ベストと自薦とアンソロジー
FirstUPDATE2017.1.11
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最近ね、中島みゆきのベストアルバムが発売されたみたいなんですけど、正直かなり驚いたんですよ。

「21世紀ベストセレクション」と銘打たれているから、当然ここ15年ほどの間にリリースした楽曲だけのベストなんだけど、それでもこの人、相当のヒット曲がありますよね。
もう歌姫なんて軽々しい称号はとっくに卒業して、日本の音楽シーンに燦然と輝く、まァいや魔女ですから、今更「この年齢でこんなにヒット曲を出すなんて、すごい」なんて思わない。むしろこの人ならそれくらいやりかねないし、あと10年くらいはヒット曲を出すんじゃないかと思っているくらいです。

アタシが驚いたのは曲数です。なんとたった12曲しか収録していないという。2001年以降で本当の意味での大ヒット曲はそんなもんかもしれないけど、普通はもっと入れる。ベスト盤が2枚組、3枚組なんて珍しくもないし、「それ、本当にヒットしたっていえる?」みたいなのも収録されてたりもする。つかそっちのが普通です。
ライナーノーツも中島みゆき自身が書いてるようなので、これはもしかしたら自薦集に近いものなのかね?と思ったけど、収録曲を見る限り、やっぱこれはベスト以外の何物でもないわけで。

自薦集ならね、極端に絞り込んだ形もアリなんですよ。
これは音楽ではなく漫画の話になるけど、1980年代前半の藤子不二雄ブームの最中に「藤子不二雄自薦集」というものが発売されました。現在アタシは所有してないので詳しいことは忘れたけど、ハードカバーの結構立派な装丁だったように記憶している。
全10巻で、うち「ドラえもん」が7巻分、「オバケのQ太郎」が2巻分、「パーマン」が1巻分という内訳ですが、絶頂期だった「ドラえもん」はともかく、「オバQ」と「パーマン」は相当絞り込まれています。
もしこれがベスト選集という企画なら、甚だまとまりの悪い、ほとんど意味のない本ですが、自薦集となると価値が出る。「作者(演者、でもいい)が自ら選ぶ」というのはそれほど価値があることなんです。

そういや小林信彦著「日本人は笑わない」の中に美空ひばりに関する章があって、そこでラジオ番組での企画で「美空ひばり自らが選ぶ10曲」みたいなのがあったらしく、その選曲が列挙されています。
まさにこれこそ自薦の見本、といえるもので、一般的な人気とはまるで違う、自身が思い入れのある、ぜひ聴いてほしい、と思っているような曲だけが選ばれている。
自薦には人気の高さは関係ない。ただ本人の好き嫌いだけで成立するものです。でもファンにとってはこんな嬉しい企画もないわけでね。

ベストが人気を基準にしたもの、自薦が作者or演者の個人的な好みの反映だとするなら、もうひとつ、特定の選者を立てて、その人の個人的な好みに応じて選ばれるのがアンソロジーです。
以前、鴨下信一が「アンソロジストになりたかった」という話を書いたことがありますが、一番難しいのがアンソロジーなんです。
ベストなら単純に人気順に上から列挙すればいいだけだし、自薦は自薦で根拠も何もいらない。
ところがアンソロジーの場合、いろんなことに配慮しなきゃいけないわけです。
まず人気。「<アレ>が入ってないなんて認められない!」とか言い出す人が必ず出てくる。それも結構な数。だから最低限人気への配慮は必要です。
しかし選者の<色>を出さなければ、それはそれでアンソロジーとして成立しない。しかも自薦のような得手勝手なものではダメなわけで、ファンに認められつつ強い色を出すなんて至難の業という以外ない。

鴨下信一が手がけた「クレージーキャッツデラックス」は驚くほど絶妙なラインを突いて、ファンが認めるアンソロジーに仕上がっています。アタシは狂的なクレージーキャッツのファンだから、もちろん「せっかくならあの場面も入れてくれたらいいのに」とか「これ、いる?」と思うところも、なくはない。
しかしそれは「名場面集」(音楽でいえばベスト盤に相当する)という名目で発売されていたら、という前提の話であり、アンソロジーとしてなら、ここまで良いものなら何の文句もありません。むしろよくこれだけのクオリティのものを作ってくれたなぁ、と感嘆してしまうくらいです。

ただ、それでもね、理想としては「ベスト」「自薦」「アンソロジー」の全部いる、とは思う。
クレージーキャッツ映画の場合、名場面集も自薦場面集(ってのもおかしいけど他に言いようがない)もないのにアンソロジーだけが発売されたので変な感じになりましたが、三種類すべてが発売されて、メビウスの輪になっているのが最高の理想です。

ベストはどう考えても一般向け、ビギナー向けですが、自薦はファン向け、といえると思う。
アンソロジーはというと、ファンをも超えたマニア向けの要素と、ベストに近いビギナー向けの要素の両方が入ってないとマズい。というか優れたアンソロジーは両方を兼ね備えています。
この3つを順繰りに楽しむことこそファンやマニアが求めていることであり、でもそれはかなり難しい。まず相当ビッグな人でないと3種全部は発売されないし、発売されたとしてもメビウスの輪になれるほどの相関関係を持たせるのは極めて困難だからです。

というか、とにかくベストってのは必要ですよ。実はベストこそ、ある意味一番のマニア商品だと思うからね。つかベストを単なるビギナー向けとしか思えないってのは、それはそれでマニアじゃない、と思ってしまうわけでして。







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