ブギウギ」の話から始めなくてはいけません。
戦前からコンビを組んでいた笠置シズ子と服部良一ですが、服部良一は戦前から目をつけていた「ブギウギ」というジャンルに、ほんのりと「和テイスト」を加味して、本家のブギほどは尖ってない、けど歌謡曲テイストでもない、日本流ブギウギの製作を戦後になって開始します。
笠置シズ子へ提供した第一弾のタイトルが「<東京>ブギウギ」だったことは、そんなに深い意味はないと思うんですよ。事実、歌詞にもまったく東京の地名や名所が織り込まれていない。つまり「東京ブギウギ」はご当地ソングでも何でもないわけです。

ところがこれが空前レベルのヒットをしてしまった。そうなると、あの「東京ブギウギ」の姉妹作!という売り文句を使おうと思えば、これはもう、地名+ブギウギ、というタイトルにするしかない。
その結果、表題曲の「博多ブギウギ」をはじめ、「大阪ブギウギ」、「北海ブギウギ」、「名古屋ブギー」、といった感じでシリーズ化の様相を呈していくのです。

しかし、はっきりいえば、この「地名+ブギウギ」シリーズはどれも、楽曲としてあまり面白くない。
この頃の服部良一は冴えに冴えており、また笠置シズ子もやっと花開いた感があってノリにノッていた。なのに面白くない。同時期のこのコンビによる楽曲は面白いものがいっぱいあるにもかかわらず、です。
それに、これは以前も書いたことがあるのですが、「大阪ブギウギ」なら、同じ大阪をテーマにした空前絶後の傑作「買物ブギー」があるので霞むに決まってるのです。

実は「博多ブギウギ」も同じで、「買物ブギー」ほどの知名度はないけど、これまた大傑作の「黒田ブギー」というね、博多をテーマにした、んで博多の人のソウルソングともいうべき「黒田節」を「日本のブルース」と見立て、それにブギウギをマッシュアップするっていう、とんでもない芸当をやってのけている。
「博多ブギウギ」と「黒田ブギー」を比較したら、申し訳ないけど月とスッポンで、ただ歌詞に名所や名産を無理矢理ねじ込んだ感のある、ましてやメロディ的に何もご当地感のない「博多ブギウギ」が勝てる要素なんてひとつもないのです。

だけれども、だからこそ「博多ブギウギ」の方が鼻唄になりうる。何つーか、「黒田ブギー」ではあまりにも音楽としてのレベルが高すぎて、気軽さがほとんどないんですよ。
そこへいくと「博多ブギウギ」は徹底的に気軽。歌詞もテキトーで、5コーラス目なんか良い歌詞が思いつかなかったのか唐突に「♪ ラララララ~」なんて歌っちゃってるし。

♪ ハァ~ァ お月さんがァ ちょっと出た出た
  松の影から顔出した~

歌詞は最初のところが「さぁ」ってことになってるけど、まァアタシは「ハァ~」だと思うんだけどね。つか笠置シズ子がそう歌ってるように聴こえる。
ま、出だしはともかく、何たって途中で「♪ ラララララ~」みたいないい加減な歌詞があるわけで、そうなったら鼻唄で歌うにしても、全部いい加減でいいんじゃね?と思ってしまう。そのテキトー感が実に鼻唄として気持ちいい。
アタシもそうだもん。たとえば1コーラス目の前半の歌詞と3コーラス目の後半の歌詞がゴッチャになって歌ってしまったりするけど、大元がツギハギみたいな歌詞だから、少々間違ってたって何の問題もない。
いや別に、極端にいえば部分的にすら歌詞を覚える必要がない。何なら全部「♪ ラララララ~」でもいいわけで。

だから、なのかはわからないけど、博多に行くと浮かぶっつーか鼻唄として出てくるのは「黒田ブギー」じゃなくて「博多ブギウギ」なのです。「博多ブギウギ」のテキトーさと博多の街のユルさがすごくマッチする、みたいな。
たぶん服部良一も「博多ブギウギ」にかんしては取材をして作ったわけでもないだろうし、実際かなりテキトーに作ったと思うんですよ。ブギウギ感も他の地名+ブギウギ物より弱いし。
でも、そのテキトー感が偶然博多というマッチに街した、いや違う、博多という街にマッチした、か。

そう考えると、この頃の服部良一は尋常じゃないわ。こんなラッキーパンチまで当たるんだもんね。







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