植木節の元祖
FirstUPDATE2016.5.2
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 生前、植木等は「スーダラ節」を歌うことになった時の心境を聞かれ「まったく前例のない歌なので、どう歌ったらいいのかわからなかった」というようなことを語っています。

 しかし当然ですが、コミックソング自体は戦前から存在しました。植木等がエノケンやロッパを聴いたことがなかったとしても不思議じゃないのですが、シティスリッカーズのバンマスだったフランキー堺や、フランキーとの絡みが多かったトニー谷のコミックソングを、植木等が一度も聴いたことがない、というのはいくらなんでも考えづらい。
 いや、そもそもシティスリッカーズ時代に、植木等自ら「炭坑節」を吹き込んでいますし、この歌唱法も、正調ではなく投げやりで、すでにコミックソング的な歌い方をしています。
 とはいえ、それまであったコミックソング、エノケンもロッパもトニー谷も、後に「植木節」と言われる独特の歌唱法とはあきらかに違うわけでね。

 コミックソングというのは自体極めて曖昧なジャンルです。
 植木節は「無責任一代男」以降、萩原哲晶の資質もあってマーチ調のものが増えましたが、少なくとも最初の二曲、つまり「スーダラ節」と「ドント節」に関しては「ジャズ小唄」といわれてもおかしくありません。
 いってしまえば、エノケンやロッパの楽曲のほとんど、そして「スーダラ節」も「コミカルな要素が強いジャズ小唄」であり、しかし植木等は数々の味付けを行うことで(もちろん萩原哲晶や青島幸男の功績もあって)、戦前のジャズ小唄から脱却した「新しい何か」を構築したのです。

 植木等の味付けは、有名なところでいえば「笑いながら歌う」というものがあります。これはエノケンやロッパもやってないわけじゃないけど、植木等ほど強烈な個性としてはやっていない。というか笑いながら歌うこと自体非常に難しいわけで、自ら「専売特許」といえるくらい、完成形まで高めたのは植木等です。
 その他諸々を含めて、植木等本人は「植木節」といわれるだけの「新しい何か」を構築した存在になり得たと自認していたわけですし、アタシ自身もずっとそうだと思っていた。
 ところがところが、まったくのノーマークだった、とある楽曲が、アタシの考えを根本から覆しました。
 それが徳山璉の「ルンペン節」です。
 これが発表されたのが1931年、昭和でいえば6年ですから「スーダラ節」より30年も前ってことになる。
 まずは1931年に発表された版を。

 正直、この版はほとんと「植木等っぽさ」がないのですが、これが1934年に再録音されたものだと大幅に印象が変わる。

 この再録版、もうこれこそが「植木節の原型」とはっきり言い切れる、というのは動画を見てもらえればよくわかるはずです。
 徳山璉といえば、他に「侍ニッポン」などが有名ですが、21世紀の今、最も有名なのが「隣組」でしょう。
 「隣組」のことはココに書いたけど、まァ、当たり前だけど、これは至極マジメに歌っています。
 しかしこの徳山璉という人、たしかに本職はヴォーカリストなのですが喜劇人としての能力も高かったようで、初期の古川ロッパ一座では常に主演級の扱いでしたし、「古川ロッパ昭和日記」を読むと、戦中期に片腕として活躍した渡辺篤より信頼度が高く、徳山璉病死の報を聞いたロッパは号泣しています。
 よく聴けば「侍ニッポン」もコミックソング寄りで、しかしもっとも徳山璉のコミックソングヴォーカリストとしての資質が見えるのが、この「ルンペン節」なのです。

 とにかく徳山璉の「ルンペン節」は凄い。植木節の持ち味である「笑いながら歌う」も「時々巻き舌になる」も「酔っ払った演技で歌う」も、全部やってる。しかもメチャクチャ高いレベルで。
 これは気のせいなんだろうけど、曲の構成もアレンジも、なんだか萩原哲晶的で、そんなことをいえばエスプリが効きまくった歌詞も青島幸男的です。
 植木等が徳山璉の「ルンペン節」を知ってたかどうか、これはまったくわからない。「ルンペン節」という曲そのものは知ってた可能性はあるけど、徳山璉が歌ったレコードテイク(特に再録版)は聴いたことがない、よしんば耳にしたことがあったとしても、まったく記憶に残ってない可能性が高いです。ましてや生でとなると、ほぼ可能性はない。何しろ徳山璉は戦中に亡くなってるからね。
 つまり両者の類似性は「偶然」の可能性が極めて高い。

 それにしても、こんな偶然って本当にあるのかなぁ。いや、「コミカルなジャズ小唄」を極限まで突き詰めたら、最後はああいう歌唱法になるってことなのかねぇ。

徳山璉って本当に絶妙なラインで、アタシのように戦前モダニズム好きには「基本中の基本」くらいの大著名人なんだけど、逆に興味のない人には「誰?とくやま・・・漢字が読めん」って感じでしかないと思う。
いや本当、この人が長生きしたらロッパの運命ももうちょっと変わったかもと思うしね。ってクレージーとは関係ない話なんで強制終了。




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