図々しい奴の正続編を観て
FirstUPDATE2016.3.31
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 今回は東映で撮られた谷啓主演映画「図々しい奴」(と続編)についてです。
 ひと言でいえば非常にもったいないなと。
 作品の出来はいいんです。だからもったいない、というね。

 まずは作品そのものを語る前に、当時の谷啓というタレントイメージについて書いていきます。
 その独特の幼児的感覚、多岐にわたる趣味、そしてコメディアンとしてもトロンボーン奏者としても高い技術に裏打ちされたはみ出し方。今ではよく知られる「奇才」谷啓のイメージです。
 ところがクレージーキャッツがのし上がる頃はそうではなかった。当たり前ですが複雑怪奇な谷啓ではお茶の間には入っていけない。
 そこで、かどうかわかりませんが「シャボン玉ホリデー」をはじめとするテレビ番組での谷啓は「徹底的な被害者」として売り出します。
 押しの強いハナ肇あたりに詰め寄られて、大の大人が突然幼児のように「ピーッ!」と泣き出す、被害者的立場の男、それが谷啓でした。
 やがて「泣き出す」イメージを逆手に取り、一気に場の空気を変えてしまう「ガチョーン!」を生み出すのですが、言ってもガチョーンを繰り出す前段階までは被害者的立場を演じているわけでね。

 それがこの映画では谷啓主演でタイトルが「図々しい奴」、これはどうかなと思うわけです。谷啓自身も自分は気が弱いから、といってましたが、主人公が弱々しくみえたらハナシとして成立しない。
 さらにもうひとつ、この映画の主人公を谷啓が演じるにあたって問題があります。
 というのも、谷啓って人は非常にインテリジェンスの強い人なんですよ。でも主題歌にある通り、この主人公は「頭は悪い」ってことですから。
 つまり、これは役に向いてない、ということになりかねないわけで、小林信彦も対談の中で「原作通りにやるのであればハナ肇の方がピッタリ」と言ってるくらいです。

 しかし見るうちに主人公の戸田切人と谷啓が完全に同化して見えるようになって。これは谷啓さすがの演技です。「図々しい」というより、とにかくめげない。
 しかも普段は善良、商売の時はちょっとあくどい、という結構難しいキャラクターなのです。「役に向いてない」谷啓どころか誰がやっても結構な難役なんですよ。
 これを谷啓は見事に演じきっている。
 後に「競馬必勝法」シリーズでもコンビを組んだ瀬川昌治監督作品ですが、谷啓の回想によると瀬川監督とは気があったらしい。谷啓考案のギャグも積極的に取り入れてくれたといいます。
 だから、演技開眼というか、予想外に伸び伸び演じているのが観ててもわかるのです。

 映画の出来が良くなったのは谷啓の能力だけじゃない。とにかく脇役がヨイのです。
 杉浦直樹と佐久間良子、浪花千恵子、長門裕之といった名優の演技が素晴らしいときてるんだから、そりゃいい物ができるに決まってる。
 特に杉浦直樹は本当にいい。あの「若様」を演じられるのはこの人しかいないとすら思います。杉浦直樹は文句なしの名優なんだけど、意外と若い頃の映画でコレってのがないのですが、そういう方はぜひ「図々しい奴」を観てもらいたい。
 あと子役で出ている上原ゆかりね。「クレージー作戦・先手必勝」にもチラリと出てましたが、わりとがっちり出てるのを見るのは初めてで、顔のつくりは子役にしてもそこまで可愛いわけじゃないんだけど、なんともいえない可愛さがある。声もいいしね。それは植木等とデュエットで出したアルバム聴けばよくわかるだけど。

 最初にもったいないと書いたのは、特に「続」の方なんだけど、本当に駆け足になってしまう。
 軍隊での切人や、闇市での切人をもうちょっと見たかったですよ。どっちもいくらでも面白く膨らませそうなエピソードですからね。
 というか正編続編合わせて三時間で15年やるのはちょっと無理がある。せっかく正編のラストで「第一部完」ってやったんだから、最低でも全三部くらいで見たかった。
 とにかく日本の近代史と密接に関係あるからね。ちょっとでも近代史を知っておいた方が面白さが異なると思う。個人的には長門裕之が演じる闇金屋の屋号が「ヒカリ」だったのは笑ってしまいました。

 さて、難しいのはこれは喜劇なのかな、ということです。
 谷啓と小林信彦の座談で「正編は真面目で続編はふざける」ってあったんでそのつもりで観たんですが、別に正編も続編も雰囲気は一緒ですよ。
 明朗で軽い、エンターテイメントには違いないんだけど、喜劇というかコメディというほどくだけてはいないしね。(谷啓の細かいギャグはあるけど)

 でも実際に観てる間はそんなことは気にならない。登場人物全員にちゃんと感情移入できて、その世界にすんなり入っていける。
 そういう映画って、意外とないですからね。

いやさぁ、谷啓が主演で、監督が瀬川昌治で「喜劇じゃない」ってメチャクチャ不思議なんですよ。もちろん柴田錬三郎の原作は喜劇じゃないんだけど、もっと喜劇寄りにした方が能力を発揮出来たような。




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