感覚年齢
FirstUPDATE2015.3.28
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この間、母親と話しててね、曰く「身体はあちこちガタがきてるけど、感覚的には20代の頃と変わってない」と。

いわんとすることはわからんではない。アタシも似たようなもんで、「yabuniramiJAPAN」なるブログを始めたのが30代半ば、んで今は40代半ばなわけですが、どうにも自分が40代とは思えない。
「そんなジジイじゃねーよ」ってことじゃなくてね。むしろ反対です。こんだけカンロクもタッカンもないのに40代なんて、おこがましいとしかいいようがない。

そもそもタイトルのような「感覚年齢」なんて言葉があるのかも知らないのですが、これは精神年齢とは違います。精神年齢が他者からの見立てであるとするなら、感覚年齢は自分の中の感覚がすべてです。
たとえば服を買いにいったとしましょう。
さすがに10代の子供が着るような、安っぽかったり、奇抜な服は選びませんが(まあ最近の10代は奇抜な格好とかしないけど)、20代の人が着るような服を平気で選んでしまう。つまり「今現在の自分の見た目=似合うかどうか」は無視しているといって差し支えない。

アタシの子供の頃は、オッサンはオッサンらしい服を着ていました。服だけじゃなくて年齢と見た目はほぼ比例していたのです。いや、むしろ老けた感じだといってもいい。
アタシの親戚の叔母さんね、子供の時の感覚でいえば完全に「おばあさん」だったのですが、最近、当時の年齢を知って腰が抜けました。
なんとまだ50歳前後だったらしい。
つまりは今のアタシとそうは変わらない。でも顔は完璧におばあさんのソレでしたし、服というか着物ですね、基本ずっと着物で過ごしてたみたいだけど、地味な着物でね。
もしアタシと同年代の女性があんな着物を着てもまったく似合わないはずです。

そういや、アタシのとある友人は、昔から「早くトシを取りたい」とのたまっていました。彼はアタシより10歳も年下なんだけど、感覚的には10歳よりもっと下に思えた。なんというか、精神的に「子供」に見えたのです。
ところが彼はアタシよりずっと早く家庭を持ち、今は2児の父ですが、みるみる子供っぽさが消えていった。
まあこれは想像ですが、彼の感覚年齢は30代とか40代とかだったんでしょう。それに精神年齢が追いついてきた、と。

アタシの場合でいえば、感覚年齢は20代のままなので、そういう意味ではなかなか精神年齢も上がらないことになる。
20歳くらいのね、キレイな女性がテレビとか雑誌に出ていて、ああ、キレイだな、可愛いな、とか思うことはいくらでもあるけど「アンタ、その子が自分の娘でもおかしくない年齢なんだよ」と言われても全然変じゃない。
じゃ実際にそんなことを言われることがあるかといえば、これが意外とないんです。いや、言われることはある。でもそれはさきのTのように10歳以上も年下の人間からだけ。同年代、それ以上の人は、まず、いわない。
これはね、たぶん同年代以上の人も、大半が「感覚年齢は20代」だからじゃないかと。70歳を超えたうちの母親だってそうだし。

子供から見たら、アタシやアタシと同年代の人は確実にジジイに見えているはずです。しかし感覚は何ひとつ違わない。相も変わらず馬鹿話をして馬鹿笑いするし。
20代の頃はやってたけど今はやってない、なんてことは、肉体的、体力的に難しくなったからやらなくなっただけだし。
トシをとったら丸くなる、なんていうけど、あれも実際は「体力的にシンドイから怒り散らさなくなった」だけだしね。

たぶんこのままの感覚でずっと死ぬまで行くような気がする。もうご臨終間際でも、体力的に可能であればという注釈はつくけど、たぶん馬鹿笑いして、20代が着そうな服を買って、20代の女性に興味を持ってんだろうな、と。







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