アタシは役者でも何でもないので、もしかしたらものすごく的外れなことを言ってるのかもしれませんが、一番難しい役はどんな役?と役者に問えば、あしながおじさん的な役、と答える人が結構いるんじゃないかと。
「あしながおじさん」は古典中の古典なので、知らない人はまずいないでしょう。
ま、要するに「主人公を遠くからあたたかく見守る」人物なのですが、厳密にいえばあしながおじさんという人は劇中でほとんど出てこない。途中までは主人公の妄想、は言い過ぎだけど、「金持ち」と「足が長い」という特徴以外、読者には何の情報も示されません。
だからあしながおじさん的な役、とだけいうと、まるでほとんど出てこない登場人物のようですが、もちろんそうではありません。
ま、本物のあしながおじさんに比べたら主人公との距離は近く、アドバイスめいたことを示唆したりはしますが、基本的に主人公の行動に直接関与することは少なく、また自身の感情を表に出すこともほとんどない。ひたすらあたたかく見守るだけ、みたいな役を「あしながおじさん的な役」と言いたいわけでして。
今回は「べっぴんさん」の話です。
ま、下半期の朝ドラなのでBK(大阪)制作なのですが、BK制作の朝ドラってわりと思い切ったキャスティングをするんですよ。
今回わりと「え?この役にこの役者?」と思ったのが市村正親です。
ご存知のように、市村正親というのは良くも悪くもアクの強い役者です。劇団四季出身だけあってすべてにオーバーで、強いアクを活かしたような役であればあるほど輝く。反面、市井の人、みたいな役はまったく向いていない。存在そのものがフィクショナルなので、リアリティを求められる役に当てはめられると良さが死んでしまうのです。
しかし「べっぴんさん」で市村正親が割り振られたのは、まさしく「あしながおじさん」的役回りです。目立たず、陰からヒロインたちをそっと見守る役。アタシは市村正親の芝居を全部チェックしているわけじゃないから本当にそうかはわからないけと、もしかしたらこういう役回りは初めてだったんじゃないかね。
だけれども市村正親は見事に「あしながおじさん」を演じきった。クリスマスの回で「ホワイトクリスマス」を歌ったりしたけど、市村正親が本来持つケレン味を見せたのはこの時だけです。
市村正親は最初から「あしながおじさん」として登場し、そして退場しましたが、アタシが感心したのは最初は普通の人として登場したにもかかわらず、物語が進むにしたがって、つまり登場人物としてトシを取るにしたがって、すべてのキャラクターが「あしながおじさん」になっていったのです。
若くして登場した時は、年齢なりにギラギラしている。しかし子供ができたり、高齢になっていくとカドが取れ、やがて子供や孫への「あしながおじさん」になる、という。これはヒロインでさえ例外ではなかった。
これね、実は相当なチャレンジだと思うんです。
何しろ朝ドラは長い。半年間の放送期間で、日曜日を除いて毎日15分ずつ、つまり一週間に1時間半もある計算になる。しかも大抵はヒロインの一代記といった基本ラインを守っている。
こうなると脚本家としては「バトンタッチの物語」がやりたいはずなんです。ヒロインの母親からヒロインに受け継がれ、やがてヒロインの子供に受け継がれていく、みたいな。
ヒロインの母親役にはそれなりの年齢というか経験がある人が割り振られているはずで、あしながおじさんとして振る舞うことはできる。しかしヒロインは、最初は見守られる側、そして自立を経て、終盤は見守る側にならなきゃいけない。
ところが問題がある。というのも朝ドラのヒロインは基本的に新人がつとめることが多いんです。新人に「見守られる側」はともかく「見守る側」は荷が重すぎる。単純に見た目の若さもあるから、これは相当の演技力と「力技」みたいなのがないと不可能なんです。
そういうこともあってか、バトンタッチの物語は、あまりやらない。難しすぎることをやらせてドラマとして破綻してしまっては元も子もないからです。
そこら辺を「べっぴんさん」は巧妙に作ってある。脚本自体も「極力無理がないよう」作られているのですが、何といっても役者の力が大きい。
ヒロインをつとめたのは芳根京子ですが、本当に頑張っていた。アタシが見るのは以前ちょろっと書いた「モンタージュ」というドラマで福士蒼汰の相手役だった一回だけですが、これほど演技ができる人だとは思わなかった。「ちりとてちん」の貫地谷しほりや「カーネーション」の尾野真千子に比べたら地味だけど、年齢を考慮すれば一番力があるかもしれない、と。
ヒロインの相手役だった永山絢斗の好演も予想外で、人気だけの若手俳優だと思っていたから、まさかここまで難しい役をこなせるとは思ってませんでした。
高良健吾もだし、ももクロの百田夏菜子も本当に健闘しており、何だかみんな「本当はメチャクチャ難しい役なのに、<いつの間にか>やりきってしまった」かのようなのです。
たしかに生瀬勝久とか上手い人も出てたけど、基本的にドラマ全体を引き締める役者はおらず、劇中でどんどんベテランがいなくなり若手だらけになって、それでも全員が全員難しい役をやりきった役者、そして<やらせた>脚本家と演出家には頭が下がります。
「べっぴんさん」は、もしかしたら「メチャクチャ面白いハナシ」ではなかったのかもしれない。しかし「骨太のガッシリしたハナシ」だったことは間違いない。ここまでガッシリしたドラマは本当に久々で、意外とこういうドラマが後々まで記憶に残る気がしているんですよ。