「おゝシャルマント」の奇跡的なハズしっぷり
FirstUPDATE2017.7.5
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あくまでカラオケレベルでの話ですが、歌が上手いってのは結局オリジナルにどこまで近づけることができるか、だと思うわけです。

たとえば坂本九の「上を向いて歩こう」なら、声楽的にどれだけ上手くてもあんまり意味がない。それよりオリジナルに忠実に、早い話が「♪ ふへほむふひて あァるこほほほ」ってやった方が良いのです。つかそっちのが上手いってことになる。
何もモノマネをしろってことじゃないですよ。でも基準となるのはオリジナルなんだから、オリジナルに近ければ近いほど上手いってのは道理でして。
繰り返しになりますが、カラオケレベルでは、の話ですがね。
では、もしオリジナルの歌唱がメチャクチャ下手だったらどうか。
それでもアタシはメチャクチャ下手なオリジナルに近い方が上手いと解釈する。だってそれがカラオケだから。

さて、ということは、もしかしたカラオケで一番難しい曲は「オリジナルがメチャクチャ下手」な曲かもしれないなと。
音痴レベルの歌唱に合わせるってのは、歌唱レベルが普通の人には相当難易度が高いってことになる。かといって下手な人の場合、オリジナルとおんなじ感じで音程やリズムを外すのかというとそうじゃないし。
メチャクチャ上手い人なら合わせることは可能かもしれないけど、かなり聴き込んでないと外し方がわからないし、それはそれでついつい正しい音程で歌ってしまいそうな気もするわけで。

それではこの世に存在するレコード(CD含む)の中でもっとも音痴歌唱は何なんだ、となると、さすがにわからない。一見音痴風でも「わざと」というか、笑わせるためにあえて音痴に歌っているものもあるので、なかなか一概には言えないのです。
歌手でいえば、ですが、まァ世間で音痴扱いされている明石家さんまとか中居正広とかかわいいもので、少なくともアタシが知ってる範囲ですら、これらをはるかに凌駕する音痴歌唱がいます。

話は変わるようで変わっていません。
戦前の芸能界で、もっとも熱狂的なファンがいた芸能人はというと、もうこれは水の江瀧子にとどめをさします。
その人気たるや凄まじいの一言で、女性に限らず(何しろ男装の麗人ですから女性人気が高いのは当たり前)男性ファンも多かったと言われ、水の江瀧子、通称タアキイ(とコンビを組んだオリエ津坂)を見るためだけに山のような人が押し寄せ、ついに浅草に国際劇場という馬鹿デカい劇場まで作ってしまったほどです。

と見てきたように書いてますが、当然アタシの年齢で生の舞台を見られるわけがない。
しかし1946年公開の「グランド・ショウ1946年」という映画の中の、タアキイの華やかなダンスを見れば、如何にこの人が華のある大スターだったのか嫌でもわかります。
この映画の中でのタアキイは女装(ってのは変だけど)なのですが、とにかくソロのダンスでここまで釘付けになるものはほとんどない。それくらい素晴らしいのです。

彼女が属していたのは松竹歌劇ですから、ダンスだけではなく歌も重要なファクターを占めていました。
当然松竹歌劇の舞台でタアキイも歌っている。歌っているのですが、もう歌といっていいものやら。
何故ならとにかく酷い。レコーディングされたものを最初聴いた時は「ギャグか何か?」と思ったほどの超がつく音痴なのです。

あれだけレベルの高いダンスができるのに、何故にこれほどまで歌となると酷くなるのか。ダンスができるんだからリズム感は悪くないはずなのに、音程がメチャクチャすぎて、とてもまともに聴いてられない。
SMAPレベル?ご冗談を。タアキイに比べたらSMAPなんて声楽科を首席で卒業できるレベルですよ。もちろんSMAPが上手いって話じゃなくて、それほどタアキイが酷すぎるのです。

とくに「おゝシャルマント」は、ある意味タアキイらしさが堪能できる曲で、タイトル的にはパリのレビュウ曲のカバーか何かかな、と思いますがれっきとしたオリジナルです。(現注・動画があったので貼っておきます)

ということはタアキイが歌うことを想定してメロディを作ってるはずなのに、何故にこんなにまともに歌えないか不思議になります。

♪ シャルマン! シャルマン! 花のよぉな~

いやぁ、今回ばかりはいくら歌詞を書いても、あのタアキイの歌唱は表現できないわ。もう、漫画の表現でよくある、音符マークがバシバシに折れてるっていうね、あんな感じなのです。
しかもオッサン声。ま、男役だから多少は許されるのかもしれないけど、それでも見た目は美男子なんだから、やっぱりオッサン声はマズいんじゃないの?

これね、タアキイの歌唱通り、つまりオリジナル通りに歌おうとすると、こんな難しい歌もない。
以前研ナオコのことを書いた時に、彼女の歌唱を棒読みならぬ「棒歌い」としたけど、タアキイは棒歌いをさらに超えて、途中から「もしかしたら一切メロディがない曲なのか?」と思ってしまうほどですからね。だからといって完全にメロディを無くして歌うと似てなくなるし。
もう、これはちょっと太刀打ちできないよ、アタシレベルの歌唱力では。

ただ不思議なのが、何度も歌っているうちに、ちょっと癖になってくるんです。
鼻唄でね、シャルマン!シャルマン!なんて歌って、いや、タアキイの外し方はもっと微妙だそ、ではこんな感じか、シャルマン!シャルマン!とやっていくうちに、どんどん楽しくなってくる。
メロディが気持ちいいわけでもなければ、歌詞に共感するわけでもない、ただタアキイとおんなじ感じで歌おうとするだけで、妙に楽しい。こんな歌は「おゝシャルマント」だけです。

いや、騙されたと思ってね。やってみてくださいよ。某ようつべに「おゝシャルマント」があるから、それを聴いてね。んでオリジナルそっくりに歌ってみる。これが楽しいんだから。
え?そうでもない?むしろイラついてくる?そんなはずは、ないと思うんだけどなぁ。