ちゃんと調査したわけじゃないんで時期までは言及できないのですが、いつからか「駄洒落はギャグとしてはサイテーのサイアク」という風潮が生まれました。
というか、これもいつの間にか「洒落」と「駄洒落」の境界がなくなって、言葉をモジったものは「駄」であろうがなかろうがすべて駄洒落と言われるようになったというか。
本来言葉遊びというのは楽しいものです。会話のアクセントとして使うと何となく全体がユーモラスになって、円滑な会話になりやすい、はずでした。
言葉遊びったっていろいろありますが、広義にいえば例えば謎掛けなんかも実は駄洒落の一種なんですよね。
でも、駄洒落や謎掛けを発して誰かが笑うなんてことにはほぼならない。それこそちょっと古いけど、ねずっちみたいにね、いくら捻った言葉遊びをしても「上手い!」なんて言われることはあっても、笑いやしないやね誰も。
そう、今や駄洒落は笑いとはもっとも遠い存在になってしまった。場が和むどころか相手の顔がこわばるだけだし、仮にバチッと決まったところで「上手い!」と言われるのがオチで笑いになんか繋がらない。
つまりはもう、発した側も聞いてる側も誰も得しない芸当に成り下がってしまったっつー。
素人レベルでさえこの有様です。もしプロの芸人が臆面もなく「布団がふっとんだ」レベルの駄洒落を「本気で(つまりシャレとして駄洒落を使ったのではなく、純粋に素晴らしいギャグだと信じこんでる感じで)」ギャグとして使ったら、アタシならテレビを消しますね。
わあサムいってことじゃなくてね、もうまるで自分がそんな駄洒落を思いついて、よーしこれはウケるぞ、とね。んで臆面もなく人前で言葉にしたらなんて考えると恥ずかしいレベルじゃないし、他人さんのことであったとしても居た堪れなくなってしまう。
ましてや、もし漫才やコントのオチが駄洒落だった場合、見なかったことにしてあげよう、と思ってしまうくらいです。
さて、こっからが本題です。
昔のジャズミュージシャンにルイ・アームストロングという人がいました。と書くのも白々しいけど、彼は「サッチモ」の愛称で親しまれました。
もし、もしね、仮に100人くらいにアンケートを取ったとして、「「サッチモ」で駄洒落を作ってください」となったら、まァ95%以上の人が「にっちもサッチモ」と答えるはずです。
ルイ・アームストロングの話をしている時に「にっちもサッチモ」なんて発しようものなら、まず馬鹿にされます。馬鹿にされるまではいかなくても白い目で見られる程度は覚悟しないといけません。そのレベルで「ありきたり」です。コイツ、1秒で考えつく駄洒落を口にしやがった、みたいな冷笑の眼差しが降り注ぐ。
少々マニアックな話をします。
1971年、人気絶頂だったドリフターズ主演のテレビ番組「8時だョ!全員集合」が半年間休止します。(その期間ドリフは日本テレビ系でほぼ同じフォーマットの「日曜日だョ!ドリフターズ」という番組をやってた)
その「8時だョ!全員集合」の穴を埋めたのはクレージーキャッツでした。題して「8時だョ!出発進行」。
この番組も基本的に「8時だョ!全員集合」のフォーマットまんまで、出演者がドリフからクレージーに変わったくらい、スタッフもほぼ同じです。
だからか、この番組においてクレージーは、いわば「向いてないことをやらされていた」ってことになるのですが、ただほんの少しですがクレージー寄りには調整されており、ドリフに比べれば音楽に強かったクレージーですから、番組自体もやや音楽寄りになっています。
とくに後半のコントは音楽を主題にしており、一部はDVDボックス「植木等スーダラBOX」に収録されました。
その中にこんなコントがありました。
谷啓と安田伸のコントで「何故か」谷啓がルイ・アームストロングに扮しています。
そしてこのコント、何と駄洒落オチなんです。しかし鬼才谷啓にかかると駄洒落の駄が取れて、スマートなギャグに生まれ変わる。
で、どんなオチだったかというと、タイトルです。そう「サッチモそう言われた」です。
これはすごいですよ。もし仮に駄洒落オチだったとしても、一般の視聴者には「にっちもサッチモ」しか引き出しがないはずなんです。
ところがまさかまさかの「サッチモ(さっきも)そう言われた」ですからね。
谷啓ももちろんすごいんだけど、この台本にケチをつけなかった演出側も驚愕モノです。普通は、まァ、文句のひとつもいいますよ。駄洒落オチ?何ちゅう台本よこしたんだ、お前は今日限りでクビ!くらい言われてもおかしくない完璧な駄洒落ですから。
ところが実際は、爆笑すら超えてしまって驚愕レベルになってしまったのです。
今の人が想像する駄洒落って結局「にっちもサッチモ」レベルなんですよ。そりゃ嫌悪感を持っても、顔がこわばっても当然です。
逆にいえばね、もうどうしても駄洒落でウケたければ「サッチモそう言われた」レベルが必要です。何つーか、これはどのギャグにもいえることなんだけど、意外性というか驚愕があってしかるべきで、正直「上手い」とか言われてる時点で聞き手は驚いてないってことですから。
これは時代の進歩でも進化でもなく、かといって人々の見る目が肥えたって話でもない。単に「サッチモそう言われた」レベルの駄洒落を誰も考えられないだけです。
しかしなあ。もう45年も前ですよ。谷啓も安田伸もとっくに鬼籍に入ってるんですよ。なのにいまだに「にっちもサッチモ」でレベルが止まっているのが実に惜しい。
もう1日でも早く、マジモンの駄洒落はやめてさ、「駄」の付かない、聴いた人が「上手い」という言葉すら発せられないほどの驚愕のネタを作らなきゃダメですよ。