本当はマニアックな藤子不二雄
FirstUPDATE2016.1.28
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ずいぶん前にディスったことあるけど「本当は○○な」みたいなタイトルの本、最近はだいぶ減ったみたいですね。よかったよかった。ってそのくせ今になってパクるという。どうですこのアサマシサ。

さて、それにしても、よりによって「本当はマニアックな<藤子不二雄>」だぁ?と思われるでしょう。
たしかに今となっては両藤子不二雄先生のマニアぶりは「ドラえもん」すらロクに読んだことがない層にまで浸透している。してないかもしれないけど、してるってことにしておく。
F先生なら鉄道模型や考古学、A先生なら海外の古美術。いうまでもないけど映画にかんしては両先生とも余裕でマニアの域に入ります。
そんなことをあらためてここで書いていこうってんじゃない。そうじゃなくて。

「ドラえもん」で「大男がでたぞ」という話があります。
ジャイアンの狼狽ぶりが可笑しい名作ですが、この話の中でジャイアンがこんな歌を歌います。
「大男なんかこわくない こわくないったらこわくない」
なんだかF先生がテキトーに作ったみたいな歌詞ですが、実はこれ、パロディなのです。特に「こわくないったらこわくない」の歌詞で完全にパロディとわかります。
元歌のタイトルは「恐妻節」。もちろん「大男」の箇所が「女房」になります。
三木鶏郎の作詞作曲で、森繁久彌が映画の中で歌ったみたいだけどアタシは知らない。知っているのは宇佐美清・榎本美佐江が歌ったバージョンだけ。

はっきりいって全然有名な曲じゃないと思うんですよ。アタシだって酔狂で三木鶏郎のCDを聴いたりする人間じゃなければ知らないまま死んでたでしょう。
当たり前だけど、1950年代の曲を作品が掲載された1970年代の小学生が知ってるわけがない。つまり「わからなくてもいいや」という類いのパロディです。
それこそ「Yロウ」(いうまでもなく「賄賂」のモジリ)とかならね、子供の頃は意味がわからなくても大人になれば「あ、そういうことだったんだ」ってわかる。
でも「恐妻節」なんてマニアックな曲は大人になったからって誰もが知るわけじゃない。
そういうギャグを平然とブッ込んでくるF先生。これはもう深いとか流石って話じゃなくて「マニアックだなぁ」としか言いようがないと思うわけで。

A先生にも同種のギャグがあります。
「フータくん」に「あるけあるけどんどんあるけ」という話があって、登場人物が「あるけ あるけ」と歌っているのですが、これまた元歌がある。

ここでえらく古い話になります。
1941年、というと太平洋戦争が始まった年ですが、実際に始まるのは12月。それでも国民は「足音」を感じながら生活していました。
この年、文部省から国民の体力増進を目的に「歩け歩け運動」というお達しがでます。歩きまくって体力をつけよ、と。なんだそりゃですが、まァそんなもんです。
お達しだけではなくNHK(当時はこの名称はない)はこの運動に即した歌まで作ってしまった。それが「歩くうた」です。
作詞はなんと高村光太郎。こんな歌の歌詞まで作っていたのか。
この歌は国民に親しまれていたようで、同年に制作された「エノケンの爆弾児」という映画の劇中にエノケン他が歌うシーンがあります。

ここまで書けばもうおわかりですよね。「フータくん」の中で歌われていた歌は、この古~い歌だったのです。
「フータくん」の「あるけあるけどんどんあるけ」の初出がたぶん1965年。んで「歩くうた」の発表が1941年。これまた20年以上前の曲ってことになります。
「フータくん」はA作品にしては珍しく時事ネタや流行ネタ満載で、それが後世の人が読む楽しみでもあり難しさにもなっていますが、当時の人っつーか当時の子供にも絶対わからない「歩くうた」を持ってきたのは、「恐妻節」同様「わからなくてもいいや」として使ったとしか思えないわけでね。

アタシもいい加減マニアックだなんだといわれる類いの人間ですが、いろいろ調べれば調べるほど「先生!そこまで入れ込んでくる!?」と思わされてばかりで、「これは子供が知らないから、下手したら大人も知らないからダメ」って話じゃないんだなぁと。
とはいえそんなネタばかりじゃやっぱり面白くないわけで、いっぱいあるギャグのひとつとしてねじ込むっつーね。まさしくマニアの鑑ですよ。







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